第11話 好戦的な地球人 シノブ
「カズヤ、私の後ろに隠れていろよ」
ドナがオレの前に立ち、魔術障壁を張る。
黒髪ロングの少女が、ロボに乗ってフィーラに殴りかかった。ちっとも悪びれる様子もなく。はつらつとしたフィーラとは対象的に、シノブの目は曇っていた。この世のすべてがつまらなそうな、退屈を持て余している様子がうかがえる。
魔法障壁を両腕だけに展開しながら、フィーラはロボの攻撃を受け流した。彼女は、格闘家タイプなのだろう。
フィーラを叩き潰そうと、ロボが拳を上から下へ振り下ろした。
さしものフィーラも、後ろへ飛び退く。
フィーラのスカートは、動きやすいように少し短めになっていた。爆風ではためいたからわかったが、裾からわずかにスパッツが覗いている。
対してシノブの方は、ヒザまでスカートで隠していた。自分で動くことが少ないせいだろう。黒のストッキングで、足全体を覆っている。なんといっても、目に焼き付くのは白衣だ。制服に白衣とかいかにも安直な萌え要素だが、病的な眼力に白衣はよく映えている。
「もう、シノブちゃん、こういうのやめてください」
フィーラが、格闘技の構えを取った。その様は、健康的なセクシーさを持つスポーツマンを思わせる。
「いつ何時、誰の挑戦でも受ける。それが魔王というもの」
一方シノブは典型的な寸胴で、線も細い。八重歯が牙みたいに生えているところが、ややモンスターっぽかった。
「あなたは毎回毎回、めちゃくちゃです!」
「こうでもしないと、地球人のあたしはヴィル女でいい成績が残せない」
頭がいいと聞いていたが、行動は短絡的だな。それも計算だったりして。
……いや、待てよ。この予想は、当たっているかも。
キイン、と激しいモーター音が鳴り響く。シノブのロボから発せられているようだ。
「どうどう。落ち着かんか、ブヒートくん」
シルヴィアが必死に、ミニバンサイズのイノシシをなだめている。
イノシシが、ロボを威嚇していた。あんな図体をして、自分と同じサイズ程度のロボは苦手と見える。
「ブヒートくんもアーシも、シノブ自体は好きなんじゃ。けんどブヒートくんは、あのロボがアカンのじゃ」
ロボの放つモーター音が、このイノシシは嫌いなのだという。
「アーシとしては、ロボとも仲良くしてほしいんじゃがのう」
イノシシのケツを撫でながら、シルヴィアが戦局を見守る。
「どうしても、やらないとダメですか?」
おそらく、フィーラは戦う気がない。構えが、防御寄りだ。相手の攻撃を受け止め続けるつもりだろう。
「……やるしかない。特にあたしはポテンシャルはあっても、魔族ではないというだけで下に見られる。せっかく拾っていただいたのだから、結果を出さなければ」
シノブが動き出した。
「……普通に生きているだけじゃ、あたしは魔王になんかなれない」
ロボの足先が、アスファルトをえぐる。
「そこまで! これ以上は、付近に被害がおよびます!」
ベイルさんが、間に割り込んだ。さすが校長先生である。危険を顧みず、生徒同士の仲裁に入るとは。
「シノブさん、学校外での戦闘行為は禁止といったはずです。ドロリィスさんもろとも、減点対象にしますね」
「巻き添え!?」
自分にも話題を振られて、ドロリィスは憤慨する。
「自業自得じゃ。そもそもドラちゃんが先に仕掛けたんじゃろうが」
「そうだが! ワタシは未遂で済ませてもらえんだろうか?」
「ムリじゃろ。アンタは殺意マシマシだったじゃろうが」
「ただの威嚇だーっ。信じてくれええ!」
シルヴィアが、ドロリィスを羽交い締めにした。
シノブがロボから降りて、シルヴィアの元へ。
「……先輩。ブヒートくんを怖がらせたのは、謝る」
ペコリと、シノブがシルヴィアとイノシシに頭を下げた。
イノシシは「ブヒー」と鳴いて、シノブのほっぺをベロリと舐める。
「モーターを、静音タイプに調節する。それで手を打てないだろうか?」
「ええよ」
「……では」
シノブが、再度ロボに乗り込んだ。
「……興が削がれた。退散する」
のっしのっしと歩きながら、ロボが去っていく。なんだか、肩を落としているような様子だ。
「イノシシに、配慮したのだろう。手頃な距離を置いて、飛んで帰るつもりだ」
モーター音が嫌い、っていっていたからな。
