第四章 フリーター、JKのケンカを仲裁する ~図面武闘会 激闘編~

第22話 女子寮改装

 三日前のことである。


 ヴィルヘルミナ女子校、通称【ヴィル女】の問題児ばかりを住まわせる寮が、ようやく見つかった。


 父の友人である実業家の霧谷キリタニさんが、かつて住んでいた館を売ってくれたのだ。その名も「霧谷館」という。


 今は、改装中である。


 大浴場の水を流しっぱなしにして、サビを落とす。何度もやっているが、念には念を入れる。


「アンは、あれからどうなった?」


「おかげさまで、独り立ちできそうですわ。カズヤさんのおかげです」


 アンネローゼは、縁談に悩まされることもなくなったらしい。


「オレは手助けしていない。アンが自分で頑張ったからだろ?」


「それでも、そばにいてくださって、心強かったですわ」


 咳払いをして、その場を後にする。


「シノブ、大丈夫か?」


 Tシャツにボクサーブリーフという超ラフスタイルで、シノブは革製のチェアにしゃがんでいた。電話帳より分厚い学術書の、ページを捲っている。


 あれ以来、シノブはずっと書斎にこもっていた。寝るとき以外は、書斎で古い海外SFか、宇宙船の資料を読みふけっている。


「ところで、ロボってどうしているんだ?」


「【セミマル】のこと?」


 知らなかった。ずっとロボって言っていたから、名前があるとは。


「収納魔法で、格納している。有事の際に、空から降ってくる」


 戦闘時には、上空から降下してシノブとドッキングするという。


「あれは、館の掃除には使えない。家を燃やしてしまう」


「今は、何をしているんだ?」


「スパウルヴスに関する資料を、読み漁っている。カズヤには迷惑をかけない」


 分厚い学術書を棚に直して、シノブは隣にある更に太い雑誌に目を通した。


「いや。いいんだけどさ」


 サボっているように見えて、ちゃんとシノブはノートPCのキーを叩いている。廊下のお掃除ロボを操作して、床や天井を拭いているのだ。


「今度、魔王ドナに相談してみたいことがある」


 雑誌から、シノブは目を話す。オレを見る目は、どこかブラックホールに似ている。


「なんだ?」


「宇宙にダンジョン型要塞を作った人って、いるのかなーって」


 シノブの視界は、宇宙に向いていた。スケールの大きい話である。


「気になるか?」


「宇宙にあったら面白いと思った。けど、地球人に利用してもらうなら、宇宙に拘る必要はない。とはいえ、宇宙に出られるタイプがあったら、面白い」


 強い魔力を疎まれ、シノブは要塞を追放された。それでも、宇宙に対する憧れはステきれないらしい。


「要塞の人たちを、恨んでいないのか?」


 シノブは、首を振った。


「あたしが彼らの立場なら、同じことをした」


「お前も、自分の力を怖がっていると?」


 また、シノブは首をブンブンとする。


「要塞の人たちでは、魔力なんてオカルト的なパワーを抑えきれない。制御できるかわからないものは、リスキー。研究対象としては、おそらく最適。だけど、宇宙なんて不安定な空間で、検証すべきではない」


