第21話 女子寮、決定
オレは、霧谷さんからパンフレットと宇宙開発局の雑誌を見せてもらった。
スパウルブスとは、シノブが乗っていた要塞だ。
「ボクも詳しいことは、わかんないんだけどさ。異星探査要塞『スパウルブス』っていう、ヤバい宇宙船の開発に関わらないかっていわれたんだよ」
霧谷さんとシノブには、意外な接点があった。
「随分と古い記事ですね」
「たしか、最初の大阪万博があったときくらい? その頃から、色々出資を募っていたみたいだよ? 今で言うところの、クラファンってやつ」
起業家が宇宙旅行をするずっと以前から、このような取り組みがあったとは。
「うさん臭いよね。でも父は、少額だけ出資していたみたい。当時、宇宙は憧れの空間だったのもあるけど」
「あるけど、なんです?」
「出資することで、税金を免除されていたらしい。国家が極秘に進めていた、プロジェクトだったらしくて」
国が関わっていたのか。
船は一〇数年前に完成し、他に星がないか探索に向かったという。
「父が元気だったら、今頃その宇宙船の中だったんじゃないかなぁ」
「うらやましいですか?」
オレが聞くと、霧谷さんは首を振った。
「ないねー。ボクだったら、自分でロケットを開発するかな。国が主催する宇宙探索なんて、窮屈なだけじゃん」
相変わらず、霧谷さんは夢のスケールが大きい。
「シノブ、大丈夫か?」
オレは、シノブに問いかけた。
「問題ない」と、シノブは返してくる。
「カズヤくん、どうしたんだい?」
「いえ」
スパウルブスの元乗組員がここにいるなんて、話さないほうがいいだろう。霧谷さんはいい人だが、シノブの件は言いふらすべきではない。
「えっと。この娘が、家を買い取ったら、家具や書籍類なども譲ってもらえるのかって」
シノブの肩を持って、オレの方に寄せる。
「もちろんっ。全部キミたちのものにしていいよ。ボクには価値のないものばかりだし」
「書籍も?」
「子どもの頃に、全部読破しちゃったよ。だから、好きに使って」
霧谷さんから許可をもらえたので、シノブの要求はひとまずクリアした。
シノブも、ペコリと頭を下げる。
「本当に、オレが買い取っていいんですか? 霧谷さんが所有者のままなら、家賃収入だってあなたのものに」
「それだと管理のために、いちいち日本に戻ってこなきゃいけないじゃん」
提案すると、霧谷さんは露骨に嫌な顔をした。
土地相続は近年問題視されている。「維持費を払えない」と、親から受け継いだ財産を手放す人は増えてきた。
「ただでさえ事業のために、クソ税金の高い日本を離れたってのにさ。大家さんって、建物の管理も必要だろ? めんどくさいよ」
日本人ながら、霧谷さんは日本に愛着がない。日本でビジネスをしようとしたら、大企業に阻まれたからだ。また、ネットでのリモート可能な事業をしているため、一つの拠点なんて必要ない。
「日本は近年、海外投資家からも注目され始めています。わずかながら、景気の方は上向いている気がしますが?」
「たしかにね。国はそうかも知れないが、人ってそうそう変わらないよ?」
霧谷さんは、そう断言する。
「ボクの若い頃が、そうだったもん。勝ち組とか負け組とか、毎回くっだらないことばかり話すんだ。今も変わらずに」
当時霧谷さんは、会社が倒産して路頭に迷っていた。周りは、『遊び呆けていたからだ』と決めつけたという。
「その視線が嫌だったから、世界を見て回ることにしたんだ」
日本人のねちっこい気質が、霧谷さんはそもそも嫌いだと離す。
「やっぱり人間は、ゴミ……」
シノブは霧谷さんの言葉に、ずっと耳を傾けていた。一言一句、聞き逃さないようにしている。物騒な言葉まで、口をついて出ていた。要塞の中で、同じような人間たちに囲まれていたんだろうな。
「気分を変えようか。お腹がすいちゃった。ゴハンを予約しているから、行こうか」
