第23話 クロフトの危機
~side ???~
アスカ達が、クイーンアントと戦っていた丁度その時、町の入り口ではいつものようにクロフトが門番をしていた。
「パパ~、おやつを持ってきたよ~」
「お、ケインありがとな。今日のおやつは何かな?」
そこに、明るい金髪にぱっちりおめめ、クロフトの6歳になる息子が、自分の体の半分もある茶色いバスケットを抱えて、よたよたと走って来るのが見えた。その愛らしい姿に、真剣だったクロフトの顔も自然とほころんでいく。
「あのねー、ジャムをぬったあまいパンだよー。いっしょにたべよー」
「よしよし、一緒に食べようか!」
セルビアの町は、町といっても王都からはそれなりの距離があり、そう頻繁に人が訪れるわけでもない。今のところ魔物の姿も見えないし、取ろうと思えばいつでも休憩を取れるようだ。
「おいしいねー」
「ママが作ったおやつは、いつ食べてもおいしいぞ!」
特に人影も見当たらないので、2人でのんびりおやつを食べている。先に食べ終えたケインが暇になったのか、辺りをキョロキョロと見始めた。
「パパ――、ぼくおそとにでたことないから、でてみたーい」
「お外かー、お外は魔物がいるから怖いんだぞ!」
「ぼく、まものなんてこわくないー。だってパパがやっつけてくれるんでしょ?」
「はっはっは。そうだ、パパは強いんだぞー」
「じゃあ、そこでみててー」
そう言って、ケインは町の外へと走り出す。クロフトは辺りを見回し、魔物がいないかを確認した。帰ったらケインは、ママに今日のことを報告するだろうか。ひょっとして、ママにまだ早いって怒られるかな? そんなことを考えながらケインの方を見ると、ケインは空を見上げていた。
「おっきなとりさーん」
ケインが指を指した先には、ケインに向かって真っ直ぐ急降下してくるワイバーンの姿が見えた。その目はしっかりとケインを捉えている。
「逃げろ!ケイン!」
クロフトは、叫ぶと同時に駆け出していた。
スッとケインの周りが影に覆われ、暗くなる。ケインは目の前に降り立ったワイバーンに目を奪われ、動くことができない。
「ウォォォー!!」
クロフトはワイバーンの注意を引こうと必死に叫びながら、死に物狂いでケインの元へ走る。しかし、ワイバーンはクロフトの方を見ることもなく、鋭い爪が生えている右腕を振り下ろした。
ザシュ
クロフトの目の前で、ケインの左腕が宙を舞う。その勢いでケインは、地面に叩きつけられ転がってしまった。
「どけーーー!!」
クロフトがワイバーンに閃光突を放つ。しかし、ワイバーンは宙に浮かびそれを躱し、強靱な尾をクロフトに叩きつけた。クロフトはその攻撃をまともに受け、吹き飛ぶ。
「グハッ……」
クロフトが血を吐く。視線の先には、左腕を失い泣き叫ぶ息子の姿があった。
「パパ、パパ、いたいよ、さむいよ、たすけてよ……」
必死に息子に手を伸ばすクロフト。しかし、重傷を負った体が動かない。息子の声が段々と小さくなっていく様を見ながら、クロフトは死ぬほど後悔していた。
(なぜ、俺は息子を外に出した? なぜ、俺は空を見なかった? なぜ、俺は息子を助けられない?)
