第60話 薬草採集とバジリスク退治

 アスカは今、チックの森で薬草を探している。できるだけ高級薬品の材料を中心に集める予定だ。

 完全魔力回復薬マナポーション・フルの材料であるクロム草や、完全回復薬フルポーションの材料のキセノン草、さらに究極秘薬エリクサーのコバルト草、万能治療薬オールリカバーのプラセオ草など、希少な薬草を見つけてはリュックに詰めていく。

 もちろん、その他の中級薬品の材料もあればどんどん採っていくけどね。何せ鞄の容量は気にしなくていいから。


(よし、こっちももういいだろう。だいぶ暗くなってきたから、帰ろうか)


(そうだね。帰りは空間転移テレポーテーションで帰るね)


 そう言ってアスカは、いつもの王都近くの大きな木の陰に転移した。





「あれ?」


 転移直後、アスカの目の前に迫るバジリスクの牙。


「えい!」


 状況はよくわからないが、とりあえずバジリスクの首をはねておく。背後に気配を感じ振り向くと、そこにはお互いを抱きかかえながらうずくまる、男女の姿があった。



〜side ???〜


 ベンとソニアは、王都北西の貧民街に住む者達だ。ベンは幼い頃、父親が事業に失敗し借金を抱え、それまで住んでいた家を追い出されて、貧民街へと流れついた。ベンの職業は【商人】で鑑定Lv2を持っていたが、父親が失った信用を回復するには、力不足だった。


 一方、ソニアは生まれながらの貧民街の住人で、母親と二人で暮らしている。父親が誰かはわからず、母親も教えてはくれなかった。ソニアは酒場で働いていたが、収入はほぼ全て生活費に消えていくという生活を送っていた。


 2人が出会ったのは、ソニアが働く酒場だ。出会った時からお互いに惹かれ、付き合い始めるのにそう時間はかからなかった。貧しいながらも、2人は幸せに暮らしていたのだ。


 しかし、その幸せも長くは続かない。ソニアの母が身体が徐々に石化していく病にかかってしまったのだ。

 バジリスクの石化の瘴気の症状によく似ていたが、原因はよくわかっていない。決して治らない病ではないのだが、治すには大金を払って光操作Lv3の異常回復ピュリファイをかけてもらうか、これまた大金を払って、石化治療薬アンチペトリを買うしかないのだ。


2人にそんなお金はなく、かといって見捨てることもできず、自分達で石化治療薬アンチペトリの材料であるナトリ草を採りに行こうとしたのだ。


 ナトリ草はチックの森の奥深くにしか生えておらず、その途中でB級のバジリスクに見つかり、必死に2人で逃げていたのだ。しかし、王都の近くまで来たものの、遂に大きな木の前で追いつかれてしまった時にそれは起こった。


「あのー、大丈夫ですか? もしかして、獲物を横取りしてしまいましたか?」


 2人がバジリスクに追いつかれ、その鋭い牙でかみ殺されようとしたまさにその時、目の前に突然と現れた黒いローブを着た小柄な人物が、目にもとまらぬ速さでバジリスクの首をはねたのだ。


「あっ、えっ、あの大丈夫です。横取りというか、命を助けていただき、ありがとうございました?」


 ベンは混乱していた。バジリスクが首をはねられ、命が助かったことは間違いない。しかし、そもそもこの黒ローブの人物は、いったいどこから現れたのだ? 何もない空間から、突如現れたように見えた。しかも、現れたと思った時には、もうすでにバジリスクの首が落ちていた。一体どれだけ速く動けばそのようなことが可能なのだろうか。


「それはよかったです。それで、お二人はこんなところで何をなさってたのですか?」


 その黒ローブの人物は、まるで何事もなかったかのように、のんびりした口調で尋ねてきた。あまりの別次元の強さに、警戒することも忘れ、自分たちがどこから来て何をしようとしていたのかを、素直に話してしまう。それを聞いた黒ローブの人物は、ちょっと小首をかしげてこう言った。


