第23話 生徒会長は、勇者

 生徒会長ユーニャ・グプタフは、オレがこの女子生徒たちと同居していると誤解していた。


「冗談じゃなかろう。なしてそんなことせんといかん?」


「でも現に、こうして地球人の男性と一緒に食事をしているわ!」


「男とメシを囲んだら、いかんのか? あんた【ユニコーン】か?」


「あんなメンヘラモンスターと一緒にしないで!」


 ユニコーンというのは神話上の魔物で、「処女しか相手にしない」という伝説がある。その特性から、「推しに男性のニオイがしたら叩き始めるファン」の蔑称として用いられているのだ。


 異世界でも、同じような言い回しをするんだな。


「私はヴィル女の生徒会長として、学生の風紀を正す義務があります!」


 なおもユーニャさんは、オレに疑いの眼差しを向けてくる。


「なんだ騒々しい」


「ドナ・ドゥークー! あなたまで!」


「なんの話だ?」


 困惑するドナに、シルヴィアが事情を説明した。


「では安心だ。このカズヤ・ヤマモトは私の従業員に過ぎん」


「本当ですか?」


「私が彼の腕を見込んで、雇っている」


「あのドナ・ドゥークーが認めているのでしたら」


 ユーニャはおとなしくなる。


「メシの途中じゃから、あがりんさい」


 シルヴィアは、ユーニャを部屋へ招き入れた。


「カレーはいりますか?」


 フィーラが尋ねると、「済ませてきたので」と断る。


「ええんか? フィーラちゃんお手製じゃぞ」


「持ち帰りますっ」


 ユーニャさんは、カレーを容器に入れてもらう。


「改めまして。私はユーニャ・グプタフ。ヴィルヘルミナ女学院の生徒会長で、フィーラちゃんのルームメイトです」


 熱いお茶をすすった後、ユーニャさんは自己紹介をした。さっきまでの血の気の多さはなりをひそめ、落ち着いている。


「グプタフ? するとキミは……」


「はい。【勇者】の家系です」


「それで、民間人のフィーラを預かろうとしていたのか」


「そうです。フィーラちゃんの理解者は、私が適任だと自負しております」


 自信満々に、ユーニャさんは語った。


「勇者って?」


「魔王っちゅうんは、地球ではいわゆる【社長】じゃ。といっても、アウトローなんじゃ。ギリギリグレーゾーンのような」


 たしか、シルヴィアは自分の家族を【反社】だって言っていたな。


「対して、勇者は警察機関。つまり」


「【公務員】?」


「そのとおりじゃ」


 話の流れからして、そういうことだろうなと。


「おとぎ話などで、魔王討伐の話があるだろ?」


 ドロリィスが、会話に混ざってきた。


「あれは税金逃れなどをしている魔王を、査察したときのルポなんだ」


「ルポ!?」


 やけに俗っぽいな。女性週刊誌かよ。


「討伐の際は、ちゃんと礼状まで示すんだぞ?」


 それが回り回って、「勇者が魔王を討伐する話」として、伝記に残されているという。


「日本で有名な鬼退治の話も、実は鬼と呼ばれていた魔王の隠し財産を取り立てに言っていた話なんだと、学んだぞ」


 うわあ。世知辛いな、鬼よ。どっちが鬼なんだか。


「随分と過激な、強制捜査なんだな?」


「なんせ、反社だからな。悪徳社長には容赦しないさ。逆に、こちらが教会の不正を暴くこともあるが」


 ドロリィスが、そう教えてくれた。


 魔王側に協力する勇者もいて、そちらの代表がグプタフ家だ。彼ら魔王側の勇者は、教会を敵に回してる。


「教会は、それこそ官僚と呼ばれるエリートだ」


 神の名のもとに政治を司る機関を、異世界では【教会】と呼ぶらしい。


 ユーニャさんは、警察のキャリア組に属するそうだ。


「だから、校長がシスターの服装をしていたのか」


 ベイルさんは常時、修道服を着ていた。中身はボンテージだったが。


「フィーラは母国の教会出身なんだが、魔王としての素養があった。そのせいでイレギュラー扱いされ、国を追われてしまったんだ」


 フィーラの母国を糾弾したのが、ユーニャさんだったという。 


「その勇者が、この女子寮に用事とは。要件はなんだ?」


 ドナが、ユーニャさんに問いかける。


「フィーラちゃんを、連れ戻しに来ました」


