第19話 エリートの事情

 アンネローゼは、フードも取っ払う。見知った制服が、フードの下から見えた。


「カズヤさんのアドバイスがあったからこそ、ここまでやることができました」


 召喚士の正体は、アンネローゼである。

 それがわかったと同時に、ドナが召喚士の様子を見に来た。


「おお、アン。冒険者に、勝ったようだな?」


「はい。カズヤさんのアドバイスのおかげですっ」


 ドナからの激励に、アンもはしゃぐ。


「ちょっと待ってくれ。なんで驚かないんだ?」


「お前の方こそ、どうして召喚士がアンネローゼだと気が付かなかったんだ?」


「気が付かねえだろ、普通はよお!」


「漂う魔力のかぐわしさや清潔感などで、私なら一発でわかったぞ」


「さいですか!」


 オレは人間なの! あんたら魔族とは、作りが違うってんだよ!


「じゃあ、あんたは最初から気づいていたってのか?」


「初対面のときから、彼女がアンネローゼだというのはわかっていた。しかし事情があるから身を隠していたのだろうと、黙っていたのだ」


 まあ、お貴族様がお忍びで部屋を借りるなんて、よっぽどだよなあ。


「その事情ってのは?」


「実はわたくし、花嫁修業中の身なのです……」


 聞くと、アンネローゼは戦士としての修行を一切やらせてもらえなかったらしい。


「わたくしが幼少の頃に、弟が生まれまして。家業のすべては、弟が継ぐことになりました。わたくしは、どこか大きな魔族の元へ嫁ぎなさいと、人生が決定していたのです」


「で、あんたは納得しなかったと」


「はい。冗談じゃありません。だって魔族のお嫁さんになんてなったら、地球のゴハンが食べられないではありませんか」


 地球のメシがうますぎて、自分で作るのがアホらしくなるほどだという。


「お食事なんて、デリバリーで結構じゃないですか。地球にはおいしい料理が大量にあるのです。それを召しあがればよろしいのに、どうして殿方のために作らねばならないのでしょう?」