 自分たちも死んでしまうリスクは、負えないと。


「だから、自分の身は自分で守る。彼らに頼ったりはできない」


 最初は触るもの皆、傷つけるような刺々しさがあった。けど、今のシノブからはその針が消えている。色々、考えているんだろうなあ。


 続いて、ドロリィスの元へ。彼女は外で、木を根っこごと移動させている。


「ドロリィスは、魔王活動に不安や不満はないか?」


 誰もついてきてくれないと、話していたが。


「めぼしい物件は、見つけている。仕事で蓄えはあるから、手に入れたいとは思っている。が、何をすればいいのやら」


 一応魔王として活動はしているが、状況は芳しくないらしい。


「仕事って?」


「モデルだ」


「ほええ」


 ドロリィスが、モデルさんとは。


「女性向けの男装雑誌で、男役をしている」


「まあ、おかしい話じゃないな。アンタは同性の方にモテそうだ」


「ありがとう。世辞でも感謝する」


「お世辞じゃないって。でも、アンタは美人だから、男性向けでもいけるんじゃないか?」


「バッ、バカを言うなっ。ワタシが殿方となんて」


 えらくウブな反応が、返ってきた。

 オレは、シルヴィアのいる場所に向かう。

 シルヴィアは、二階で腰に手を当てていた。隣では、ドナが腕を組んでいる。


「懸念材料は、部屋の割り振りかのう? 部屋が二階に、三つしかないんじゃ」


 ゲストルームは、二階にすべて集中している。一階はリビングと浴室とキッチン、書斎と介護室だ。館というが、民宿みたいな構造だな。


「介護ルームだったところは、部屋としてはありえんけん。あそこに転移門を置こうかのうと考えておる」


 シルヴィアの提案に、全員が賛成した。人が死んだ場所で、寝たくはないみたい。


 ドナが介護室に入り、簡単な術式を床に書き記す。これで転移門は完成したそうだ。


「私たちのアパートに直通しているから、いつでも行き帰りができるぞ」


 それは便利だ。

 介護関連の品物はすべて外へ放り出し、業者に売りさばく。


「ここは片付いたが、あとは誰がどの部屋を使うか」


 部屋自体は、かなり大きい。ベッドが、二つ置けるくらいである。勉強机や化粧台を置いても、まだお釣りが来るくらいだ。

 シルヴィアは、間仕切りするか、二つに割るかで相談があるという。


「学年ごとに、お部屋を振り分けていただければ」


「ええのう。でも、それだとアンちゃんがひとりぼっちになってしまわん?」


「わたくしはしょっちゅう、自分のダンジョンに篭っていますので。いざとなったら、壁をぶち破って三人部屋にしてもらいます」


「それじゃあ、どっちの学年側の壁をぶち破るん?」


 話した後で、アンが「あっ」と口に手を当てた。


「お昼ができましたー」


 調理を終えたフィーラが、手を拭きながら二階に上がってきた。洗い場にある食洗機は、オレが買ってやったものである。


「この際全部の壁を壊して、五人部屋にしてみては?」


 シルヴィアから事情を聞いたフィーラは、そう提案をする。


「いいな。そのためのシェアハウスだからな」


「賛成じゃ。勉強スペースだけ間仕切りすれば、ケンカもせんじゃろう」 


 住人たちは、みんなOKを出す。


「待って。あたしは書斎がいい。本に囲まれて寝たい」


 書斎で話を聞いたシノブが、反論ををする。


「あそこにベッドは置けません」


「あああ。リクライニングチェアで寝るからぁ」


「体を痛めますっ。今日だってほら」


 懇願するシノブを、フィーラが無理やり立たせた。


「んぐあ!?」


 シノブは腰から下が、動かなくなる。


「ほらあ、チェアにしゃがんで本を読んでいるから、腰が固くなってるじゃないですかっ。ちゃんとベッドで寝ましょう」


「ベッドで寝ると熟睡しちゃうから」


「熟睡してくださいっ。科学者といえど、成功者は睡眠時間を確保していますよっ」


 腰を持ち上げて、フィーラはシノブを直立させた。


「さあ、ゴハンですよ」


「うう」


 シノブはふらつきながらも、自分の足でキッチンまで歩いていく。


「ところで、シルヴィア。いいのか? 自分の城ができたんだから、ここに住まなくても」


 フィーラ特製カレーを食いながら、オレはシルヴィアに尋ねた。


 道の駅と森林型ダンジョンを、シルヴィアは手に入れている。寮に住む必要はない。


「ドラちゃんが心配じゃから、お世話になるけん」


「だから、ドラちゃんっていうな!」

 


 部屋の割り振りが終わり、ひとまず寮が完成した。



 玄関のチャイムが鳴る。


「はい。大家の山本ヤマモトです」


 オレが、廊下で応対した。


「もし。こちらに、フィーラさんはいるかしら?」


 ヴィル女の制服を着た黒髪ストレートの少女が、オレを見て顔をしかめる。


「おう。ユーニャちゃんじゃ。どないしたんじゃ?」


 気さくに、シルヴィアがユーニャという少女に話しかける。


「シルヴィア、この人はどちらさま?」


「ヴィル女の生徒会長じゃ」


 ユーニャ・グプタフという名前らしい。


「シルヴィアさん、こちらの方は?」


 ユーニャ会長が、シルヴィアに問いかける。


「ウチの大家さんじゃ」


「冗談じゃないわ! 男性と一緒に住むなんて」


 盛大な勘違いを、なさってらっしゃるなぁ。

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