第63話 デスバレー峡谷攻略

 ライアット教授のお手伝いが終わった後、アスカは家に戻り、少し考え事をしていた。

 確かにあの規模の魔法が戦争で使われたら、とんでもないことが起こるだろう。数万人の命が一瞬で奪われたり、1つの国があっという間に滅んでしまうかもしれない。

 幸い、使える者がいないから今まで無事だったが、この先も使われないという保証はないのだ。それを知ったからこそ、ライアット教授はあんなにも覚悟を決めた目をしていたのだと思う。


 例えば【魔族】と呼ばれる者達なら、使えるようになるのかもしれない。


 そうなれば魔族以外の国家は、全て滅ぼされてしまうことになる。魔族のほとんどは、他の種族を滅ぼそうとしているらしいから。


そして複合魔法もそうだが、究極魔法も然りだ。まだ試したことはないが、あれこそ使われたら防ぎようがないのではないだろうか?


 おそらくアスカも同じことを考えているのだろう。俺達も、何か対策を考える責任があるのかもしれない。





 次の日も少し気が重かったが、今すぐいい考えが浮かぶものでもないので、まずはやるべきことをやることにした。


(少し時間があるから、何日か地下迷宮ダンジョンに潜って、武術大会用に素材や魔法道具マジックアイテムを集めてこよう)


(そうだね。みんな楽しみにしてくれてるもんね。対策はゆっくり考えよう!)


 アスカも、気持ちを切り替えてくれたようだ。


 地下迷宮ダンジョンと言えば、エンダンテ王国の属領である地下迷宮ダンジョン都市フォーチュンが有名である。

 地下迷宮ダンジョンの入り口が発見されてから、一攫千金を夢見た冒険者達や、強さを求めて集まった冒険者達によって作られた街。冒険者が集まることで、商人や仕事を探している者達も自然と集まり、活気溢れる街となったのだ。


 そこの地下迷宮ダンジョンは、地下100層まであるのではないかと言われているが、実際には確認されているのは、70層までである。

 70層からS級の魔物が現れ始めるのと、地下迷宮ダンジョンという特殊な条件のせいで、攻略できるパーティーが現れていないのだ。

 ただここだとあまりにも目立ちすぎるので、そこは今度クランのみんなに挑戦してもらうとにしよう。


 となると、今回はデスバレー峡谷の地下迷宮ダンジョンあたりがいいだろう。まだ人の手が入っていないようだったのと、一度近くまで行ったことがあるので、《空間転移テレポーテーション》で行けるのがその理由だ。


 そしてアスカの身体が空間を渡る。





 近くにテレポートしたアスカは、躊躇なくデスバレー峡谷にある地下迷宮ダンジョンに入っていく。低階層に用はないので、雑魚は無視して一気に降りていく我が妹。

 50層まではB級の魔物しかおらず、(といっても並の冒険者ではB級でも強敵なのだが)アスカを見るとみんな逃げていった。50層からはA級の魔物がちらほら現れ始め、70層からはSの魔物が出現し始めた。


70層で、まずアスカの目の前に現れたのは、3つの首を持つ【ドラゴン族】のヒュドラである。体長は5mほどで、ヒュドラにしては大きい部類のようだ。

 3つの首はそれぞれ別の属性を持っていることが多く、こいつは右が炎、左が氷、真ん中が地属性みたいだ。さらに、それぞれの首が独立していて、属性にあった魔法を使ってくる。

 すぐ近くに別のS級の魔物の反応もあるが、襲ってくる様子がないのでとりあえずはそちらは放っておいて、ヒュドラに集中することにした。


「ギャワァァァ!」


 いきなり襲いかかってきた右の首が《火の玉ファイアーボール》を連続で吐き出す。1つ目はバックステップで躱すが、後ろは岩に囲まれた狭い通路だったので、2発目からは《水の盾ウォーターシールド》で防いだ。すると、すかさず真ん中の首が《岩石衝突ロックインパクト》で盾のない上から岩石を落としてくる。


物理防御フィジカルディフェンス!」


 アスカの結界が岩石を弾く。


究極電撃マキシマムボルト!」


 狭い空間なので、自分や壁に影響の少ない魔法を選ぶが……左の首が作り出した氷の盾アイスシールドで威力が削がれる。

 もっとも、氷の盾アイスシールドはLv2の魔法なので、Lv4の上、魔力で勝っているアスカの魔法は盾を貫き、多少のダメージを与えることに成功した。しかし、ヒュドラの回復力は尋常じゃないので、雷で焦げた皮膚がすぐに再生を始める。


聖なる光線ホーリーレイ闇の力ダークフォース!」


 光操作Lv4の聖属性の光線と闇操作Lv4の闇属性の影が、それぞれ右の首と左の首を吹き飛ばす。


「トドメ! 氷の彗星フロストコメット!」


 頭上に現れた氷操作Lv4の氷の彗星が、周りの壁を削りながら、ヒュドラに迫る……が


「グォォォン!」


 真ん中の首が作り出した石の壁ストーンウォールでその威力が半減する。


 ドガァーン!


