第54話 合同訓練

 オークションで大騒動を起こして来た次の日、学院でライアット教授から新たな実戦訓練のお知らせがあった。


「さて、実戦訓練にもだいぶ慣れてきたな。しかし、君達は基本的に後衛だ。普通にパーティーを組む時に、前衛がいないということはないだろう。

 そこで、今回は武術学院の生徒と一緒に、実戦訓練を行うことなった。場所はツインヒル平原で、向こうのSクラスとパーティーを組んでもらう。この訓練にはAクラスとBクラスも参加することになっているから、恥ずかしい姿は見せるなよ」


 ライアット教授の言葉で、にわかに教室がざわめく。それもそのはず、パーティーに前衛がいるといないとでは、戦い方がまるで違うのだ。

 後衛だけで戦う時は、魔法の一斉射撃で相手を圧倒することになるが、それは裏を返せばその一斉射撃で倒せるレベルの敵じゃないとまずいわけだ。そうなると、必然的に格下ばかり相手にすることになる。


 しかし、前衛がいれば盾となって守ってもらえ、さらには前衛をサポートすることで、格上相手とも戦えるようになる。まさに自分達の実力が試されるわけだ。格下相手の一方的な戦いに飽きていた7人には、願っても無い話だった。


 それから、事前の指導と準備に2日ほどかけ、いよいよ出発の時となった。ツインヒル平原までは、馬車で丸一日かかるので、到着は次の日の朝になりそうだ。


 今回は実践訓練なので、野営するためのテントの準備や食事の支度、見張りの割り振りまで自分達で行った。


 アスカにとってはどれも慣れたものだったが、意外と他のメンバーは経験したことがないのか、失敗ばかりで面白かった。


 翌朝、ツインヒル平原に到着した魔法学院の一団は、ほぼ同時に現れた武術学院の一団と合流した。武術学院の方もA、Bクラスは20人ずつおり、魔法学院の生徒と4~6人のパーティーを作っていく。

 ただ、Sクラスの生徒は4人しかおらず、こちらのいつものパーティーに、2人ずつ入ってもらうことになった。アスカのパーティーに加わったのは、キリバス・ライトベールとメリッサという2人だった。


 キリバスは青い髪に青い目の爽やかな好青年だ。白いライトメイルと白い剣は、鑑定してみると、ホーリードラゴンの鱗と爪で作られており、どちらも聖属性の魔法道具マジックアイテムだった。

 身のこなしから、相当の使い手のように見えるが、時折見せるいたずらっ子のような表情が、ギャップ萌えしそうな感じである。気をつけるんだぞ、アスカ。


 メリッサはハンクと似たような装備で、格闘少女といった感じだ。健康的に日焼けした肌と同じ茶色の目から、強い意思の力が感じられる。髪は金髪で、後ろでひとつにまとめられていた。


 お互いに自己紹介した後、すぐに戦術についての話し合いが始まった。

 ちなみに、自己紹介でわかったことだが、キリバスはSランク冒険者の1人で【剣帝】と呼ばれる、ラグナ・ライトベールの息子なのだそうだ。


戦術については、それほど苦労せずに決まった。前衛2人が前を行き、後衛3人が着いて行くといった単純なものだったから。

 ただし、魔物に回り込まれると後衛を守る人がいないので、前衛は深入りしないように、気をつけなければならない。

 今回、アスカは何かあっても大丈夫なように、新しく買った白のローブの下にいつものライトメイルを着てきた。いざとなったら前衛を務めるためだ。


 戦術が決まったので、早速出発することになった。ツインヒル平原は見晴らしはそれなりにいいのだが、とにかく広い。遥か遠くに2つの丘が見えており、その付近にはA級の魔物もうろついているようだ。とりあえずは片方の丘を目指すのだが、B級を2~3体倒したら帰って来ると相談で決まった。


「メリッサ、どっちがたくさんの魔物を狩れるか勝負しようぜ!」


「望むところよ!」


 前衛の方から、キリバスとメリッサの嫌な予感しかしない会話が聞こえて来たが、気のせいだと思いたい。でなければ、アスカの出番が増えてしまいそうだから。


 出だしは順調だった。キリバスはレベルが31もあり、剣術Lv3を持っている。1対1ならC級の魔物を倒す力があるようだ。

 一方、メリッサもレベルは22で格闘がLv2と、キリバスには一歩及ばないが、初期ステータスが高いのか、特に敏捷ではキリバスに勝るとも劣らない動きを見せている。


 さらに今回は後衛3人によるサポートがあるのだ。今も、C級のイービルウルフの群れをミスラの炎の爆発フレイムバーストで分散させ、キリバスとメリッサで各個撃破している。


同時に襲いかかってくるときには、ミスラの炎の矢フレイムアローとソフィアの水の刃ウォーターエッジで牽制し、後衛に向かってこようとする魔物は、ソフィアの激水流ウォーターストリームが押し流す。