 強い意志を持って、ユーニャさんは告げた。


「理由を聞いてもいいか?」


「私が一番、フィーラちゃんを理解しているからです」


 テーブルをバンと叩き、ユーニャさんは立ち上がる。


「私のそばにいれば、教会から彼女を守ることができます。なのにフィーラちゃんが魔王たちの手に渡ったら、教会に睨まれるかも」


 一応、フィーラのことを思っての行動らしい。


「だいたい、男性が大家をやっている寮で生活をするなんて!」


「カズヤの家は、別にある。私と一緒に住んでいるぞ」


「なんとハレンチな!? JKでは飽き足らず、あなたのような一流の魔王まで手籠めに」


「手籠めになどなっておらん。第一、部屋は別々だ」


 心外だとドナが伝えると、またユーニャさんは席につく。


「それでも、管理のためにちょくちょく寮へお邪魔するわけですよね?」


「管理・監督せねば、ならんからな。壁や階段の修繕依頼があれば、飛んでくる必要がある」


 ただ家の所有権を持っているだけでは、大家の仕事は務まらない。雨漏りや水漏れ、壁の剥がれなどもチェックする。


「あなたではなく、こちらのカズヤ様が行うと」


「うむ。彼に一任しているからな。私がいちいち手助けしていては、カズヤが成長せん」


「なら、ダメですっ。男性が出入りするような場所に住まわせるくらいなら、私がフィーラちゃんを守りますっ」


 言っていることはわかる。うら若き乙女が、オレみたいな出来損ないの男と親しいとなると、心配なのだろう。オレだって、娘がそんな状態だったら心配するかも。


「カズヤが女子高生に手を出すことなど、絶対にありえん」


「可能性があるだけでも、ダメだと思います。うちのフィーラちゃんが、地球人の毒牙にかかったら!」


 ドナの説得さえ、ユーニャさんは聞く耳を持たない。


「やっぱりユニコーンじゃ」


 シルヴィアが、呆れ果てる。


「あたしがフィーラから距離を取っているのは、あの人のせい」


 シノブが、オレにこそっと教えてくれた。


 たしかに、めんどくさそう。


「悪党ではないんだがな。過剰なまでに善人なんだ。お前たちの世界で言う、【正義マン】みたいな?」


「いやそれは、迷惑なだけの人って意味だぞ」


「そうか。とにかく、本人に悪気はないんだ。それがかえって、質が悪いんだがな」


 言えている。せっかくみんなで住もうと話が進んでいるのに。


「あの、ちょっといいか?」


「なんでしょう?」


 目つきこそ険しいが、ユーニャさんは一応オレの意見も聞いてくれるようだ。


「フィーラには、意見を聞いたのか?」


 オレが告げると、ユーニャさんは押し黙る。


「肝心のフィーラから話を聞かないで、オレたちが一方的に住む住まないを決めるのは、おかしいと思うんだ」


「フィーラちゃんは、わたしと一緒に住みたいに決まっているわ」


「それはあなたの感想だよな?」


 まさかオレが、論破系配信者の定番セリフを言うことになろうとは。



「くっ……」


 ユーニャさんが、オレから視線をそらす。


「じゃあ、フィーラ。お前の意見を聞かせてくれ。いつもどおりユーニャさんと一緒に住むか、手に入れた寮に住むか」


 オレが尋ねると、フィーラは深呼吸をした後で立ち上がる。


「わたしは、ユーニャさんには大変お世話になりました。今でも助けられています」


「でしたら」


「でも! このままじゃダメだってわかっています。ユーニャさんは、今年で卒業してしまう。そんなとき、わたしが成長していないままだったら、きっとユーニャさんも後悔してしまうでしょう」


 フィーラは、ユーニャさんの方へ向く。


「ユーニャ先輩のためにも、わたしは自立しようかと考えているのです」


「自立なんて、ダンジョンを購入してからでも遅くはないでしょ?」


「それでは遅すぎです。あなたが在学中の間に、独り立ちしたいです」


 話は、平行線のままだ。


「ならばやるか、図面武闘会を」 


 図面武闘会だって?


「この寮を賭けて、フィーラとユーニャが戦うんだ。我々が負けたら、寮を失う」

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