第46話 感謝

「カズヤ、見えるか?」


「おう」


 ドナが、窓に映る人影を指差した。


 一人の老人が、スパウルブスの窓からこちらを見ている。


「何事だ!? おお、我が孫のシノブか」


 マイクに向かって、老人が怒鳴った。シノブの顔を見て、すぐに表情を和らげる。あれが、シノブの祖父か。どことなく、面影はあるが。


「おじいさま」


「それは、セミマルだな? 立派に作ったものだ」


 老博士からの問いかけに、窓越しにシノブはうなずいた。


 この要塞は、セミマルを改造したものだったとは。


「我々を、迎撃しに来たのか?」


 シノブは、答えない。


「ムリもない。両親の反対を振り切って、お前を捨てるように命じたのは私だ。殺されても仕方あるまい」


 たしかシノブは、その天才的な頭脳を恐れられて、スパウルブスから追い出されたんだっけ。


「だが! 命じたのは私だけ! よって罰せられるのも、私だけにしていただきたい! 他のクルーたちは関係ない。見逃してもらえないだろうか? 頼む」


 うなだれるように、老博士は頭を下げた。


「おじいさま。あなたは、なにか勘違いをしている」


「ん?」


「わたしは、あなたたちを救いに来た」


「なんだと!?」


 シノブは、老博士の後ろを指差す。



 そこには、山のような宇宙艦隊が。

 だが艦隊は、オレたちの要塞を見て一斉に引き返す。


「あれは、宇宙海賊! シノブ。お前はあれが来るとわかって、わざわざ我々の元へ?」


「それもある。魔王ドナ・ドゥークーやヴィル女の魔王を連れてくれば、勝ち目がないとわかって去ってくれる」


 オレたちを急かしたのは、それが目的だったのか。


「戦わなくていいのか?」


「構わんさ。我々の魔力量を計測しただけで、奴らは去っていった。おおかた、強引な交渉にでもしに来た小物共さ」


 ドロリィスからの質問に、ドナが笑って返した。


「でも、本当の目的は別にある」


「なんだ?」


「あなたに感謝を言いに来た」


 意外な回答に、老博士も戸惑いの色を隠せない。


「おじいさま、いや博士。あたしは、シノブは仲間を得た。おかげで、このような立派な要塞ダンジョンを完成させることができた。お礼を言いたい」


「いや。礼など不要。その科学力は、ヴィルヘルミナ女学園で培ってきた技術。それ以前に、お前は私の手を、とうに離れていたよ」


 シノブの力は、当時の科学では解明できかった。未だに、解読はできないだろう。


 理解できない力は、いずれ科学と魔法との軋轢を生む。


 だからこそ、祖父はシノブを捨てたのだろう。シノブを、よりよい環境へ導くために。


「言い訳に過ぎん」


「それでも、あたしは、あなたの孫です。ありがとう」


 老博士は、なんとも言えない顔になって、うなずいた。


「あたしはヴィル女で、大切なことを知った。居場所は、作るものだって」


 シルヴィアが、シノブの肩に手を置く。彼女は親に反発して、自分で屋台を引くという道を選んだ。


「両親に会っていくか? 今、下に見える惑星で作業中だ」


 老人が聞くと、シノブは首をふる。


「ここでいい。未練を断ち切れなくなるから。それに誰も、ここへ来た原理を理解できない」


「ああ。ワタシもだ」


 そんな会話だけで、二人は一緒にはいられないのだなと、オレは感じた。別に天才でなくても、わかる。


「では、さようなら」


「うむ。達者で」


 シノブと老博士は、短いあいさつをかわす。


 直後、オレたちは再び地球へ戻ってきた。


「いいのか?」


「とにかく、こちらに攻撃の意志はないと伝えたかっただけだから」


 ダンジョン完成と、祖父への報告を一瞬のうちにやってのけるとは。とんでもないな、シノブは。


「両親に会わなくて、本当によかったのか?」


「いい」


 シノブは、短く告げる。


「あたしの両親は、彼女を普通の女の子として育てようと思ったことさえあった。それは、あたしのことを思ってのことで」


 しかし、シノブの魔力を腐らせることが、果たして彼女のためになるのか。ずっと、老博士は思い悩んでいたのだ。


「あたしには、みんながいる。カズヤたちが。ヴィル女のみんなも」

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