 威力が半減した氷の彗星がヒュドラに衝突するが、致命傷には至っていないようだった。そしてまた、驚異の再生力で3つの首が元に戻ってしまった。


 これは、三つの首の息の根を同時に止めないと、倒すのは無理な様だ。


「ガァァァ!」


 ヒュドラが土操作Lv4の大地の怒りアースクエイクを放った。その影響で地下迷宮ダンジョン全体が激しく揺れる。アスカも足を取られバランスを崩した。


(おいおい、地下迷宮ダンジョンを壊す気か!?)


(お兄ちゃん、地下迷宮ダンジョンが崩れたら困るから一気に決めるね)


「左手に大渦潮メイルシュトローム、右手に大地の怒りアースクエイク、複合魔法沼の渦スワンプ・ボルテックス》!」


 アスカの複合魔法で、ヒュドラの足下に底なし沼の渦が発生する。ヒュドラは身体の半分が沼に埋もれ、必死に抜けだそうともがくが、全く身動きがとれていない。


死の呪いカース・オブ・デス……」


 アスカがトドメに使ったのは闇操作Lv5の即死魔法だ。効果範囲は狭いが、レジストに失敗した者を即死させる凶悪な魔法である。沼にはまって身動きのとれないヒュドラは為す術もなく、3つの首が同時に絶命した。


(S級の魔物というのもあるけど、狭いと戦いづらいね。大規模魔法だと地下迷宮ダンジョンを壊しちゃいそうだし)


 アスカが珍しく弱気な発言をしたので、ちょっとアドバイスをしてみた。


(そうだな。ゴーレムを作って戦わせようか。その隙に弱点属性で狙い撃ちしよう)


(わかった!)


土戦士創造ゴーレム・アート!」


 土戦士と言いつつ、地下迷宮ダンジョンなので豊富に眠っている金属を使うことにした。できあがったのは、全身が銀色のミスリルでできたゴーレムだ。

 ここからは、ゴーレムを先頭に先に進む。しばらくはA級の魔物ばかりで、次にS級が出てきたのは85層で相手はギガンテスだった。

 ゴーレムよりさらに巨体で、身体は筋肉の鎧に覆われている。一つ目に一本角、青い肌で手には戦鎚ウォーハンマーを持っている。


(次はギガンテスか。普通にいけばあの目が弱点っぽいけどなー)


(なんかしっかり守ってるっぽいね)


 ギガンテスは無闇やたらに攻撃してこない。アスカとゴーレムの動きを警戒して、守りに入っているようだ。ただその顔は、切羽詰まってるというより、何となく嬉しそうに見える。見た目は全然違うが、その様子はハンクを思い出させた。


(お兄ちゃん、空間魔法を使うね)


 アスカはこのままじゃ時間がかかると思ったのか、ゴーレムに指示を出してそのまま決めにいくことにしたようだ。


「行け! ゴーレム」


 ゴーレムは主であるアスカの命令を実行し、ギガンテスに向かって行く。

 ギガンテスはアスカの動きを気にかけつつ、ゴーレムに戦鎚ウォーハンマーを振り下ろす。


 ガギィィーン!


 金属が衝突する音が響き渡る。ゴーレムが両腕を交差させ、その一撃を受け止めたのだ。

 ギガンテスはゴーレムはそれほど脅威ではないと思っていたようで、自分の攻撃が受け止められたことに、一瞬驚いた表情を見せる。

 その一瞬の隙に、アスカは空間転移テレポーテーションでギガンテスの背後に転移した。

 ギガンテスは完全にアスカを見失い、それが致命的な失態となる。気がついた時には、後頭部から貫いたアスカの終わりの剣ジ・エンドが、大きな目の真ん中から生えていた。


 立ったまま絶命したギガンテスは、大きな地響きとともに倒れる。今回も先ほどと同じS級の魔物がこちらを観察していたようだが、向こうから来ないので無視をした。


 それからは、断続的にS級の魔物が現れた。ダークドラゴンやホーリードラゴン、ヒュドラといった、【ドラゴン族】が多いが、先ほどのギガンテスやベヒモスの様な魔物も時々現れる。アスカは魔法や剣術を駆使して、それらの魔物を倒して行った。

 途中で鉱石や魔法道具マジックアイテムを回収していくが、正直、魔法道具マジックアイテムはアスカが作った物の方が性能がよいようだ。ここで拾ったものは売るか、クランのメンバーにあげることになりそうだ。


 アスカは襲ってくる魔物以外は倒さないし、逃げ出した魔物にもトドメを刺さない。それでも3体ほどS級の魔物を倒した辺りで100層を超え、そこからさらに3体を倒した130層で魔物が探知にかからなくなった。どうやら130層が最後で、残る魔物は目の前の3体だけのようだ。


(アスカ、真ん中の魔物は今までと桁違いに強そうだ。油断するなよ)


(うん、わかってる)

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