第45話 チックの森

 さすがにSランク2人にAランク4人が揃うと、ある程度知能がある魔物は、危険を察知して近寄ろうともしない。時折、実力差の分からない低級な魔物が襲ってくるが、ハイデンが指示を出しブライアンが一撃で切り捨てる。なんとも楽な道中だ。


 しかし、チックの森は中心に近づくにつれ魔物が強くなっていく。


「そろそろA級の魔物も顔を出してくるはずだ。不意打ちに気をつけよう。ハイデン、A級となると移動速度も桁違いだから、探知したらすぐに指示を頼む」


「任せるでござる」


 声は、声は渋いんだけどな。このロリコン斥候が!


 ハイデンの探知はLv3だから、半径1kmまで探知が可能だ。B級程度なら問題ないが、A級が複数来たら、ちょっと困るかもしれない。


(アスカ、探知を手伝ったらどうだ?)


(ハイデンさんのお仕事取るのもどうかなって思ってたんだけど、お兄ちゃんがそう言うなら聞いてみるね)


「あのー、私も探知を使えるのですが、お手伝いしましょうか?」


 アスカの問いかけにハイデンは……


「む、頼むでござる。お主の声がもっと聞きたいでござる」


 おげー! 負担が軽くなるじゃなくて、声が聞きたいからって、へ・ん・た・い、けってーい!!!


「ねぇ、メイ。ハイデンは私達に全く見向きもしなかったから、てっきり硬派なんだと思ってました」


「えぇ、エリザベス。私もそう思ってましたわ。でも違ったようですわね」


「私、正直、自分の容姿に魅力がないのではと悩んでいたのですが……」


「エリザベス、あなたは魅力的ですわよ。ただハイデンがその……変わったご趣味だっただけで」


 女性陣2人が何か会話をしているようだが、聞いてはいけないような気がして、無視することにした。アスカも聞こえてはいたようだが、何のことかわからなかったのか、きょとんとしている。うん、アスカはそれでいい。


 なんてことを考えていると、探知に反応があった。


「えーと、3時の方向5km先ににグリーンドラゴンが1体、11時の方向3km先にカースバジリスク1体、正面2km先にインビイジブルタイガーが3体います。インビジブルタイガーは、こっちに向かってますね。このままなら5分後に接触します」


「「「……えっ?」」」


 5人の声が見事にハモった。


「本当かいハイデン?」


 クロムが、信じられないといった感じでハイデンに確認する。まさかこいつ、うちのアスカが嘘ついているとでも思ってるのか?


「拙者の探知では半径1kmまでしかわからないでござる。アスカ、お主の探知はLv4以上あるのでござるか?」


「そ、そうなっちゃいますか? えーと、私の場合は探知と勘の併用で……何となくです!」


 全員がそんな馬鹿な話あるかと思ったようだが、ハイデンがアスカの言う通りインビジブルタイガーを探知したので、会話は打ち切りになり、迎撃態勢を整える。


「いつも通り、ハイデンの指示でエリザベスは雷の閃光サンダースパークを頼む。痺れて姿を現したところで、俺とブライアンで1体ずつ倒す。アスカ、お前にも1体頼んでいいか?」


