第24話 図面武闘会

「図面武闘会って?」


「ダンジョンの所有権を巡って、生徒同士がバトルをするんだ」


 ドロリィスが、教えてくれた。


 戦闘形式は、どちらかが指定してもいい。大食い対決だろうが、編み物勝負だろうが。もちろん、拳で語り合うのもいい。だが、ヴィルヘルミナは女子校だ。たいてい、殴り合い以外の形式が好まれる。とはいえ、お互いがフェアな勝負になるようにセッティングされるのがルールだ。


「それで、図面武闘会と」


「勝ったほうが、ダンジョンの購入権を獲得できる」


 昔はケンカ一辺倒だったが、「ただ戦うだけでは、ヴィル女として美しくない」と、ルールが改変されたらしい。


 魔王城の所有権を賭けた図面武闘会は、卒業前の風物詩となっているのだとか。


「ユーニャ、キミはフィーラと戦う意志はあるか?」


「……ありません」


 あっさりと、ユーニャさんはあきらめた。あれだけフィーラを手放したくないと言っていたのに。


「どうしてだ? ユーニャさん側は、失うものがないじゃないか」


「だとしても、デメリットが多すぎるからな」


 たとえユーニャ勝ったとしても、フィーラは満足しないだろう。フィーラはあくまでも、ユーニャからの自立を望んでいるからだ。


「寮からムリヤリ連れ戻したら、フィーラの気持ちが自分から離れていくのは目に見えている。ユーニャも、それに気がついたってわけさ」


 えらい複雑だなあ。


「フィーラちゃん、あなたの好きなようになさい。ですが、あなたへの愛情が薄れていくわけじゃないわ。たまには我が寮にも顔を出しなさい」


 ユーニャさんは引き下がる。ちゃんと、フィーラ特製のカレーを持ち帰るのも忘れない。


「カズヤさんといいましたか? いいかしら?」


「おお」


「フィーラちゃんに手を出したら、わかるわね?」


「もちろんだ」


「なら、結構よ」


 JKに手を出すほど、飢えてねえ。


「シルヴィアさん」


「ん、なんじゃ?」


「あなた、本当に変わりましたわ。昔は不良で、手がつけられなかったのに」


 ユーニャさんは、寮を後にした。


「なんだか、かわいそうですね」


「ええんじゃ。フォーラちゃんの独立を考えたら、痛みには慣れとかんと」


 フィーラに対し、シルヴィアは毅然とした態度を取る。


「シルヴィアが、不良だったって話は本当なのか?」


「ただの反抗期じゃ。自分が成長できんのは、環境のせいじゃって思い込んどった」


 シルヴィアが、バツの悪そうな口調で語る。まるで黒歴史を語るように。


「ブヒートくんを転がして、世界中を走り回っとった。それだけが生きがいじゃった。遠くへ行きたいなと。道を塞ぐもんは、たとえ勇者じゃろうが同業じゃろうが蹴散らした」


 だが、中学の修学旅行で地球の屋台と出会う。


「元殺人犯がやっとる屋台じゃった。人殺しでも、こんな味が出せるんかと」


 それで、シルヴィアは改心したらしい。


「自分が、情けのうなったわ。わがまま言うてただけじゃった。じゃから、カタギになろうとしてるんじゃ」


 シルヴィアは魔王業のかたわら、一般人として生きる道を模索した。


「だが、両親は納得せんのよ。なんたって一人娘じゃ。そうそう抜けることはできん」


 いっそ親の縁を切ろうと、シルヴィアは考えているらしい。


「いいのか?」


「親がバックにおったら、客が寄り付かんくなる。アーシは、親の看板なんて背負わずに、自分の力で成功したいんじゃ」


 魔王の娘ではなく、ひとりの屋台引きとして、シルヴィアは生きていきたいという。


「まあ、さみしいかな。お前が一番、ケンカ慣れしているから」


「昔の話じゃ。今は、ドラちゃんが一番フィジカルでは強いじゃろ。全魔王候補の中でも」


「それでも、シルヴィアには及ばないだろうな」


「ないない。もうそんな時代じゃないんじゃ」


 シルヴィアが、手をパンパンと叩く。


「アーシは、屋台を引いてくるけん。ドラちゃん。あんたも、魔王の城の見学があるんじゃろ?」


「たしかにな。カズヤ、魔王ドナ。ついてきてくれるか?」


 目星をつけている物件が、地球にあるらしい。


