第49話 主席の挨拶

 今日はいよいよ入学式。アスカも緊張しているのか、いつもより早く起きて身支度を済ませていた。

 学院から支給された制服は、白いシャツに紺色のブレザー、水色ベースに白のチェック柄のスカートになっている。前の世界にもあった制服によく似ていて、一足早い制服姿にアスカも嬉しそうだ。そんなアスカを見る俺は、今にも泣き出しそうだ。




 魔法学院の入学式はコンサートホールのような、余裕で1000人以上入りそうな大きな教室で行われた。今年の入学生は、各クラス20人の4クラスとSクラス7人の合計87人だ。


 学院は3年間学ぶことになるので、2年生と3年生も参加している。どちらも85人なので、全学院生徒は257人になったようだ。


 しかし、この式を見に来ている大人は、明らかにここにいる生徒の親以上の人数がいる。貴族や大富豪、さらには魔法団の関係者が、将来有望な魔法使いの卵を見に来ているのだ。

 特にSクラスの生徒には熱い眼差しが向けられている。その中でも、最も優秀な成績を残した首席ともなると、お近づきになっておきたいと思う人達が、何人もいるのだ。


 学院の方針やシステムに関する話と、各クラス毎の入学生紹介が終わり、いよいよ今年の入学生の首席である、アスカが挨拶する番となった。


 アスカは壇上に上がり、中央でお辞儀をする。今年の首席のあまりの若さに会場がざわめく。そのざわめきが、静かになるのを待ってアスカは話し始めた。


「私には両親がいません。幼い頃、事故で亡くなってしまいました。その日から、私が頼りにしていたのは兄でした。その兄も最近、遠いところに行ってしまいました」


 アスカは静かに続ける。


「みなさんは、なぜ魔法を学んでいますか? 私はひとりで生きるために力が必要でした。そのために魔法を学びました。みなさんは何のために魔法を使っていますか? 私は、ひとりぼっちになった私を助けてくれた人に、恩返しがしたいです。私と同じように、辛い思いをしている人を助けるために力を使いたいです」


 先ほどまでヒソヒソと話をしていた貴族や大富豪、魔法団の関係者も、いつの間にか静かに聴き入っている。


「私は自分の考えを人に押し付けるつもりはありません。ですが、もし、私と同じように考えてくれる人がいるならば、一緒にさらなる高みを目指して頑張りましょう」


 最後の一言を終え、お辞儀をして壇上を後にする。

 一瞬遅れて沸き起こる拍手。自分達の私利私欲のために魔法を利用してきた大人たちにこそ、この挨拶は心に響いたようだ。中には涙を流したり、頭を抱えてうつむいている人もいる。

 生徒達は逆に目を輝かせて、となりのクラスメイト達と頷き合っていた。


 何か凄い立派なことを言うようになったな。俺なんかよりも、よっぽどこの世界で生きていくことについて考えていたんだな。そう考えると、何だかんだでこの世界を楽しんできた自分が恥ずかしくなってきた。


(あー、緊張した。お兄ちゃん、私の挨拶どうだった?)


(めっちゃよかったよ。拍手も凄いし、みんなも感動してるみたいだよ)


(お兄ちゃんのこと、みんなに言えなくてごめんね)


(いや、いいんだ。むしろ、お前がこんなにもこの世界で生きていくことについて真剣に考えていたのに、相談にも乗ってやれなくてすまない)


(ううん、お兄ちゃんには感謝してるよ。前にも言ったけどお兄ちゃんがいなかったら、この世界で生きていこうなんて思わなかったから。お兄ちゃんは、いつも通りのお兄ちゃんでいてください)


(あ、ありがとう、アスカー!!)


 アスカが席に戻ると、ソフィアとミスラが何も言わずにアスカを抱きしめてくれた。アスカの境遇を聞いて、思わず抱きしめたくなったそうだ。こいつら結構いい奴らだな。


 最後に、この学院の院長からのお話があった。白いあごひげが特徴的なおじいさんだが、大きな身体はしっかり鍛えられているようだった。新入生に対しては熱い歓迎の言葉を贈り、在校生には新入生に抜かれないように発破をかけていた。