 クロムが素早く作戦を伝える。いつものパターンなのだろう、その指示に淀みはない。アスカに1体任せたのは、その実力を測るためだろう。


「はい、もちろんです。一番右のを狙いますね」


 アスカは一番右の1体をたおすようだ。


 そして物音が近づき……


「来るでござる、正面…………今でござる!」


 ロリコンの渋い声が響く。


「雷よ、集いて弾けろ、雷の閃光サンダースパーク!」


 ハイデンの指示でエリザベスが魔法を放った。


「ギャワァァ!」


 雷の玉が弾け、3体のインビジブルタイガーが姿を現す。

 その瞬間、1体のインビジブルタイガーの首が落ちた。アスカが一瞬で間合いを詰め、終わりの剣ジ・エンドで切り落としたのだ。


「さあ、残りをどうぞ!」


 アスカの声に、呆気にとられていたクロム達が慌てて動き出した。


「あ、ああ、行くぞブライアン」


 怪訝な顔をしつつも、クロムとブライアンも危なげなくインビジブルタイガーを倒した。姿を現したインビジブルタイガーは、それほど強敵ではないからね。

 ただ、インビジブルダイガーを倒し終えた2人が、『全く見えなかった』とか言っているような気がしたが、インビジブルタイガーのことだろう。


 それからしばらく歩くと、俺とアスカの探知に本命であるカイザーキマイラが引っかかった。


「いました。前方10kmに2体いますね」


 アスカが声を発するたびに、目を瞑り静かに頷くハイデンはさておき、ここからは気づかれないように慎重に進まなければならないな。


 クロムも俺と同じ考えのようで、より一層慎重に進むように指示を出している。

 その指示通り、緊張感を持って移動することおよそ2時間。ようやくカイザーキマイラのもとに到着した。


「さて、本当にカイザーキマイラ2体だな」


 クロムが言うように、2体のカイザーキマイラが森の中に寝そべっている。森の中でカイザーキマイラにけんかを売るような魔物はいないので、完全に油断しきっているようだ。


(鑑定!)


 名前 カイザーキマイラ(幻獣族 雷属性)

 レベル 100

 ステータス

 HP  1900

 MP  1750

 攻撃力 990

 魔力 1100

 耐久力 650

 敏捷  1010

 運 680

 スキル

 雷操作  Lv4

 雷耐性 Lv4

 水耐性 Lv3

 麻痺耐性 Lv4

 危険察知


 キマイラはライオンの頭に山羊ヤギの胴体、蛇の尻尾を持つ魔物だ。こいつはカイザーと呼ばれるだけあって体も大きく、全長は5mほどあり背中には鷲の翼まで生えている。


(敏捷1010と危険察知がやっかいだな。こいつには、不意打ちが効かないだろう。アスカ、クロムにこいつと戦ったことがあるか聞いてくれ)


(うん、わかったよ)


「クロムさん、カイザーキマイラと戦ったことはありますか?」


「いや、今回が初めてだな。何か気になることでもあったかい?」


「はい、敏捷がかなり高いのと危機察知を持っているようなので、不意打ちが効かないかと」


「驚いた。お主は鑑定も持っているのでござるか?」


 同じように鑑定を持っているハイデンが驚いたのか、会話に割って入ってきた。


「そ、そんなところです……」


 突然のロリコンの質問に、アスカも動揺してしまったようだ。


「そうか、それじゃあオーソドックスに正面から戦うとしよう。まず僕らが2体の注意を引こう。アスカはタイミングを見計らって、どちらかを引き離してくれ」


「わかりました。お気遣いありがとうございます」


 すぐにクロムが話しかけてくれたおかげで、これ以上ハイデンと話さずに済んだ。よくやったぞクロム。褒めて遣わす。


 さて、アスカがソロなので気を遣ってくれたのだろう。大まかな作戦が決まり、ドラゴンバスターはS級の魔物をどのように倒すか、詳細な打ち合わせを始めた。


「あ、エリザベスさん、カイザーキマイラは雷属性です。炎操作で戦った方がいいかもしれません」


 そこにアスカは、魔道士に必要な追加情報を伝えておく。


「うちの変態斥候より、よっぽど優秀だね。この際、入れ替えてもらいたいくらいだ」


 この男、もうすでに変態扱いである。ちょっと前まで硬派だと思われていたのに。


「エリザベス、アスカが我らのパーティーに入るのは歓迎でござるが、拙者が抜けてしまっては意味がない。入れ替えはなしの方向で頼むでござる」


 S級の魔物を前にして、この余裕はさすがだ。だがしかし、アスカを誘うのは止めてもらいたいものだ。


「アスカのことは、可愛いのかどうかも含めて気になるが、今は目の前の敵に集中しよう」


 ブライアンがみんなをいさめる。諫めているのだが、あれ?


 さりげなく、アスカが気になってることぶっ込んできてるよ、このにーちゃんも!


 女性陣が顔を見合わせてため息をついている。このパーティー、今日一日で人間関係が変わりそう……


「行くぞ!」


 そんな中、クロムのかけ声で戦闘が始まった。

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