「誰か、誰か、誰でもいい。神様、息子を、ケインを助けてくれ……」
~side ショウ~
クイーンアントとの死闘を終えて、町の近くまで来た俺とアスカの探知が、C級の魔物を捉えた。10km先だが、どうやら町の入り口近くにいるようだ。すぐそばに弱々しい、人間の気配も感じられる。俺達は何かあったと確信した。
(アスカ、クロフトさんに何かあったのかもしれない。急いで行ってみよう)
(私も感じたよ。早くしないと危ないかもしれないね)
思考加速を使い、瞬時に危険だと結論を出した俺達は、レスターに一声かけてから全力で町に向かうことに決めた。アスカに、風魔法で身体を覆う膜を張り、重力魔法で身体を軽くして前方へ引っ張ることで、おそらく空を飛べることを伝える。
「みなさん、町の入り口に魔物がいます。クロフトさんに何かあったのかもしれないので、先に向かってますね」
そういって、アスカはふわりと浮き上がる。次の瞬間、風を切る速さで弾丸のように一直線に町まで飛んで行った。
「え、クロフトさんが? あれ、アスカが空を飛んでる? えーと、えーと、俺らも急いで向かおう?」
レスターが混乱しながら2人に指示を出す声は、アスカには聞こえなかったようだ。
アスカが街に近づいたところで、ワイバーンの周りに2人の人間が倒れているのが見えた。
どうやら1人は子どものようで、左腕がなく地面に血だまりができていた。
もう1人は大人で、こちらは必死に子どもの方に這っていこうとしているが、鎧がひしゃげるほどのダメージを受けているようで、右腕しか動いていない。よく見ると大人の方はクロフトさんに間違いない。ワイバーンは敵を倒した余裕からか、ゆっくりと子どもの方に近づいていくのが見えた。
「
一刻の猶予もなさそうなので、遠距離から最速の魔法でワイバーンを倒す。ワイバーンは、何が起こったのかわからないまま、電撃を受けて絶命した。
騒ぎを聞きつけた衛兵や冒険者が、町から飛び出して来て、クロフトと子どもの元へ駆け寄って行く。
このままだとまずいと思った俺は、アスカにローブを着るように言った。
「誰か! 治癒できるやつを呼んでこい! クロフトもケインも重傷だ! 誰でもいい、急げ!」
アスカがローブを着ている間に、一人の衛兵の叫び声が聞こえた。
「だめです。Lv2の治癒では効果がありません。子どもの方は腕がちぎれています。助けるにはLv4の治癒の使い手がいないと……」
おそらく治癒の使い手であろう冒険者が、2人に治癒魔法をかけているのだが、どうやら力不足のようだ。
「……ケイン、ケインの元へ連れて行ってくれ……」
クロフトが、力ない声でお願いする。近くにいた冒険者のひとりがクロフトに肩を貸し、ケインの元へと連れて行った。
「ケイン……すまない……今、今助けるからな……」
クロフトが、ケインを抱きかかえ泣いている。周囲は、それを黙ってみているしかない。こんな町にLv4の治癒の使い手が、偶然いるわけがない。たとえいたとしても、たった今消えゆく命の前に、間に合うわけがない。絶対に口には出せないが、誰もがそう思っているようだ。
(アスカ、急げ)
「すいません。通して下さい」
人だかりをかき分け、ようやくアスカが2人の元へたどり着いた。
「よかった。間に合った」
その言葉に、周囲の人達の顔つきが変わった。何を言ってるのだ、この黒ローブは? 間に合っただと? 子どもの死を目の前にした親の前で、何と不謹慎な。そんな声が聞こえてくる。
クロフトが、涙に濡れた顔をゆっくりと上げる。
「助けてくれ……」
クロフトは、わらにもすがる思いだったのだろう。冷静であれば、絶対怪しいであろう黒いローブを纏ったアスカに、息子の命を託すことなどないだろうに。
「はい、あなたもお子さんもよく頑張りましたね。任せて下さい。
その瞬間、ケインの体が光に包まれ、みるみる腕が再生していく。
「おぉ、おぉぉっ!」
クロフトの体も光に包まれ、傷が完全に癒やされていく。
「まさか!?信じられん。
アスカの治癒魔法を見て、冒険者のひとりが興奮した様子で詰め寄ってきた。
(おっと、周りが騒ぎ出した。逃げるぞ、アスカ)
「すいません。後はよろしくお願いします」
そう言ってアスカは、急いで町の中へ入っていく。チラッと見たクロフトは、ケインを抱きしめながら、顔をくしゃくしゃにして喜んでいた。ケインも目を開けて、パパにしがみついている。
(いいことしたな、アスカ)
(うん、王都に行く前にクロフトさんに恩を返せてよかった)
(しかし、治癒がLv3になっててよかった。Lv2のままだったら治せなかったからな)
(ほんと、ほんと。私達もクロフトさんも運がよかったね)
(さて、ギルドに戻るか。何か忘れてる気もするけど)
この後、アスカは人目の着かないところでローブを脱ぎ、何食わぬ顔でギルドに向かった。そこで後から合流したレスター達に、ろくな説明もなく飛び出していったことをこっぴどく叱られてしまったとさ。
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