第31話 Aランク昇格試験

「さて、こっちはいつ始めてもいいが、お前さんはその格好でいいのかい? 素性を隠しているローブが、戦闘中に脱げちまうかもよ」


 ハンクが不敵に笑いながら、皮肉を込めて口を開く。


「ローブが脱げるほど苦戦するとは思いませんので、いつでもどうぞ」


 アスカも負けじと挑発し返す。


 あれ? アスカってこんなに好戦的だっけ? どこぞのエルフの影響か?


「言いよる……わ……っと!」


 会話の最中に、突然ハンクが拳を繰り出し、戦闘を開始した。完全なる不意打ちだったのだが、危険察知のスキルを持っているアスカには通用しない。予期していたと言わんばかりに、華麗なバックステップで躱す。


「不意打ちでAランクになれるとは知りませんでした」


 アスカがさらに挑発を続ける。


(アスカちゃんどうしちゃったの? 遅れてきた反抗期?)


(お兄ちゃん静かにして、集中できない)


(怒られてしまった……)


「いやいや、このくらいは挨拶がわりさ。Aランクにはこんな不意打ちをくらう奴はいないからな」


 ハンクはしゃべりながら、常人ならば目で追うのがやっとという速度で、連撃を繰り出す。しかし、その全てを完璧に見切られ、躱されている。それなのにハンクの顔が嬉しそうに歪む。


 ハンクはアスカの常人離れした動きに、驚きと喜びを感じているようだ。そして、本人は決して認めないだろうが、恐怖も感じているように見える。



~side ハンク~


 俺は、根っからの戦闘好きではあったが、無謀な人間ではない。人であれ魔物であれ、戦う相手についてはきちんと調べ、対策を練ってから挑む。Aランクという称号は力任せで取れるほど、簡単なものではないのだ。


 実際、ミーシャが試験の希望を持ってきた時も『とんでもなく強い』と聞いて、他にもいたAランクの冒険者を差し置いてGM権限で自分が戦うようにはしたが、鑑定持ちの部下にしっかりアスカを調べさせていたのだ。


 そして、俺はその結果にがっかりした。レベルが25と低すぎる上に、ステータスもそのレベルでの最低ラインだったからだ。スキルも一応持っているが、土操作と治癒だけで両方Lv1だった。

 ミーシャの話では、B級どころかA級のドラゴンまでソロで狩ってきたということだったので、期待していた分、落胆も大きかった。どうせ、どこかの高レベルPTに寄生して、証明部位だけ買ったか貰ったかしたのだろうと思った。

 しかし、みんなの前で『自分がやる』と言った手前、後にも引けないのでとりあえず試験は行って、不意打ちの一発ですぐに終わらせようと考えていた。


 ところが、だ。実際、本人を目の前にしてみるとローブで素性はわからないが、明らかに普通じゃないと俺の勘が告げていた。声だけ聞くと、女だということはわかるが、いや、女というよりむしろ女の子に近い感じを受けている。それなのに、俺を見ても全く動じることもなく、丁寧にあいさつまで返して来た。


 ここまでくると、鑑定よりも自分の勘が正しいんじゃないかと思えてきた。


(もし、これが隠蔽されたステータスだとすると、こいつはとんでもない奴なんじゃないか?)


 という考えが頭をよぎる。そう考えると思わず、俺はニヤッと笑ってしまった。


 実際に戦ってみて、自分の考えが正しかったと確信した。俺の敏捷は341で、さらに身体強化Lv2で50%も上乗せされているから、実際の数値は500を超えているはずなのだが、その攻撃がことごとく躱される。魔法すら使っていない【賢者】にだ。もうこれは異常と言わざるを得ない。


(本気で倒しにいってみるか……)


「実はよ。お前さんと戦う前に鑑定させてもらったんだが、その情報とお前の動きが全く合ってないんだよな。もし俺がこの勝負に勝ったら、その辺の秘密を教えてくれねえか?」


「いつ、”試験”から”勝負”に変わったのかはわかりかねますが、負けることはないと思いますので、構いませんよ」


 俺の口撃にも動じることなく、逆に煽り返してくる始末だ。こいつ、頭も相当切れやがる。


 俺は自分に出せる最高のスピードで、思いつく限りの戦術で黒ローブを攻めたてる。しかし、それらの全てが通用しない。それでも俺は攻め続ける。

 俺は格闘術Lv4なので分身拳を使える。さらにひたすら修練を重ねた結果、Lv4の分身拳とLv3の瞬発拳を同時に使うことができるようになっていた。

 瞬発拳は音速を超える正拳を放つ技だ。それを分身した状態で放つのだから、2方向から同時に音速の拳が飛んでくることになる。この必殺技で、何匹ものA級の魔物を屠ってきたのだ。

 今俺は、その必殺技をたたき込むタイミングを窺っているのだ。


 ヤツの隙を作り出すために、あえて動きを遅くする。


 案の定、ヤツの戸惑っている感情が伝わってきた。わかるぞ、『この程度の攻撃でA級の俺が疲れるのか?』って、疑問に思っているな。


 その隙を見逃さず、俺は分身拳からの瞬発拳を繰り出した。


 シュ!


 音を置き去りにした必殺の拳が、2方向から黒ローブに襲いかかる。


(勝った!)


 と思った俺の意識はそこで途絶えてしまった。




 俺が目を覚ましたのは、それから数分後、ギルドのカウンター内のソファの上だった。


「……ん? ここは……? あー、俺は負けちまったのか?」


「はい、周囲にいた人もほとんどが何が起こったかわかっていなかったようですが、ドラゴンバスターのクロムさんが説明してくれて……」


 俺を看病してくれていたっぽいミーシャが答えてくれた。


「まぁ、あいつなら見えていただろうな。それで、黒ローブはどうした?」


 俺は、手刀を受けたと教えてもらった首筋をなでながら聞いてみた。しかし、手刀か……全く見えなかったな。


「はい、ハンクさんが負けてしまったので試験は合格だと思いまして、Aランクのギルドカードを発行しました。その後、冒険者の方々に囲まれそうになったので、逃げるように帰って行きました」


「そうか、また明日にでも話をしてみるか。あいつのあの強さは異常だからな」


「それについては否定しません」


 そう言い残してミーシャは受付の業務へと戻って行った。


「……あいつ、11人目のSランクになるな」


 ミーシャが出た行った扉を見ながら呟いた俺の言葉は、誰にも聞かれることなく静かに消えていった。

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