第3話 転生の間 side 翔 前編
真っ暗闇の中、誰かが俺を呼ぶ声がする。記憶が曖昧で何があったか思い出せない。何か大変なことが起こったような、そうでないような。
「柊 翔。聞こえてますか?」
何やら優しげな女性の声が聞こえてくる。いや、聞こえてくるというより、頭に直接響いてくるといった感じか。
「えーと、どちら様で?」
とりあえず今置かれた状況はさておき、返事をしてみる。
「私は転生の女神システィーナ。あなたの妹、『柊 明日香』の願いを伝えに来ました」
その言葉を聞いて、俺の寝ぼけた意識が一瞬で覚醒する。
「そうだ! 明日香はどうした? 確かトラックに、轢かれて……あぁ、そういうことか。俺たちは死んだのか。それでこんなに真っ暗なところに……」
容姿も運動能力も大したことがなかった俺だが、唯一の取り柄だった頭の回転の速さで、この状況を即座に理解する。
「はい。仰る通り、残念ではありますがあなたはトラックに轢かれ亡くなりました」
思った通りだった。昔からそうなのだが、考えることが多いほど不思議と気持ちは落ち着いてくる。
「それで転生の女神ということは、俺を転生させてくれるのかな? 俺としては妹の方を助けて欲しかったんだが」
状況は理解したが、『妹の願いで来た』というところがよくわからない。明日香が俺の転生を願ったということだろうか?
「いいえ、残念ながら妹さんも亡くなってしまいましたが、偶然、異世界へのゲートが繋がったことと、あなたの想いがその時亡くなった生き物の中で1番強かったことが重なり、柊 明日香が転生することになりました」
なるほど。妹も助からなかったが、別の世界に転生できるという訳か。偶然の要素があったとはいえ、俺の妹愛が役に立ったという訳か。兄冥利に尽きるな。
「ふむ。今までの話から、妹は生き返るのではなく異世界に転生するということかな」
「あなたは随分理解が早くて助かります。妹さんの方は泣いてばかりでそれはもう……」
システィーナと名乗った女神の顔は見えないが、何となくお疲れのようだ。それも仕方がないか。俺の妹はしっかりしているといってもまだ12歳。ん? あの事故からどのくらい経ったかわからないが、日が変わってるなら13歳か?
どちらにせよ、自分の死と兄の死を知らされたら泣いてばかりで、転生どうこうの話にはならないだろう。その場に俺がいてやれなかったのが悔やまれる。
「で、妹を転生させてくれるのはありがたいとして、なぜ女神様は俺のところに? 妹が助かることをわざわざ伝えに来てくれたのかな? 確かにそれだけでもありがたいし、心置きなくとまではいかないけど、少しは希望を持ったまま死ねるわけだが」
実際、このまま死ぬとしても妹が別の世界で生きていけるとわかったなら、少しは希望が……あるのか? よくよく考えたら、死ぬよりつらい選択になるかもしれないぞ?
情報が少なすぎて判断できない。どのくらい時間があるのかもわからないし、答えてくれるかもわからないが妹の第2の人生がかかっている、とりあえず確認してみるか。
「女神様。妹が転生する異世界とはどのような世界なのですか?」
「はい。その世界は『ケルヴィア』といい、科学や文化は『地球』よりもずいぶん遅れていますが、その世界には"魔法"や"スキル"が存在します」
きたー! 魔法やスキルって俺が憧れるファンタジーの世界じゃないか!
しかし、俺にとってはうらやましいが、明日香はそんなところで生きていけるのだろうか? 転生といえばステータスやスキルが優遇されるイメージがあるが、そのあたりはどうなのだろう?
「スキルや魔法があるということは、当然、レベルやステータスも存在するのですよね? 転生者には何か優遇があるのですか?」
「はい。もちろん、レベルやステータスも存在します。ステータスには優遇はありませんが、転生者には既存のスキルの中からお好きなスキルを1つ、LvがMAXの状態で付与される特典があります。
その他、種族や性別も選ぶことができますが、特に希望がなければ転生前の状態が選択されます」
ステータスの優遇はないのか……。スキルの特典も1つとはけちくさい。明日香は頭脳も運動能力も人並み以上だが、所詮まだ中学生レベル。転生直後に、魔物にでも襲われたらひとたまりもないのでは? と物騒な結末を思い浮かべる。ここはお兄ちゃんの力でなんとかしなければ。
「転生直後はどのような状態なのでしょう? いきなり魔王の真ん前に転生し、何もできないまま死んでしまうということもあるのでしょうか?」
「魔力の高いところには転生されませんので、いきなり魔王の前に転生などということはありませんが、低級の魔物の前に転生ということはあるかもしれません」
おいおい、それはないだろう。1度死んで転生するのにまたすぐ魔物に襲われて死ぬなんて、ただの拷問じゃないか。やはりここも妹愛あふれるお兄ちゃんの力で、何としても生き残る確率をあげてやらねばならないな。
「それは少々物騒ですね。転生してすぐ死んでしまっては、転生の意味がないのでは?」
「はい。確かに仰るとおりなのですが、こればかりは世界の法則なので変えることができません。ですので、スキルの恩恵という形で補っている訳です。
たった1つのスキルであっても、LvがMAXの状態であれば、上級の魔物ですらそうそう恐れるものではありません。よっぽど戦闘能力に欠けるスキルを選択しない限り、低級の魔物に倒されることはないかと思います」
なるほど、スキルとは思ったよりも影響力が強いらしい。今の話しぶりからもスキルのLvをMAXまで上げるのは相当大変なことで、その分、大きな力となるのだろうと予想される。
つまり明日香も選んだスキルによっては人並みに、いや、場合によっては英雄と呼ばれるような人生を送ることができるのではないだろうか?
問題は明日香がファンタジーの世界に全く興味がなかったことだ。俺が持っていた数々のライトノベルを散々バカにしていたからな。いきなりスキルと言われて、はたして有能なスキルを選ぶことができたのだろうか?
「それで、明日香が選んだスキルとは?」
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