 即席のパーティーにしては、上手に連携がとれており、各上相手にも危なげなく戦うことができていた。


 アスカは何をしているのかというと、邪魔をしないようにしていた。Sランク冒険者はギルドカードの色を変えることで、自由にクエストを受けることができるが、低クラスの依頼を受けて無双するようなことはできない。

 低レベルと組むときはあくまでもサポートに徹し、緊急時以外はあまり戦闘に関わらないようにするのが、暗黙の了解なのだ。


 メリッサがイービルウルフの最後の1体に破岩拳を繰り出し、叩き潰す。


「ふっ、これで同数ね。【剣帝】の息子も大したことないわね」


「言ってくれる。よーし、僕の本気を見せてやる」


 相変わらず、嫌な予感しかしない会話を続けている前衛達だが、パーティーのリーダーがキリバスなので、とりあえず彼に任せるしかない。失敗も経験のうちだろうし、いざとなったらアスカがサポートして、上手く勝たせてあげればいいだけだからね。


 前衛2人は競うように魔物に向かっていく。しかし、最早、周りにはC級の魔物しかおらず、そう簡単には倒せなくなっているのに、気がついていないのだろうか。

 1体を倒すのに時間がかかると、その分、他の魔物がやってくる確率も上がる。2人の周りには段々と魔物が増えていき、それをサポートする後衛の負担も大きくなっていた。


(アスカ、そろそろ準備しておいた方がいいかもな。B級のドレイクやヘルハウンドがこっちに近づいてきてる)


(うん、ちょっと深入りし過ぎたみたいだね)


 キリバスも腕はなかなかだが、実戦経験が足りないからなのか、メリッサとの賭けに夢中になっているからなのかはわからないが、周りが見えなくなっている。

 監視役の教授達もBクラスやAクラスのパーティーのフォローに手一杯で、こちらの状況には気づいていないみたいだ。


「ミスラ、ちょっときつくなってきたのですが、この状況はまずいと思いませんか?」


 このパーティーでは、ソフィアが最初に気がついたようだ。視野の広いソフィアは、やっぱりリーダーに向いているのかもしれない。


「私もそう思う。深入りしすぎてて、このままじゃ、魔物の群れの中に取り残されちまう」


 ミスラもソフィアに言われて気づいたようで、冷静に状況を分析することができた。

 でも、もう遅いんだけどね。


「おい、リーダー。深入りしすぎだ。囲まれるぞ!」


 ミスラがすかさずキリバスに状況を確認させる。


「まさか!?」


 キリバスは、ミスラの指摘にハッとして周りを見まわした。その顔が歪む。

 しかし、脱出するには時すでに遅く、イービルウルフの群れに囲まれ、その奥からドレイクやヘルハウンドの集団が近づいてくるのが見えた。


「すまない。僕の判断ミスだ。どうやら周りが見えなくなってしまっていたようだ。ここからの挽回は厳しいが、僕が何としても道を切り開くから、君たちだけでも逃げてくれ!」


 少し周りが見えていなかったが、自分を犠牲にしても仲間を助けようとする心は信頼に値するな。

 キリバスも、ちょっとのミスが取り返しの付かないことになってしまうことがあるということを、身をもって学んだことだろう。それがわかっただけでも、今回の実戦訓練は意味があったというもんだ。もちろん、ここから無事に帰ることが出来たらの話だが。


(お兄ちゃん、どうしよっか?)


(アスカが全部倒しちゃってもいいが、このパーティーにはまだ少し余力がありそうだ。アスカが前衛に入って、前衛3人で三角形を作って、その中にソフィアとミスラを入れよう。アスカは前衛をやりながら、キリバスとメリッサのサポートも頼む)


(わかった。あくまでもサポート中心ね)


「待ってください、キリバスさん。もう少しみんなで頑張ってみませんか?」


 アスカはそう言って、さっき俺が考えた作戦を伝える。


「ちょっと待ってくれ。君は魔法学院の生徒だろう? 低級の魔物ならまだしも、この魔物達相手に前衛なんてできるわけが……」


「信じてもらえないかもしれませんが、このままじゃどっちにしろ全滅です。例え、後衛だけでこの包囲を抜けたとしても、後から来るドレイクやヘルハウンドにやられてしまいますよ」


「それは、そうだが……」


「キリバス。アスカが出来るって言ってるんだから、やらせてみよう。私も、あんたを見捨てて逃げること何てできないよ」


 我々と一緒で、ともに切磋琢磨してきた仲間を置いていけるはずがないのだろう、メリッサがキリバスを説得してくれた。


「みんな、すまない。最後の悪あがきに付き合ってくれ。無事に戻れたら、今夜は僕のおごりでみんなで飲もう」


 キリバスも覚悟を決めたようだ。

 その言葉を聞き、アスカはローブをリュックにしまい、愛剣を取り出す。


「さあ、かかってきなさい!」


 また場違いな可愛い声が、魔物が押し寄せている平原に響き渡るのだった。

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