第2話 転生の間 side 明日香

「……ここはどこ?」


 私が目を覚ましたのは、真っ白い光以外何もない空間だった。


「一体何が……!  お兄ちゃんは!?」


 段々と記憶が蘇ってくる。お兄ちゃんと買い物に行った帰りに……トラックに轢かれたんだ。


「私は死んだのかな。たぶんお兄ちゃんも……」


 トラックに跳ね飛ばされた直後に見た兄の顔が、目に焼き付いている。腕や足があらぬ方向に曲がり、それでも私を心配そうに見つめていたあの顔が。


「もうお兄ちゃんに会えないのかな……」


 そう呟いた自分の言葉に思わず涙がこぼれ落ちる。自分が死んでしまったのではないかという思いより、大好きだった兄ともう会えなくなってしまうのではないかという思いから。

 その時どこからともなく、優しげな女性の声がした。


「柊 明日香。あなたは異世界へ召喚される魂に選ばれました」


「誰?」


 突然の声に驚き、一瞬涙が止まる。思えばここがどこかもわからず、他に人がいるかどうかなど考えてもいなかった。


「召喚される者には特典として、既存のスキルの中からお好きなものを1つ、LvMAXの状態で付与させていただきます」


 驚く私を無視して声は続ける。


「異世界って何? スキル? 何のこと? そもそもここはどこ? あなたは誰?」


「申し遅れました。私は転生の女神システィーナ。いくつかの世界を統治する神々の一柱です。

 この度、偶然異世界へのゲートが繋がり、その時亡くなられた魂のうち1番『生への思い』が強い魂が選ばれ、転生することとなりました」


「そっか。やっぱり私は死んじゃったんだ。あっ! お兄ちゃんは? お兄ちゃんも死んじゃったの?」


「はい。あなたのお兄様である『柊 翔』も亡くなりました。そしてその『柊 翔』の思いこそが、1番強い思いだったのです」


「えっ? じゃあなぜあなたは私のところへ? お兄ちゃんの思いが1番なら、お兄ちゃんが転生するべきでは?」


「はい。本来であればそうなるはずですが、あなたのお兄様の願いは『自分の命はどうでもいい。妹を助けてくれ』でしたのでこちらへ参りました」


「お兄ちゃん……やっぱり自分のことよりも私のことを……」


 私は思い出していた。どんな時も自分を優先してくれる兄の優しさと最後の顔を。そしてまた自然と涙があふれてきた。


「お兄ちゃんに会いたい。転生なんてしなくてもいいからお兄ちゃんに会いたい……」


「転生できる魂は1つに限られており、途中で変更されることはありません」


 システィーナが静かに、そしてその事実が変わらないことが、はっきりと感じられるほど強く言い切った。


「お兄ちゃんに会いたい……」


 たとえ何を言われようとも、今、考えることができることはそれしかなかった。



~side ???~


(ハァ。これでは先に進めませんね。今までの転生者は、転生できるとわかった瞬間大喜びしていましたのに)


 何を言っても反応しない明日香に対して、システィーナも困惑し始めていた。


(この段階でここまで時間がかかっているということは……スキル選びではいったいどれだけの時間がかかるのかしら。そもそもスキルや魔法の知識なんてなさそうだし、一から教えなければならないかも……)


「お兄ちゃんに会いたい……」


いつまで経っても、明日香は泣き止みそうにない。


(駄目だわこれは。本格的にどうにかしなくては)


 そこでシスティーナは、ふと閃いた。今までに試したことはないけれど、この状況を打開する可能性がある1つの選択肢を。


「明日香さん。そんなにお兄さんに会いたければ会わせてあげましょうか?」


「えっ?」


「今まで試したことはありませんが、1つだけ可能性があります。過去に例がないので絶対に大丈夫とは言えませんが」


「どういうことでしょう? さっき転生できるのは1人だけだと……」


「えぇ、転生できるのは1人だけです。それは変わりません。ですのでスキルの方で何とかしようかと」


「スキルの方で?」


「はい。最初に申し上げました通りに転生者にはスキルが1つ与えられます。本来は既存のスキルから選ぶことになっているのですが、時間もかかってしまっておりますし、何より説明が面倒くさ……コホン。

 とにかくあなたに与えるスキルをお兄さんにしてしまおうというわけです」


「それってどういう意味ですか?」


「はい。あなたがこれから転生する世界では、魔法やスキルといった特殊な能力が存在します。あなたのお兄さんには、その世界であなたを導く『ナビゲーター』のような存在になっていただこうかと思いまして」


「そんなことが?」


「今までに前例がないので保証はできませんが、あなたの希望を叶えることができる選択肢はこれしかありません。もっとも成功してもお兄さんは《自我のあるスキル》として存在することになるので、厳密言えば『会える』わけではありませんが。」


「幽霊みたいなものってこと?」


「いえ、どちらかというとあなたの脳内に存在するといったところでしょうか」


「……わかりました。このままだと消えてしまうだけだもんね。意識だけでも、声だけでも聞けるなら、その方法でお願いします」


「かしこまりました。それでは異世界への転生を開始いたします。再びお兄さんと話ができることを願って……」


 そして明日香の意識はまた薄れていくのだった。

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