第68話 チッタの奮闘

 程なくして、3人はチックの森の入り口に着いた。


「よし、早速ゴブリンを探そう。アスカ、お前は俺たちから離れるなよ!」


 チッタは最早、アスカの目的を忘れてしまったようで、2人女の子を守る勇敢な騎士にでもなったつもりで、張り切ってゴブリンを探し始める。


「アスカさん、目的の薬草があったら教えてください。お兄ちゃんに伝えて、採取するまで待っててもらいますから」


 マリンが、ここにきて初めて声を出した。


 むむ。この兄妹も俺たちと一緒で、妹が優秀なようだ。


「はい。ありがとうございます。見つけたら声をかけますね」


 そう言いながらもアスカは、薬草を見つけては素早く刈り取っている。しかし、敏捷が3000を超えているので、レベル1の冒険者にはその動きは見えていないのだろう。

 案の定、チッタもマリンも周りの薬草が次々と刈り取られていることに、全く気がついていないようだ。


「ところでお兄さんは、狩りの経験があるのですか?」


 ゴブリンを倒すとなると、それなりに経験が必要だろうと思い、アスカがマリンに尋ねてみた。


「はい。ゴブリンではないのですが、以前、大きな野良犬が家にやってきたことがあって、その時たまたま父が残していった槍で、兄がその犬を撃退したことがありました」


 なるほど。それで自分は強いと勘違いしちゃったわけだ。


「でも、犬とゴブリンとは強さがだいぶ違うのでは?」


 アスカが心配して、思ったことを口にすると。


「私もそう思って、引き止めようとしたのですが、兄は全然言うことを聞いてくれなくて……でも、1人で行かせるわけにも行かないし……」


 俺には痛いほど気持ちがわかる。妹のために何かしてあげたいのだろう。ただ、その結果、妹を危険に巻き込むのはいただけないな。今回のクエストで、そのことをわかってくれるといいのだが。


 俺とアスカの探知はすでに、ゴブリンの集団を捉えている。5体の集団だが、チッタ1人では当然やられてしまうだろう。


「チッタさん。向こうの方に、ゴブリンの気配がします。複数いるようですが、どうしますか?」


「ふん! 決まってる。おれっちが全部蹴散らしてやる!」


(ダメだこいつ。何もわかっちゃいない。アスカ、今後のために少しわからせてやろう)


(うん、やってみるね)


「チッタさん、あなたが死んだら、大切な妹さんも死んでしまうということはわかっていますよね?」


 アスカが厳しいが、目を背けてはいけない現実を突きつける。


「うっ、わ、わかってるよ。おれっちが死ぬわけないさ!」


 相変わらず強気な発言を繰り返すが、さっきまでの能天気な勢いがなくなって、心なしか顔が青ざめている。おそらく、その姿を想像してしまったのだろう。


 チッタはアスカに言われた方向に、恐る恐る近づいて行く。やがて、その目で確認できるところまでたどり着いた。


「い、行くぞっ」


 震える声で気合いを入れ直したチッタが、ゴブリンに向かって駆け出す。幸いにもゴブリン達はチッタに気づくのが遅れ、先制攻撃を許してくれた。

 チッタが打ち下ろした槍の穂先が、1体のゴブリンの肩に食い込む。打ち下ろした槍の速度は意外にも速く、その手をよく見るとたくさん練習したのだろう、いくつもマメができていた。

 しかし、1体のゴブリンが倒れたところで、残りのゴブリン達がチッタを取り囲んだ。もう逃げることは不可能だ。この場を切り抜けるには倒すしかない。


「キィィ!」


 1体のゴブリンが、奇声を上げながら手に持っている短剣でチッタを切りつける。チッタは何とかその短剣を槍で打ち払うが、長い槍が邪魔になりバランスを崩してしまった。その隙を見逃すはずもなく、次のゴブリンが襲いかかる。

 強引に身を捻ってその短剣を躱すが、無理な動きをしたせいで、足首を捻り倒れてしまった。そこに様子を見ていた2体のゴブリンが、チッタの首と心臓を狙って短剣を突き刺してきた。




~side ???~


 チッタは、王都の貧民街に母親と妹と3人で暮らしていた。父親は冒険者だったが、魔物との戦いで命を落とし、残されたのは生き残った仲間が持ってきた槍だけだった。


 一家の大黒柱を失った家族が居住区から追い出されるには、そう時間はかからなかった。チッタは父親を尊敬しており、形見となった槍を毎日振り続け、いつか自分も冒険者になるんだと決めていた。


 そんなチッタに転機が訪れたのは、妹が野犬に襲われそうになった時だった。いつものように家の前で素振りをしていた時、外で遊んでいた妹が1匹の野犬に襲われそうになっていた。

 妹の悲鳴を聞きつけたチッタは、持っていた槍で野犬に斬りかかる。素振りの成果なのか運が良かったからなのかはわからないが、槍は野犬の足を切り裂き、見事、野犬を追い払ったのだ。


