第66話 ベンとソニアに会いに行く

 

「おぉ、黒ローブさん。その節は大変お世話になりました。おかげさまで、ソニアのお母さんもすっかり元気になりました!」


 ベンが開口一番お礼を言う。ターニャは元気アピールなのか、後ろを向いて僧帽筋をもりもり動かしていた。

 と言うか、元気すぎるだろう。何が悲しくて、おばさんの僧帽筋を見せつけられねばならんのだ。


「お母様はお元気になられたのですね。あの後もずっと気になっていましたので、今日お会いできてよかったです」


 ひとまずターニャの無事を確認したアスカは、今ギルドでは、冒険者のパーティーに同行するサポーター(荷物持ち)の仕事を、募集する準備をしていることをベンに伝えた。荷物持ちじゃ表現が悪いから、ハンクと相談してサポーターという呼称に変えてみたんだよね。


「バジリスクから逃げ切ったベンさんでしたら、人気のサポーターになると思うのですが」


「結局は追いつかれたんだけどね。でも、その仕事は悪くないと思う。少々、危険もありそうだけどその分給料もよさそうだから」


 この話を聞いたときから、ベンの目が輝いている。さすがにソニアの酒場での給料だけでは苦しかったのだろうし、それでも仕事がないことに負い目を感じていたはずだ。そこにこの話が舞い込んできたのだ。働き口が見つかるかもしれないと、期待しているのが見て取れる。

 ちらっと横を見ると、ターニャがシャツを捲り上げ、見事に6つに割れた腹直筋を動かしている。


 ターニャ、お前さんが冒険者やれよ……


 その後、ベンやソニアと世間話をした。どうやらバジリスクの素材がいい値段で売れたようで、しばらくはゆとりのある生活ができていたらしい。

 しかし、そのお金も徐々に尽きてきて、ベンも必死に仕事を探していたようだ。それから、貧民街にはやっぱり病人やけが人が多く、そのせいで仕事ができない。仕事ができないからお金がない。だから病気やけが治らない。以下、無限ループ。といった悪循環に多くの人が陥っているらしい。


(アスカ、ここの人達はお金がないから、治してあげても、【聖者】や【錬金術士】に迷惑をかけることもないだろう。ベンに頼んで格安で薬を売ってもらおうか)


(そうだね。貧民街の人しか買えないようにしてもらえば、商売の邪魔をしないよね)


 アスカがベンに話を持ちかけると、もともと商人だったベンはサポーターの仕事より自分に合ってると、とても乗り気になってくれた。人助けにもなるし、商売にもなるし一石二鳥だと喜んでいる。ソニアも、酒場でこの話を広めるんだと嬉しそうに話してくれた。

 ただ、あくまでも貧民街の住人しか売らないことを約束してもらう。売値はその人の1日の稼ぎの10分の1にした。もちろん後払いも可能で、物々交換でもいい。とにかく、困っている人に使ってもらいたいことを強く伝えておいた。ベンは鑑定スキルも持っているし、ここでの暮らしも長いようだから、そうそう騙されたりもしないだろう。


 まずはベンに1000万ルーク渡して、店舗となるような建物を作ってもらうことにした。幸い、家の横が空き地のようなので、土地ごと買い取って建物を建ててもらおうか。

 ターニャの薪割りスペースが狭くなってしまうが、そこは我慢ということで。そのターニャは、仰向けで寝っ転がり、身体をVの字に折り曲げた姿勢をキープして、こちらに笑顔を向けていた。正直、S級の魔物より怖いのではなかろうか。前の世界で深夜に見たことがある、筋トレ器具の宣伝番組を思い出してしまった。


 とにかく、4日後に最初の商品を届ける来ることを伝えて、貧民街を後にした。


(これで少しでも助かる人が増えるといいな)


(うん、そうだね。みんな、仕事ができるようになるといいね)


 2人でそんな会話をしながらギルドへ向かった。




 ギルドは相変わらず多くの冒険者で賑わっていたが、アスカが入ると急にシーンとなりその後、火が付いたように大騒ぎになった。


(なんだなんだ! 何が起こった? あー! アスカ、ローブ着たままだ!)


(えっ、あっ、脱ぐの忘れてたよぅ)


 ギルドは蜂の巣をつついたような大騒ぎになり、アスカはたくさんの冒険者に囲まれてしまった。

 アスカをパーティーに誘う者。アスカの冒険談を聞きたがるもの。アスカの素性を探ろうとする者。アスカの弟子になろうとする者。クラン”ホープ”の武術大会に参加しようとする者……


「ってハンクさん、どさくさに紛れて何してるんですか!?」


 ハンクが冒険者達に紛れて、アスカの耳元で『武術大会に参加したい~』って呟いていた。


「ちょっと失礼します」


 人だかりから抜け出せそうになかったので、アスカは空間転移テレポーテーションで酒場の奥の席に移動する。周りにいた冒険者は何が起こったのかわからずに、突然消えたアスカを見失って唖然としていた。


「おい、見たか」


 しかし、アスカが空間を渡ったことに気づいた冒険者もいたようだ。


「うむ。相も変わらず、天使のような可愛い声でござった。久しぶりに聞いて、胸がキュンキュンしたでござる」


 そう、変態ハイデン擁する……ではなく、S級冒険者クロム擁する、ドラゴンバスターのメンバーだ。


(こいつ、最早、隠すこともしなくなってきた。もうだめかもしれない……)


 クロムの苦虫を潰したような顔を見て、心の中でそう言っている気がした。



「今日はクエストを受けに来たのですか?」


 ミーシャがアスカに近寄ってきて声をかける。


「いえ、ハンクさんにお願いがあって来たのですが、ローブを脱ぐのを忘れてしまって」


 そんな話をしていると、アスカを見つけたハンクが、アスカの元にやってくる。ちゃんと他の冒険者達にアスカにむやみに近づかないように、言ってくれていたようだ。


「よう、今日は何かあったのか?」


 ハンクは大会に参加できないと言われ、目から輝きが失われている。


「実はハンクさんにお願いがありまして、武術大会の審判をしてほしいのですが」


 アスカはハンクに武術大会での審判をお願いする。もちろん、お礼を用意していることも伝えた。


「うほー、俄然やる気がでてきた! そういうことなら喜んでやらせてもらうぜ!」


 先ほどまでの死んだ魚の目のような状態から、一気に目が輝き始め、なぜか両腕を折り曲げ上腕二頭筋をもりもりいわせてる。


(……なんだろう。デジャヴか? さっき似たような光景を見たような……)


(お兄ちゃん、ハンクさんとターニャさんって気が合いそうだね)


(言うな-! 妹よ。さっきの悪夢は忘れようとしていたのにー!)


 結局、ハンクの興奮が収まらずうるさかったので、ミーシャにだけお別れを言ってギルドを後にした。


(今日はもう帰って休もうかな)


(うむ、それがいいんじゃないか)


 久々の気分転換を終え、アスカは家に帰るのだった。

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