第41話 勇者のからあげ

 おにぎり、うまい。語彙力が死ぬくらい、うまいぞ。


 オレの表情を見て、シルヴィアが悔しがる。


「カズヤさん。そんな顔、寮ではしたことないねぇ」


 シルヴィアはヤンニョムチキンという、甘辛ダレがついた韓国風からあげを口にしていた。


「なんで、こんなにうまいんじゃ。このシンプルイズベストな味が、どうやったら本格的じゃない店でできるんじゃって、いつも思うんじゃ」


 悔しそうな顔をしながら、シルヴィアはカップのコーラをがぶ飲みする。


「キンキンに冷えたコーラも、たまりませんわ」


「ほうなんよ、アンネローゼちゃん! この背徳の味よぉ! 揚げ物とコーラのダブルスコアで、もう女子共はメロメロじゃ。ああ、たまらん。健康とか栄養とか考えとらん、ジャンク・オブ・ジャンクの味よなっ! 女子は大好きじゃ、こういうの」


 一口サイズなのが、また憎たらしい。罪悪感を取り除いてくれる、この小ささが。


「やっぱり、最大のライバルは生徒会じゃ。今年は負けるかも知れん」


「そんなに有名なのか? 生徒会のからあげって」


「魔王の中で、【勇者のからあげ】を知らんやつはおらんけん」


 勇者のからあげとは、過去に魔王を討伐したユーニャさんの先祖が始めた事業である。


「昔の勇者は、様々な会社を起こしては大失敗を繰り返し、借金まみれじゃったらしい」


 旅先でパーティに振る舞っていたからあげを、屋台で売り出した。そこから人気に火がついて、今はあらゆる世界を超えて、各世界でフランチャイズ化している。


『今日、勇者する?』というキャッチコピーは、全異世界の口癖になっているそうな。白いタキシードを着たおじいさんの、フライドチキン店みたいだ。


「ユーニャは、フィーラちゃんに勇者の唐揚げチェーンの店舗をひとつ、引き継ぎたかったそうじゃ」


「結構、話がまとまっていたみたいな言い方だな?」


「ほうじゃ。それを、アーシらが止めたんじゃ。フィーラちゃんのためにならん、ってな」


 フィーラちゃんが自身でからあげ屋をやりたいなら、

誰も止めなかった。しかし、フィーラ自身にまだ迷いがあったと見て、「まだ一年だし、決断は早いのでは?」とユーニャさんに進言したという。


「そしたら、大激怒じゃ」


「だからお前とユーニャさんは、ギクシャクしていたんだな?」


「ほうじゃ。愛情があるのは、わかるんじゃ。けんど、あれは依存に近いけん。特別扱いし過ぎなのが問題やけん」


 フィーラばかりにかまけてくれるな、というわけか。


「ごちそうさまでした、ユーニャ先輩。奉仕のお心得、ありがとうございます」


「気に入っていただけたなら、それでいいわ。もっと食べる?」


「いいえ。その優しさは、みんなに分けて差し上げてください」


「あーん。もう帰っちゃうのぉ」


 どうもまだ、ユーニャさんは親離れできないらしい。


「ユーニャが自身の気持ちに気づくんは、まだ先みたいじゃ」

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