第19話 謎の魔法使い
翌朝ギルドに入ると、いつもよりギルドが活気付いている気がした。いや、活気付いているというより、みんな興奮気味に何かについて話をしているようだ。
「おはよう、アスカ。お、早速、剣を買ったんだね」
レスター達3人は相変わらず朝が早い。やはり、駆け出しの冒険者は依頼の取り合いが大変なのかな。
「おはようございます、レスターさん。剣は護身用に身につけておくことにしました」
アスカが腰に差した剣を押さえながら、レスターに説明する。って言っても護身用どころか、剣士としてもやっていけるけどね。
「魔法使いが剣って、違和感しかないわね」
「えーと、すいません」
シーラのツッコミは今日も厳しいぜ。アスカもタジタジだ。
「それより今日はどうしたのですか? 何かみなさん、興奮してらっしゃるように見えますが?」
アスカも同じことを感じていたのだろう、早くから来てそうなレスター達に聞いている。
「そうそう、アスカも聞いてよ! 昨日、ソーマの森で信じられないものを見た冒険者がいるらしいんだ!」
どうやら、エリックも他の冒険者達と同じように興奮しているようだ。
「信じられないもの?」
アスカがエリックの言葉に小首をかしげる。うぉぉい! 可愛いな、おい!
「うんうん。遠くからではっきりとは見えなかったらしいけど、黒のローブを着た小柄な人物が、2つの属性の魔法を同時に放っていたらしいんだ!」
エリックが嬉しそうに説明してくれるが、それを聞いた俺の冷や汗が止まらない。いや、実際は汗はかかないけど……
(ソーマの森、黒のローブ、2属性魔法……おや、何か聞き覚えが……)
「えーと、それってすごいことなのですか?」
アスカも気がついてしまったのか、ちょっぴり声が震えているぞ。
「何を言ってるのですかアスカ! 2つの魔法を同時に放つというとは、同時に詠唱しなければなりませんのよ。そんなことは不可能ですわ。できるとすれば、スキルの"無詠唱"か、最低でも"詠唱短縮"がないとできませんわ」
いつも冷静なシーラが珍しく興奮している。魔法使いだからこそ、余計にその凄さを感じているのだろう。
「もし、仮に無詠唱と2属性の魔法を使えたとしても、詠唱しないということは、明確なイメージがないと魔法は発動しないのですよ。2つの魔法を同時にイメージするということがどれほど難しいか分かります?」
シーラの興奮が止まらない。魔法談義になると、すごい饒舌になるんだよねシーラって。
「えーっと、それは難しそうですね。それでその人はどうなったのですか?」
上手いぞアスカ! 話を逸らしつつ、その人がどこまで見ていたかを探る一手を繰り出したな。
「それを見た冒険者は、あまりの魔法の威力に怖くなって、すぐに町に帰ったらしいから、どうなったのかはわからないみたいだよ。僕も直接聞いたわけではないから、詳しくはわからないけどね」
謎の人物の行方については、エリックが教えてくれた。しかし、よかった。詳しい姿は見られていないようだな。
「まあ、魔人って可能性もあるから、すぐに帰ったのは正解なんじゃないか?」
レスターはこういう時でも、人の命を大切にする姿勢が見てとれる。だからこそメンバーの信頼が厚いんだろう。まさにリーダーにうってつけだね。
実験に夢中になり過ぎて探知スキルを使うのを忘れていたからな、気をつけねば。それにしても、無詠唱はみんな知ってるのに、並列思考は誰も知らないのかな? 並列思考を使えば2つの魔法のイメージなんて簡単なのに。
「ところでアスカ、あなた無詠唱を持っていたわよね? 昨日はどこにいたのかしら?」
バレていないと思って、ホッとしたところに鋭い一撃が飛んできた。相変わらず鋭過ぎるんだよ、シーラは!
「え、えーと。昨日は……買い物に行って……その辺をぶらぶらして……」
まずい、アスカも油断してたのか動揺してしまっている。落ち着くんだアスカ!
「まぁ、いいわ。さすがにアスカでも2属性同時魔法は無理でしょう。そんなことできたら、魔法界に革命が起きてしまいますわ」
「あはは、そ、そうですね」
っと、俺の心配をよそにシーラの常識がアスカを守ってくれたようだ。と思ったのに——
「案外、アスカなら簡単にできちゃいそうだけどね!」
エリーーーック! 余計なことを言うな!
全く、エリックの行動は読みづらいから疲れる……
「さて、その話はこれくらいにしておいて、今日のクエストはどうしようか?」
よし、さすがはレスター。しっかりリーダーの役目を果たしているな。褒めて遣わす。でも、アスカはやらん。
「そうそう、私、少し気になってなのですが、アスカはランク上げなくてよろしいので?
昨日のクエストはDランクなので、Fランクのアスカはランクアップのポイントにカウントされていませんよね」
俺が少し気にしていたことを、シーラが指摘してくれた。さすがシーラ、気づいてくれたんだな。
「あ、そうか、気づいてなかった!ごめん、アスカ」
せっかく褒めてやったのに、お前は気づいてなかったのか! 頼むぞレスター。
「いえ、わかっていましたので気にしないでください。ランクはそのうち上げようとは思っているのですが、あまり上げ過ぎると目立っちゃいそうで……」
アスカが遠慮がちに気にしてないことを伝えるが……
「Eランクくらいなら目立つこともないだろうから、とりあえずEまで上げちゃえば?」
さすがエリック、ノリが軽い。たが、その軽さに救われることもある。今回のようにね。
「そうですね。エリックさんの言う通りEランクまで上げます」
よしよし、たまには自分の希望を言ってもいいんだよ。いつも遠慮してるからねアスカは。でも、俺が遠慮するなと言ってもあまり聞かないから、エリックのようにさも当たり前のように軽く言ってくれると助かるんだよな。
「それじゃあ、Eランクのクエストを5つとDランクのクエストを1つ受けよう。それでアスカのランクが上がるから、上がった後にDランクの報告すれば、それもカウントされるだらうから」
おっ、さすがレスター。早速、汚名返上にいいアイデアを出してきたな。
「はい、それでお願いします!」
アスカも、みんなが当たり前のように優しくしてくれてるから、思わず笑顔が溢れたみたいだ。こいつら本当にいいヤツらだ。涙が出ちまうぜ!
代表してクエストを探しに行ったレスターが持ってきたのは、『ブラックウルフの討伐』、『ジャイアントスネークの討伐』、『オークの肉納品』、『ネオン草採取』、『角兎の角と毛皮納品』、そして『ホブゴブリン討伐』だ。
俺達が見たことがない名前は2つ。ネオン草とホブゴブリンだ。
ネオン草は
ホブゴブリンはゴブリンの上位種で、ゴブリンより体格が良く知能も高い。集団で連携して攻撃してくることもある。油断が出来ない相手だが、レスター達3人はスキルを覚えたことで、その実力はDランクに達している。それほど苦労せずに倒せる相手だろうと言うのが、彼等の見立てだ。
「さあ、出発しよう!」
今日もレスターのかけ声で1日が始まった。
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