 話の最後に、アスカの挨拶を持ち出し、「自分もそのような素晴らしい理由で魔法が使われることを願っている」と言ってくれた。


 入学式が終わると教室へと移動するのだが、そのちょっとの間にアスカとお近づきになろうと、貴族達が群がってきた。

 しかし、今や素の敏捷が1000を超えているアスカは、見事なフットワークでその全てを躱していく。あっさりと包囲網を抜け出したアスカは、そのまま教室へと向かった。




 教室に入るとクラスメイトとなる6人が、次々とアスカに声をかけてきた。

 みんなお互いに自己紹介をした後、アスカの考え方に共感したので、一緒に頑張っていこうと言ってくれた。


 まず初めに自己紹介したのは、くすんだ赤色の髪に、小柄だががっしりとした体格のアレックスだ。彼はドワーフとのハーフで、鍛冶屋の息子である。


 次の彼はトーマと名乗り、父親が魔法団の団員だそうだ。金髪で背が高く眼光が鋭いのが特徴だ。


 次の2人はエルフの双子だった。2人とも薄い金髪で、兄のノア・フローレンは細身で背はそれほど高くなく、優しい目つきの美男子だ。妹のクラリス・フローレンは、触れば折れてしまいそうなほど華奢な身体つきで、人見知りなのか兄の陰に隠れるように立っていた。守ってあげたくなるような美少女だ。


 この4人に、ソフィアとミスラ、そしてアスカを加えた7人がSクラスのメンバーととなる。


 7人がおしゃべりをしていると、教室のドアが開き、1人の教師が入ってきた。7人に着席するよう促し、自己紹介を始める。


「わたしの名前はライアットだ。このSクラスを担当することになった。専門は古代魔法の研究で、この学校のサークル活動でもある『古代魔法研究会』の顧問をしている。みんなも興味があったら、見にきてくれたまえ」


 そう自己紹介したライアットは、茶色い髪を短く刈り上げ、細身で神経質そうで、いかにも研究者という出で立ちだ。


 その後は、明日以降の日程について連絡があり、入学式初日が終わった。アスカは帰ろうとするソフィアとミスラを呼び止める。


「以前、アクセサリー屋さんで話してもらった、付与付きの装飾品は見つかりましたか?」


「それは……残念ですが見つかりませんでした。期限が今日まででしたので、諦めましたわ」


 ソフィアが本当に残念そうな、沈んだ顔で答える。ミスラも付き人兼友人として、力になれなかったことが悔しいのだろう、唇を噛み締め拳を握りしめている。


「そうでしたか。期限が今日までということは、もう間に合わないのですか?」


「ええ、この後、学院の正門で待っている父上にお伝えしますので……」


「あっ、それならまだ間に合うのですね? これなんてどうでしょう?」


 そう言ってアスカは、2人のために作ったネックレスと指輪を取り出した。


「これは?」


「これは、あの後、私もアクセサリーを探していたら、たまたま知り合いの冒険者さんにもらったので、おふたりに差し上げようかと思いまして――」


 ソフィアにネックレスをミスラに指輪を渡した。2人は濃い青色に輝く宝石が付いたネックレスと指輪を、息をするのも忘れて凝視している。


「もしかして、これは……」


「はい、付与が3つ付いています。確か、属性耐性と状態異常耐性と結界だったと思います。身を守るのにふさわしい3つかどうか自信がないのですが……」


 ソフィアもミスラもアスカの説明を聞いて、目が飛び出さんばかりに驚いている。


「そんな実用的な組み合わせのアクセサリーなんて、見たことも聞いたこともありません。国宝級と言われてもおかしくない品ですよ!?」


 ソフィアはこのアクセサリーの価値がわかるのだろうか。えらい興奮してしゃべりだした。珍しいなこんなソフィアを見られるなんて。


「お前、こんな凄いもの誰にもらったんだ? これを買うとしたら、それこそ城のひとつやふたつ買えるくらいの値段がするはずだぞ。そんな物を2つもただでくれるって、そんなやついるのか!?」


 うむ。俺たちは少々、物の価値勉強した方がよさそうだな……


 ソフィアもミスラも最初はこんな高価な物を受け取れないと、頑として譲らなかったが、アスカが2人のためにせっかく探してきたことと、自分もただでもらったものなので全く懐が痛まないことを力説し、何とか納得してもらった。

 何より、ソフィアがこの課題が達成できなかったら、学院を1年で辞めてどこかの貴族と結婚しなければならなかったと聞き、何としてでも受け取ってもらいたかったのだ。


 2人は何度も何度もアスカにお礼を言って、今度、アスカが困っているときには必ず力になると約束してくれた。アスカはそんなことよりも、2人に友達になってほしいとお願いした。その答えは当然イエス。この世界に来て、アスカに初めて友達ができた瞬間だった。


 玄関までは3人で行き、そこから2人はソフィアの父親が待つ正門へと走って行った。アスカもそれを見て帰ろうと思ったのだが、玄関で待ち構えていたライアット教授に呼ばれ、再び学院の中へと戻って行くことになってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る