「私が石化治療薬アンチペトリを作りましょうか?」


「へっ? 作る?」


「はい。丁度、材料のナトリ草を持っていますし、B級の魔物の血も、そこのバジリスクから採ればいいわけですし」


 材料を持っていても、錬金スキルがLv3以上ないと作れる物ではないのだが、この黒ローブの人物はB級の魔物を一瞬で倒す力がありながら、【錬金術士】ということなのだろうか。ベンの混乱はますます深くなっていく。


「あ、じゃあ、お願いします」


 考える力を失ってしまっていたので、聞かれたことに思わず反射的に返事をしてしまう。しかし、それが結果的に彼らを救うことになるのだった。


「ちょっと待っててくださいね」


 黒ローブの人物は小さなリュックから、明らかにそのリュックには入らないであろう量の瓶やナトリ草、抽出道具などを取り出した。ベンの混乱はこの日のMAXを迎える。


「……あのリュックほしいな」


 ソニアも混乱しているせいか、思ったことをそのまま口に出してしまっている。普段は謙虚なのに。


 そして、その黒ローブの人物は手際よくナトリ草から抽出したエキスとバジリスクの血を混ぜて、そこに錬金の技を加え薬を完成させていく。


「はい、できました!」


 ものの5分とかからず、買えば200万ルークはするであろう高級な薬が完成した。


「あの、すいません。せっかく作っていただいたのですが、お金がないのでいただけないです……」


 ベンもソニアも、目の前の薬が喉から手が出るほどほしかったが、この薬の価値がどのくらいあるのかをしっていたので、諦めざるを得ないと思っていた。


「いえいえ、材料はその辺でただで手に入れた物ですし、バジリスクの血はもともとあなた達の獲物でしたし、混ぜるのだって5分もかかっていませんし、お金なんていりませんよ」


 その言葉を聞いて、ベンもソニアも耳を疑った。今までお願いしてきた治癒持ちの、【聖者】や【神官】、【司祭】と呼ばれる人達は、ほんのちょっとのMPを使うだけで病気を治せるはずなのに、法外な治療費を要求してきた。【錬金術士】や【薬師】も自分達の境遇など、全く考慮などしてくれなかった。それなのに目の前の人物は……見た目はめちゃくちゃ怪しいし、戦えばめちゃくちゃ強いし、声はめちゃめちゃ可愛いし、それでも出会ったばかりの自分達に救いの手を差し伸べてくれる。力が全てというこの世界に、こんなにも慈悲深い人がいるなんて信じられなかった。


 思わず涙が出た……


「はい、それじゃあこれ。お母さん、よくなるといいですね」


 そういって、黒いローブの人物は薬の入った瓶を差し出した。


「それから、そこのバジリスクを解体しておきますので、その袋に入れて持って帰ってはいかがですか? 売れば結構なお金になりますので」


 黒いローブの人物は、そう言ってバジリスクを解体していく。


「何から何まですいません。ろくにお礼もできませんが、せめてお名前だけでも教えていただけませんか? もし私達にできることがありましたら、なんでもお手伝いしますので」


「訳あって名前をお伝えできないのですが、もし困ったことがありましたら、冒険者ギルドにいる”ミーシャ”という受付嬢を尋ねてください。私の専属受付嬢ですので力になってくれると思います」


 ベンとソニアは何度も頭を下げて、黒いローブの人物にお礼を言いながら王都に帰っていった。



〜side ショウ〜


(お兄ちゃん、私、貧民街のこと何にもわかっていなかった。あそこにはもっとたくさんの困っている人がいるのかな?)


(そうだな。困っている人はいるだろうが、そんなに簡単な問題ではないだろうな。仮にお前が行って全ての病人を治すことはできるだろうが、そうすると病気を治すことで収入を得ている人達が、今度は困ることになるだろう。

 困っている人を助けるというのなら、彼らに仕事を与え、安定した収入が得られるようにしてやらなければ解決したことにはならない。それはそんなに簡単なことではないと思うよ)


 そう言いながらも、俺にはひとつの案が浮かんでいたので、今度、アスカがクランにいる時に仲間に相談させてみようと思った。

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