昼食は、霧谷さんが予約したレストランでごちそうになった。落ち着いた雰囲気の個室で、これなら事務作業もはかどるだろう。
「では遺産は全額、お父上の医療従事者に寄付したんですね?」
「うん。前金でドーンって」
一番お世話になった相手は、医療従事者だからと。もう身内感も納得の上の判断だった。
「ボクが海外でヘーコラしている間に、父の面倒を腐らずに看てくれていたんだ。当然のことをしただけさ」
家族間で不毛な闘いをするより、そのほうが絶対にいい。だからといって、実現させられる人なんてどれだけいるのだろう? いくらお金に困っていないとはいえ、思い切りがよすぎだろ。
「じゃあ、手続きが済んだらボクは海外へ帰るね。娘一家と一緒に、海に行く約束しているんだ」
霧谷さんは、海外に「帰る」と表現する。ガチで、日本に思い入れがないんだな。
もう孫までいると言われて、オレはちょっとプレッシャーを感じる。
「日本に呼ばなかったんですね? ご家族を」
「うん。温泉も和室も、向こうで作ったし。今の時期だと、日本はどこも人でいっぱいじゃん。ガマンしながら温泉なんて、入りたくないんだよね」
簡単な事務手続きを済ませた後、霧谷さんはとっととタクシーを呼んだ。
「キミにだけ教えてあげるよ」
なぜか、霧谷さんはオレだけを呼んだ。
「実はね、海に行くのは泳ぎに行くためじゃないんだよ」
「というと?」
「ボクはね、冒険者になったんだ」
まるで子どもみたいな顔をして、霧谷さんは語りだす。
「世界にはね、秘密裏に冒険者といって、異世界のアイテムを採掘する場所があるんだ」
霧谷さんは、海外にある海底神殿へ向かうそうだ。そこには、誰も見たことがないお宝が眠っているという。そのために、体も鍛えているらしい。どおりで、引き締まっているはずだ。
「安定なんて、クソくらえさ。家族には生きていてほしいけど、ボクは死んだように生きるのはゴメンだね。年をとっても、リスクは取っていきたいね」
タクシーが到着すると、霧谷さんはとっとと帰ってしまった。相変わらず、風みたいな人だな。
「逃げるように、去っていったな」
「大半の日本人は、『全員が足並みを揃えることこそ民主主義』だと思っているからな。日本の民主主義に絶望すれば、ああもなろう」
霧谷さんの背中を見送りながら、ドナがため息をつく。
「で、どうだ? 住みますか、住みませんか?」
みんなに、意見を募る。買ったはいいが、住むとは決まっていない。
答えを聞くまでもなく、みんなは掃除を始めていた。
ドロリィスが風魔法でホコリを払い、シルヴィアが水魔法で雑巾がけを行う。フィーラは壁のツタをむしって、天井の穴を修繕し始めた。シノブは外の草をドローンで刈り取り、アンはみんなの分の出前を取ってからシーツ類の洗濯へ。
「気に入ったみたいだな」
ドナが、ヴィル女メンバーの働きぶりに感心する。
「みなさんが自主的に働いているところを見て、安心しました。ではドナさん、よろしくお願いします」
子どもがやる気を出している現場に、大人が介入すべきではない。そう判断したベイルさんは、この場を後にする。
数時間もしないうちに、館のゴミはスッキリ片付いてしまった。売り物にならないものは寄付する。家具類は、そのまま使わせてもらうことに。
こうして、霧谷館がヴィル女の新しい寮となった。
ドナとシルヴィアとの商談も成立……したかに思われた。
だが、もっと悪魔がいたのである。
「シルヴィアさん。みなさん。フィーラさんは私の寮でお世話をします! 誰にも渡さないわ!」
悪魔は、オレたちにそう告げる。
オレたちに牙を剥いた悪魔は、ヴィル女の生徒会長だった。
(第三章 完)
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