「ほいじゃ。アーシも明日の仕込みに帰るかのう」
ドロリィスを抱き寄せたまま、シルヴィアは立ち去ろうとした。
「今の寮に、帰るのか?」
「そうじゃ。邪魔したのう。また今度、正式に寮が見つかったら、連絡くれい」
「おう。またな」
シルヴィアを見送る。
「魔王ドナ! ぜひ今度は正式に勝負してくれぇ!」
「考えておこう!」
ドナは、ドロリィスに手を振った。
「さあ、あなたも帰りましょう。生徒会長がお待ちですよ」
「はい。ご面倒をおかけしました。わたしも、処分されますので」
「いいえ。あなたは、シノブさんを止めようとしただけ。処罰対象ではありません」
「それでは、シノブちゃんが納得しないでしょう。ネガティブな感情を、抱え込んでしまいます」
「あなたは、もう」
ベイルさんが、呆れた様子で微笑んだ。
「では、寮の下見などは後日ということで。こんな時間までお付き合いくださって、ありが……あら」
ベイルさんのスマホが鳴った。
「はい。はい。わかりました。ビデオ通話モードにします」
通話の後、ベイルさんはスマホをオレたちの前にかかげる。
『そちらにお邪魔できず、申し訳ございません。ドナ様、カズヤ様。わたくしがアンネローゼでございます』
金髪碧眼の少女が、画面にいた。写真と同じ、超絶美少女である。
「気にしなくてもよい。生徒たちの訪問は、偶発的なものだ」
『お気遣いありがとうございますわ。ご相談なのですが、近日我々五人で、下見に同行できませんこと?』
「構わない。大歓迎だ。みんなの意見も聞きたいからな」
『ありがとうございます!では、五人で相談いたしますね』
アンネローゼは、フィーラに視線を向けた。
『フィーラさん、あなたに面倒をかけて、申し訳ございません』
「迷惑だなんて。いつでも頼ってください」
いい子だ。あんな目に遭ったというのに。
『では、バイトがまだございますので失礼いたします』
通話が切れた。
「そういうことですので、よろしくお願いします」
ベイルさんも、帰っていく。
「魔王の様子、どう見た?」
夕食の席で、ドナがオレに感想を尋ねてきた。今日の食事は、肉じゃがとサバの塩焼きだ。ドナも疲れているのか、ガッツリめにしている。
「ざっくりと感想を言わせてもらうぜ」
シルヴィアは名門っちゃ名門だが、一番やる気がない。
「面倒見がよく、部下思いな一面もある。シルヴィアが一番、魔王として成功しそうなんだけどな」
「同意見だ」
魔王としてのモチベーションは、ドロリィスは一番高かった。強さも申し分ない。しかし、人望がない様子である。
「あれでは、部下に信用してもらえないだろう」
「まったくだぜ」
控えめな性格のフィーラは、魔王としての自覚が最も低かった。とはいえ、最強候補であるドロリィスが実力を認めているほどである。
「あの娘は自信さえ身につければ、いい感じの魔王になりそう」
「かもしれんが、そううまくいくのか?」
「それは、本人次第としか今は言えないな」
シノブがもっとも、魔王らしい性格をしている。しかし地球人というハンデがあるため、戦闘はロボに頼らざるを得ない。
「魔族が地球人に従うのかというのも、疑問だ」
「そこなんだよなぁ。環境のせいで自分の立ち位置がないのは、なんとも悲しいな」
「カズヤも、似たようなもんなのだがな」
そりゃあどうも、とオレは返す。
「民間人がいるのも構わず攻撃するあたり、シノブ・アマギはかなり危うい性格のようだ」
ドナが、そうシノブを分析した。
「そうか? わざとそう演じているような気がしたぜ」
「大した観察眼だな。私も同じ印象を受けた。なんというか、あえて落第生っぽく振る舞っている印象を受けるな」
誰よりも魔王を目指していると見せかけて、退学させられそうな問題行動ばかり起こしているとは。
いろいろ、ねじくれてるなあ。あれが「こじらせ」ってやつなのかも。
「さて、あと一人なのだが」
「それなんだけどよ」
オレは、アンネローゼの言動が引っかかっていた。
ドナは魔王として有名だから、顔が知られているのはわかる。
どうしてアンネローゼは、オレの名前まで知っていたんだ?
(第二章 完)
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