第37話 レコビッチ商会

(お兄ちゃん、今日は何をしようか?)


(そうだなー、ローブを着ずにギルドにいってみるか。それなら騒がれることもないだろう。念のため、ギルドカードはFランクの緑色にしておこう)


(ようやくローブを着ないで出歩けるようになったね。私もうれしい!)


(そうだな。だけど気をつけてくれよ。もう素のステータスがS級の魔物並みだからな。力加減を間違えると、とんでもないことになるぞ)


(大丈夫だよ、お兄ちゃん。これでもちゃんと加減する練習してきたんだから)


 久しぶりに素顔で歩き回ることができたおかげが、アスカは嬉しそうにギルドに入っていく。

 入り口の扉をくぐり、ぐるっと辺りを見回すと、クエストが張り出されている掲示板の前に、見知った顔を発見した。


「スコットさん、おはようござます。これからクエストですか?」


 アスカが声をかける。そう、王都に来る途中、レコビッチさんの馬車で一緒になったパーティーのリーダーだ。


「おや、アスカじゃないか。どうしたんだこんなところで? 試験はもう終わったのかい?」


「いえ、2日後です。それまで時間があるので宿代でも稼ごうかと思いまして……」


「アスカも冒険者登録したのかい?」


「はい。まだFランクですけどね」


 そういって緑色のギルドカードを見せる。本当にバレないのかちょっとドキドキする。アスカの動きもちょっとぎこちないし。


「そうか、そうか。まぁ、魔法学院を受験しようってくらいだから、Fランクのクエストくらい何とかなるのかな」


 いやいや、何とかどころかS級ですら倒しちまうぞ、うちのアスカは。わかってないね、スコット君。


「はい、あまり戦わなくていいものを探してみます」


アスカはそんなことおくびににも出さずに言う。突然だけど、今日もアスカは可愛いなぁ。


「お、それならそこのクエストを受けたらどうだ? 薬品の運搬で、依頼主はあのレコビッチさんだぞ」


「あ、ほんとだ。まだ、会いに行ってなかったから丁度よさそうです。これを受けてみますね」


 いつもはクエストの中身ばっかり見てるからね。依頼主まで気が回っていなかったよ。


「レコビッチさんもアスカに会いたがってたからな。こっちのこともよろしく伝えておいてくれ」


「はい、ありがとうございました」


 アスカは掲示板から依頼書を剥がし、早速、ミーシャに渡しに行った。


「アスカさん、おはようございます。まだちょっとドキドキしてますが、頑張りますのでよろしくお願いします。

 今日は薬品運搬のクエストですね。このクエストは、依頼主から直接指示を受けるクエストです。レコビッチ商会は商業区にありますので、こちらの依頼書を持って訪ねてみてください」


「はい、わかりました。行ってみます!」


 ミーシャにレコビッチ商会の詳しい場所を聞いて、ギルドを後にする。


(そういえば、すっかり忘れてたなレコビッチさんのこと)


(えー、私は忘れてなかったよ。暇がなかったから行けなかったけど)





 商業区に着いたので、早速、レコビッチ商会を探す。詳しく場所を聞いていたが、そんなのは必要ないくらいあっさりと目的の場所が見つかった。ってかでかい建物だな。レコビッチさんって本当に大物だったんだ。


「こんにちは。ギルドでクエストの依頼を受けてきました」


 大きな建物の入り口にいる、警護らしき人に声をかける。


「こんにちは、お嬢ちゃん。とても冒険者には見えないけど、依頼書は持っているかい?」


 アスカはギルドの印が押してある、依頼書を男に手渡した。


「確かに。仕事内容は薬品の運搬だが、お嬢ちゃんひとりで大丈夫かい? 荷馬車は貸してあげれるが、積み卸しは結構力が必要だぞ」


「大丈夫です。これでも冒険者なので」


 お前の10倍くらいの力があるぞアスカは。知らないっていうのは恐ろしいことだな。


「それじゃあ、こっちに来てくれ。運ぶものと運ぶ場所を確認する」


「あ、レコビッチさんには会えないのですか?」


 それを聞いた警護の目が鋭く光る。


「お嬢ちゃん、レコビッチさんに会ってどうするつもりだ? 会長はお忙しいから、わざわざ依頼を受けただけの冒険者に会う暇はないぞ」


 なるほど。レコビッチさんくらいになると、敵もそれなりに多いのかな。アスカがクエストを口実に、レコビッチさんに危害を加えるんじゃないかと心配しているわけか。この警護、アスカの見た目で油断しないところはさすがにプロだな。


「えーと、私が会いたいというわけではないのですが、レコビッチさんがぜひ会いに来てくれて言ってたので……」


「レコビッチさんがお嬢ちゃんを? とても信じられないな」


(アスカ、あれを渡した方がいいんじゃないか?)


(あ、そうだね。忘れてた)


「あの、これ渡せばわかるって言われてて……」


そう言って、以前、レコビッチさんからもらった手紙を渡す。


「なんだこれは?……これは! 失礼しました! 今すぐご案内します。付いてきてください」


 レコビッチさんの手紙の効果は絶大だな。何て書いてあったんだろう?


 警護の人に連れられて建物の奥に入っていく。通路も広いし、ところどころに高そうな美術品があるな。

 何度か階段を上がり、最上階かと思われる場所にある、一際豪華な扉の前に立つ。警護の人がノックし、中からレコビッチさんの応える声が聞こえた。


「入りなさい」


 アスカは警護に促され、扉の中に入っていく。


「失礼します」


 軽くお辞儀をして入っていくアスカを見て、レコビッチさんが驚きの表情を浮かべる。その表情がすぐに笑顔に変わり、温かく出迎えてくれた。


「アスカじゃないか! ようやく儂の店に来てくれたか。てっきりすぐに来てくれるかと思ってたもんじゃから、なかなか顔を見せないので心配しておったわ!」


「すいません。色々、やることがあったものですから」


「ささ、座ってくだされ。ゆっくり話でもしようぞ」


 いやいや、喜びすぎだろレコビッチさん。満面の笑みを浮かべちゃって。


「いえ、今日はクエストの依頼を受けてきましたので、まずはそちらの仕事を終わらせたいと思います」


「何? クエストの依頼とな。どのような中身じゃ?」


「薬品の運搬です」


「おー、あの仕事じゃったか。今ちょっと人手が足りなくてのぅ、確かにギルドに依頼したわ。まさかアスカが受けてくれるとはのぅ。どれ、せっかくアスカが来てくれたんじゃから、儂も一緒に行こうかのう」


 へー、さすがは会長。依頼の内容はしっかり把握してるんだ。しかし、一緒に行くとはこれいかに?


「会長自らですか? 私ひとりでも大丈夫そうですが、むしろ会長が出歩いて大丈夫なのですか?」


「なーに、たまには現場の空気を感じるのもよいことなんじゃよ。可愛い孫とのデートみたいで楽しみだわい!」


 何を言ってるのだこのじいさんは!?

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