 それからチッタは、『自分はもう冒険者としてやっていけるのではないか』と思い始めるようになった。そして、妹の誕生日を明日に控えた今日、冒険者登録を決意したのだった。


 そこで同じように、初めてのクエストを受けようとしている女の子を誘って、ゴブリンを退治しにきたのだ。最初は自分が負けるなんて思ってもいなかった。

 ところが、初心者と思っていた女の子が、考えてもいなかった現実を突きつけてくる。そんなことはあり得ないと鼻で笑ってみたものの、彼女の言うことはあまりに正論だったので、その言葉はチッタの胸に棘のように刺さっていた。

 そして、その言葉を無理矢理胸の奥に押し込みゴブリンに向かっていった結果、今、2体のゴブリンが自分の首と心臓に短剣を刺そうとしている。


(アスカの言う通りだった。マリン、ごめんな。お前の誕生日に贈り物をしたかっただけなんだ。巻き込んでしまってごめんな)


 チッタは自分が死んでしまうのも怖かったが、それ以上に妹がゴブリンに殺されることが許せなかった。しかし、もう自分に現実を変えることはできない。悔しくて、申し訳なくて涙が出た。


物理フィジカル防御ディフェンス


 短剣が突き刺さる直前に、女の子の声が聞こえた。これが自分が聞く、最後の声かと思ったのだが……


 ギィン!


 金属がぶつかり合った音が聞こえた。いつまで経っても痛みが襲ってこないので、不思議に思って恐る恐る目を開ける。


 そこには短剣が皮膚に届かず、驚きの表情を浮かべるゴブリンがいた。


「立ち上がって槍を構えなさい」


 その声に反射的に立ち上がる。


完全治癒フルキュア!」


 女の子の声が再び響く。


 チッタの身体が光に包まれ、今捻った足首の痛みが消え、昨日擦りむいた傷が消え、若くして数年間悩まされていた痔まで消えた。


「槍はそのリーチの長さが最大の武器です。相手に懐に入られないように、常に牽制を入れなさい。それと、槍の攻撃は突きが基本です。振り回さずに、突くことを意識しなさい」


 チッタは言われた通りにゴブリンを牽制しつつ、隙を見てゴブリンに突きを見舞う。

 アスカのアドバイスが適切だったのか、お尻が数年来すっきりして調子がよかったのか、先ほどまでとは見違える動きでゴブリン達を1体、また1体と倒していく。気がつけば全てのゴブリンが地面に倒れていた。


「はぁ、はぁ、た、倒せたのか?」


 チッタは一度は死んだ身だと思って、あとはアスカの言う通りに死に物狂いで戦っていた。何度か短剣を身体に受けることになったが、全て見えない何かに弾かれて傷ひとつ負うことはなかった。


「アスカさん、お兄ちゃんを助けてくれてありがとうございました」


 まずは全てを見ていたマリンが状況を理解し、アスカにお礼を言う。


「すまなかった。おれっちは自分の力をわかっていなかった。アスカがいなかったら、おれっちも妹もゴブリンに殺されていた」


 さすがのチッタも、この状況を察したようだった。


「チッタさん、あなたが1人でゴブリンに向かっていったのは間違いでした。本当に妹さんのことが大切なら、彼女を巻き込まない方法を取るべきでしたし、あなたも死なないクエストを選ぶべきでした。

 ですが、あなたが妹さんの誕生日に何とか贈り物を用意したいという気持ちは、とっても素晴らしいと思います。私も兄がいましたので、その気持ちが本当に嬉しくて、あなたと妹さんを守ってあげたいと思い一緒に来ました。その気持ちについてはこれからも大事にしてほしいなと思います」


 チッタもマリンもアスカの話を静かに聞いていた。彼らはこの討伐でレベルが3つ上がったが、それ以上にいい経験をしたようだ。




~side ショウ~


 ギルドでクエストの報告をして、2人の兄妹と別れの時を迎える。


「今日は色々、ありがとうな。お前のおかげで命が助かったし、勉強になったよ。おかげで、妹にプレゼントを買ってやることもできそうだ」


「いえ、年下なのに偉そうなことを言ってすいませんでした。これからも、妹さんとお母さんを大切に頑張って下さい。絶対、死んじゃダメですよ」


「ああ、そこのところは十分に気をつけるつもりだ」


「ところで、妹さんにあげるプレゼントは決まってるのですか?」


「マリンはあまり欲がなくて、おれっちのクエストの手伝いや家での手伝いのために、リュックがほしいっていうから、少しでもかわいいリュックを買ってあげようかと思ってる」


「…………」


 アスカも俺もまた泣いちまった。ちくしょう、とぼけた顔してやってくれるぜ。


「それじゃあ、またな!」


「アスカさん色々ありがとうございました。さようなら」


 お尻がスッキリしたからだろうか、来た時よりもスムーズに歩いて帰っていくチッタと、その後ろを嬉しそうについていくマリンを見て、また、昔を思い出す俺達であった。

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