「ああ、なんか読めてきた。あんたがシルヴィアのところでバイトしたくない理由が」


「はい。作ったり接客するくらいなら、自分で食べちゃいたいんです。料理は食べるためにあるのですから」


 異世界にSNSがあったら、大炎上ものだよな。


「ですから、魔王として独り立ちできれば、地球滞在も許してもらえるはずだと」


「なるほどなあ」


「弟はわたくしが魔王にならないように、懸命にがんばっています。ですが、わたくしにはそれが辛くて」


 なんとか自力で、魔王としての実力を手に入れようとしていたらしい。


「ですが、見込みは甘く。わたくしの知らない間に、周りはどんどんと強くなっていました」


 ファイーファンは閉鎖的な国で、外部情報などたいして飛び込んでこない。


「そのため、わたくしは魔王候補の女子生徒たちに遅れを取りました」


 語りながら、アンはシュンとなった。


「わたくしは、一族に認められなければなりません。弟だけに負担をかけたくはありません」


「それは、問題ございません。アンネローゼ様」


 ダンジョンの外から、声がする。今のは、リューイチさんの声じゃないか。


「え!?」


 アンとともに、ダンジョンを出る。


 リューイチさんとアヤナさんが、ヒザをついてアンにひざまずいていた。


「我々は、魔王ファイーファンより雇われしもの。アンネローゼ様の成長を見守るよう、監視していたのです」


 ファイ―ファンはアンの戦いぶりを調査し、見込みがないなら国に連れて帰ろうとしていたらしい。

 魔王が、人間の冒険者を雇うとは。


「今まで騙していて、申し訳ありません」


 冒険者夫婦が語ると、アンはため息をついた。


「そうですか。わたくしは、手を抜かれていたのですね?」


「とんでもございません!」


 冒険者たちは、首を振る。


「アンネローゼ様は、見事な戦いぶりでした。こちらも徐々に押されつつあり、いずれは敗北するだろうと」


「今のアンネローゼ様は、どこで魔王をなさっても恥ずかしくないと」


 ファイーファン王国は、アンを認めてくれたようだ。


「そうですか。では、今後はファイーファンからの刺客ではなく、普通の冒険者としてまた戦ってくださいますか?」


「……よろしいのですか?」


「もちろん。言葉も崩しなされませ」


「……あんたがそこまで言うなら、喜んで戦わせもらうぜ」


 冒険者夫妻は、立ち上がった。


「いい金になるが、見張りがいるんで窮屈だったんだ。これからは、マジでいくからな」


「受けて立ちましょう」


 アンは、自信で満ち溢れている。

 もう、問題はないだろう。




 そう思っていたんだけどなあ……。



 事件は、戦闘訓練の終了後に起きた。

 アンが足の痛みを訴えるので、オレは保健室まで付き添う。


「ここのところ、本気で戦闘をしているせいか、身体がついていかず」


「ムリすんなよ。あんたは元々、戦闘向けの作りをしていないようだし」


 フィーラやドロリィスのような引き締まった体格からは、アンは程遠い。


「あれから、王国ではどうなんだ?」


「両親とも、わたくしを花嫁として送り出すのはあきらめたようですわ」


 だろうな。アンは意識が高く、その割に生活力が低い。ダンナをたてるより、自分が前に出るタイプである。周りに合わせはするが、なにかあれば真っ先に自分から発言する。


「そこまで分析なさっているとは」


「ドナのそばにいるからかな? 人を観察するのが得意になってきた」


 人間のオレから見ても、魔王向きな性格に思えた。

 良妻賢母な見た目なのに、中身は「バリキャリ」である。他人をサポートする女房役ではあるが、それは表向きの顔だったのだろう。本人が前に出たほうが、本領を発揮する。相手の弱点を知るのもうまい。


「よし。これでいいだろ……?」


 足に包帯を巻いていると、アンがオレの肩を引き寄せてきた。


「もしもし、アン?」


「わたくし、本当に結婚なんてする気はなかったのですが」


 うっとりした眼差しで、アンが見つめてくる。


「もう、結婚してもいいかなと」


 なにを思ったか、アンがオレをベッドに押し倒す。


「ダメだ、アン!」


「なにがダメですの? 我々は、あなたより歳上ですのよ? それこそ百年単位で」


 いくらオレよりずっと長い年月を生きていると言っても、相手はJKだ。


「カズヤさん、今こそ既成事実を」


「待て待てアウトアウトッ!」


 アンが、ブルーの瞳を閉じた。


 いかんっ。このままでは、大家と顧客としての枠を超えてしまう。


 しかし、相手は腐っても魔王。ただの人間に振り払えるわけもなく。 


「なにをしとるんじゃ、アンちゃん?」


 シルヴィアが、保健室のドアを開けた。


「ほらほら、やめんしゃい。ここはラブホじゃないけん」


 オレの胸の上から、シルヴィアがアンをどかす。


「ごめんなさい、シルヴィア先輩っ」


 空を飛ぶほどの勢いで、アンはオレから飛び退いた。


「よくわかったな?」

「中古スマホじゃ。廃棄処分前の古ーいスマホを譲ってもらって、あちこちに配置しとるんじゃ」


 監視カメラの代わりに、Wi-Fiで繋げているという。


「【さすてなぶる】いうてな。『そういう要素もダンジョンに取り入れなさいよー』って、学校からも言われてるんよ」


 フロアのあちこちに、スマホを設置しているそうだ。


「じゃけん、変なことせんとって」


「はい。申し訳ありません」


「思春期じゃし、暴走するのはええ。じゃが、アーシの店では勘弁して」


 ここじゃなくても、勘弁だろっ!?


「ほうじゃ。カズヤさん。ドナっちが呼んどるぞ」


『ドナっち』て……。どこまで仲よくなったんだ?


「あんたに手紙が来とるけん」


「わかった」


 ドナは、食堂にいた。


「手紙があるって?」


「カズヤ宛だ。開けないでおいた」


「どうも」


 オレはドナから手紙を受け取って、封を切る。



「おお。これは」


「どうした?」


「女子寮、いけるかもしれん」


「本当か?」


「ああ。シェアハウスでよければ」

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