第58話 アスカ、家を買う

 以前、家がほしいという話を学院のメンバーに話をしたときに、アレックスが知り合いの大工を紹介してくれるという話になった。


 今日はその大工と会う日となっている。もちろん大工といえばドワーフで、少し頑固なところがあるが、腕は確かだと言っていた。


「おめえさんがアスカか? 本当に随分わけえな。そんなんで、支払いの方は大丈夫なのか?」


 頑固なドワーフらしく、聞き方に遠慮がないが、むしろそっちの方が信頼できる気がするのはなぜだろうか。


「はい、そちらは大丈夫だと思います。ですが、やっぱりこの歳で家を買うのはおかしいですか?」


 俺もアスカもこの世界の常識が、まだよくわかっていないんだよね。


「そうさな、冒険者ならありえるんだろうが、さすがに13歳で家を買いに来たのは、お嬢ちゃんが初めてだ」


 さすがに13歳は、この世界でも非常識だったようだ。よっぽど優秀なスキルを持っていないと、レベル上げも大変だし、そのスキルも生まれつきじゃなければ、何かしら時間をかけて行動しないと、選択肢としてすら現れないだろうからな。


「それで注文の確認なんだが、場所は商業区で、工房、研究室、地下倉庫、販売スペース付きで2階が居住スペースになっている物件だったな?」


「はい、その通りです」


「ぶっちゃけ、そんな都合のいい物件はないのだが、改装すれば条件を満たせそうな家が、1軒だけあるんだが見に行ってみるか? 商業区の中心からは少し離れているがな」


 むしろ、中心から離れている方が目立たなくていいかもしれない。


「ぜひ見に行ってみたいです」


「よし、そう遠くないから歩いて行こう。ついてきな」




 そこは、商業区の中心から歩いて20分ほどのところにある、古ぼけてはいるがかなり大きなお屋敷だった。


「ここなら、大きさ的には申し分はない。中心から少し離れているんで、商売するには微妙なところだが建物も大きいから、お前さんの要望は全て叶えることができるだろう」


(アスカ、離れているのは問題ない。ぜひここにしよう!)


(うん、わかったよ!)


 前の世界でアパート暮らしだった俺たちにとって、この屋敷は夢のような住まいだ。ぜひ、ここを改装して素晴らしいOur Homeにしたいと思った。


「ここに決めました。改装も含めてお願いできますでしょうか?」


 親方に頼む声が弾んでいる。どうやらアスカも気に入ってくれたようだ。


「そんなに早く決めちまっていいのかい? まあ、俺達は金さえ払ってもらえれば問題ないんだが」


 あまりの即決に、ドワーフの親方もちょっと驚いているようだ。


「大丈夫です。それで、お支払いはいくらくらいになりそうですか?」


「そうさなぁ。地下室はそのまま使えるから、1階の壁を壊して、間仕切りを変えなきゃならんだろうから、建物、土地、改装も含めて、3億ルークってところだな」


 親方はすぐに、ざっとではあるが見積もりを出してくれた。


「じゃあ、それでお願いします。お支払いは引き渡しのときでよろしいですか?」


 3億と聞いて絶対に驚くと思った親方は、肩すかしをくらってしまったようだ。それどころか、3億という大金を、初対面の自分を全く疑うことなく、簡単に支払うと言った13歳の少女に面食らっているように見える。


「う、うむ。引き渡しのときで構わなんだが……」


親方は混乱しているようだ。次の言葉が出てこない。


「どのくらいで完成しますでしょうか?」


 親方の声が上ずっているのを、完全にスルーしてアスカは質問した。


「一週間もらえば、満足のいく家を作れるだろう」


 しかし、そこはドワーフの意地があるのだろう、すぐに気持ちを切り替え自信満々に答えてみせた。


「一週間後を楽しみにしています! でも、時々見に来てもいいですか?」


 ヤバイ! アスカの微笑からの、上目遣いが発動してしまった!


「お、おう、任せときな!!」


 親方の頬が赤くなり、声が裏返っている。これは完全にアスカのことを気に入ってしまっている証拠だ。


「あ、それからクラン用の建物なのですが……」


 アスカはついでとばかりにも、クランの拠点となるような物件も確認しておくみたいだな。


「お、おう。そっちも本当マジの話だったのか。ちなみに、13歳の美少女がクランの拠点を買うのも初めてになるぞ」


 少女から美少女に、さりげなく格上げされているのが気になるが、とりあえず話を進めるか。


「できれば冒険者地区にほしいのですが、かなり大きめの建物で、1階は受付と談話室、実戦訓練用の広いスペースとシャワー室、あと食堂がほしいです。

 2階は図書室、会議室、倉庫に応接室で、3階は寝泊まりできるような部屋が20ほどあるとうれしいです。4階まであれば、さらにありがたいです」


「それなら土地だけ確保して、新しく作った方が早いな。時間と金はかかるが、満足のいくものを作れると思うぞ」


 なぜかあごに手を当て、色々角度を付けながら話す親方。もしかして、格好付けているつもりなのだろうか。


「それも合わせてお願いしたいのですが、時間とお金はどのくらいかかりますか?」


 アスカはそんな親方の変化には、一切触れずに続ける。


「さっきの家の後になるからな、1ヶ月はほしい。金額は……ざっとでしか言えんが、15億ルークあれば足りると思うぞ」


「そうですが、ではそちらもお願いしますね」


 もはや即決天使だな、これは。


「えっと、15億でいいってことか? そんな大金を即決って……お嬢さん、一体何者だい?」


 さすがに、15億を即決する13歳は怪しかったらしい。


「えーと、運良く貴重な魔物の素材を手に入れることができまして、まとまったお金が手に入っただけですよ! てへ!」


 相変わらず下手くそな言い訳のアスカだが、なぜか親方は鼻の下を伸ばして頷いている。


「よくあることだ!」


(ないわ!)


 いかん。親方の何でもあり状態に、思わず突っ込んでしまった。


 こうして住まいとクランの本拠地の目処がたったので、当面は商売用の素材集めとクランのランク上げを頑張ることにしたのだった。

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