 車を走らせ、県を二つ超えた。太平洋側にある県の山奥にたどり着く。ちなみに、シルヴィアガ手に入れた廃校は、日本海側にある。


 ドロリィスがオレたちを連れてきた場所は、使われなくなった灯台だ。


「これを塔にリフォームして、モンスターを配置する」


 彼女が好きな、「格闘家を各階に配置した塔を攻略する拳法家」映画に、ちょうどいい。


 すぐに、決まりそうな雰囲気だったのだが……。


「大丈夫なのか? ここは、【魔界化調整区域】ではないか」


 ドナが、難色を示す。


「なんだドナ? その、なんたら地域って?」


「カズヤは、『市街化調整区域』の説明は受けているな」


「ああ」


 市街化調整区域とは、ムダな開発をさせないために地域の建築物を制限する区域のことだ。

 乱開発が進むと、水質汚濁、大気汚染、廃棄物の増大などの問題を生む。

 市街化調整区域では、農林水産ならいくらでも拡大が可能だ。しかし住宅や商業施設の建築は、区域を管理する者の許可が必要になる。


「魔界化調整区域も同じだ。魔界にする際に、制限が設けられる」


 あまりに魔界化が進むと、治安が悪くなってスラム化してしまう。魔界化調整区域は、その危険を防止するため、制限を定めているエリアだ。教会などの官僚や、勇者などの公安・警察機関が管理している。


「ワタシはいっそ、冒険者や勇者たちの訓練場として、このダンジョンを開発しようとして言るのだ」


 開発を制限される魔界化調整区域は、魔王候補にとって人気がない。そこを突いて、逆に格安で開発しようとしたのだ。


 建築費が予算内に収まる理由は、これか。


「なるほど。公共施設として利用してもらおうと」


「ワタシは、武人の出だからな。勇者や冒険者とも顔が効く。王族の騎士なども、ワタシの親が運営する道場で鍛えたりするんだぞ」


 そのツテを使って、訓練場を建設するのはどうかと、ドロリィスは考えたのだ。


「では、その手続を……」



「ちょっと待った!」



 紫の特攻服を着た一団が、ゾロゾロと集まってきた。

 中央にいるのは、ドロリィスに負けず劣らずの爆乳持ちである。金髪をポニーテールにまとめ、腰には日本刀をはいている。


「あれは、マイシュベルガー家の者か」


「いかにも! お初にお目にかかる、魔王ドナ・ドゥークー。アタイはツィナー・マイシュベルガー。あなたとは別の不動産会社と契約しているものだが、ドロリィスと同じヴィル女の三年だ。よろしく」


 刀を外して地面に置き、ツィナーという女性がドナにあいさつをした。


 同時に、取り巻きも「よろしくぅ!」と声を揃える。


「ドロリィス・テスタロザ。ここは、アタイも目をつけていた!」


「初耳だ。ツィナー、お前は別の魔界化調整区域を、選んでいたはずだろう?」


 かつてテーマパークだった場所を買い取って、カジノにするらしい。


「気が変わったのさ。アンタからぶんどったほうが、心が満たされる」


「見下げた女だな、ツィナー。人から奪うことを喜びとするか」


「だって、こうでもしないとアンタはアタイを相手にしてくれないじゃん」


 急にツィナーが頬を膨らませ、素の声になった。さっきまですごく男勝りだったのに。


「ワタシに相手をしてほしくて、悪役を気取るか? そんなにワタシと雌雄をつけたいのか?」


「当たり前だろう! 同じ武門の出。同じほどの地位。ならば、どちらが強いかで一番を決めようじゃないか」


「お前がトップでいいよ。ワタシは一番には興味がない」


「アタイが許さないのさ! アンタこそなんだい? この間までトップに人一倍こだわっていたじゃないかっ」


「ワタシも気が変わったのだ。最強にこだわっても無意味だとな」


 シルヴィアとのやり取りが、彼女を変えたのだろうか。


「日和ったかい、ドロリィス・テスタロザ。だが、アンタは逃さない。勝負しな!」


 ツィナーが、拳を固める。


「図面武闘会か?」


「ああ。ギャンブルや代理戦争などの運ゲーではない。アンタとアタイ、どっちが強いかガチの殴り合いだ!」



 ドナが立会人となり、図面武闘会の日程が決まった。

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