第10話 民間人魔王 フィーラ

「ご飯はいらない」というフィーラの言葉を聞き、シルヴィアはメロンソーダをあげる。


「ところで、ベイル校長の隣にいらっしゃるのは?」


「あの、えっと、オレはカズヤ。あんたらが住む女子寮を担当することになった。物件が見つかったら、オレが大家になる。よろしくな」


「ありがとうございますっ。わたしはフィーラといいます」


 フィーラが頭を下げると、三つ編みおさげが弾む。


「ベイル校長から聞いていらっしゃるかもしれませんが、わたしは民間人でして」


「ああ。それ以上はもう話さなくていいから」


 なんか、フィーラの言葉に遠慮を感じた。


「わたしにはなんの要望もありませんので、他の寮生の意見をいっぱい取り入れてあげてくださいね」


 元気に答えて入るが、どうも控えめな性格が引っかかる。


「あんただって、ジャンジャン要望を出していいんだ。こちらにいる魔王ドナだって、そう言ってるんだ。どーんと構えなよ」


「ありがとうございます」


 フィーラは「それはそうと」と、シルヴィアに向き直った。 


「シルヴィア先輩。できるだけ、生徒会長のお話を聞いてあげてください」


「どうせ、文化祭にブヒートくんは連れてくんな、っちゅう話じゃろ?」


「ええ。そうです、ね」


「だったら直接言いに来んかいよ、生徒会長さんはよぉ」


「わたしをフィルターにしないと、角が立つから、と」


「よおわかっとるところが、逆にムカつくのう」


 どうも、シルヴィアと生徒会長とやらは、相当に仲が悪いらしい。


「なんで、このイノシシ……ブヒートくんだっけか。文化祭に入れちゃダメなんだ?」


 召喚獣だから、特に問題はなさそうだが。ニオイなどもしないし。


「部外者だからです。盗撮などの疑いも」


「アーシが生徒を盗撮して、どないするつもりじゃと?」


「先輩にその気がなくても、他の生徒がマネをして行為に及ぶことを、会長は懸念しておりまして」


「めんどくさいのう……」


 洗い物をしながら、シルヴィアはため息をつく。


「なあ、ドロリィス。生徒会って、評判が悪いのか?」


「いいところだ。民間人を、魔族と平等に雇うくらいだからな」


 陰湿ないじめなども、聞かないらしい。


「だが、厳格じゃぞ」


「お前がフリーダムすぎるだけだろうが」


 ドロリィスが言うと、シルヴィアは笑った。


「風のように生きられんで、なにが魔族じゃ。どっかに帰属せんと生きられんとか、アーシから見たらそっちの方がひよっとるわい」


「シルヴィア!」


 テーブルを叩き、フォロリィスが立ち上がる。


「下々を率いてやるのも、魔王の仕事だ。もっと魔王としての自覚は持てないのか?」


「単位がヤバいあんたには、言われとうないもんっ」


 カチャン、と強い音が、洗い場から聞こえた。


「ケンカはやめてください。とにかくシルヴィア先輩は、会長と話し合ってください」


「……こっちの用事が済んだら、顔を出すけん」


 きまりが悪いと思ったのか、シルヴィアはやけにおとなしく従う。


「ありがとうございます。メロンソーダごちそうさまでした」


 金を払おうとしたフィーラの手を、シルヴィアは返した。


「そんな。わたしなんかにジュースを」


「あんた、未だに自分を下げるクセが治らんのか?」


 シルヴィアが、フィーラに金を握らせる。


「ラーメンの代金も、みんなからもろうておらん。あんたは大変なんじゃから、遠慮せんでええ」


「すいません」


「ほら、おかわりじゃ」


 シルヴィアはもう一杯、メロンソーダを差し出す。


「あんたは、生徒会にいるのか?」


 オレは、フィーラに声をかけた。


「はい。わたしは民間人なので、様々な権限がないのです。それを心配した今の生徒会長が、雑用係として雇ってくださっています」


「じゃあ選挙や投票で選ばれた役員ではない、庶務って言えばいいのかな?」


「その感じでいいです」


 フィーラは、メロンソーダを少量だけ吸う。


「アーシが雇ってやるけん、生徒会なんてやめんかい」


「またお前は、そういうことを」


「ええんじゃ。あの堅物は好かん」


 シルヴィアが、オレたちの分のコーヒーを淹れてくれた。


「もしかして、生徒会長ってアンネローゼか?」


 写真からして、アンネローゼからそんなに厳格な印象を受けないが。


「違う。アンネローゼは副会長だ。会長は、ワタシたちと同じ三年だ」


「どんなヤツなんだ?」


「まあ、フィーラを気にかけているくらいだから、悪いやつではない。勉強や、魔王としての心構えも教えている」


 アンネローゼは、厳格な会長の緩衝材らしい。


「そのアンネローゼは、来ないんだな」


「はい。今日はどうしても、バイトを抜けられないらしく」


 フィーラによると、アンネローゼはバイトに行ってしまったそうだ。


 カネに困っていないはずのお嬢様が、バイトか。フリーターのオレとは、違う理由からだろうな。


「週に二、三度、アンネローゼ先輩はバイトへ向かいます」


「彼女からすれば、社会勉強らしい」


 会社の社長が部下になりすまして、従業員の仕事ぶりを視察する、って番組があった気がする。


 アンネローゼも、そんな感じなのかもしれない。


「バイトならウチでやらんね、って誘ったこともあるんよ。けど、誰にも頼らない場所がええんじゃと」


 シルヴィアと一緒だと、どうしても甘えが出てしまうからだとか。


「わたしはたまに、シルヴィア先輩のお手伝いをします。まかないのお食事も出してもらえるので、助かっています」


「よかったなあ。あんたは本当に、ダンジョンに要望とかはないのか?」


 オレはもう一度、それとなく尋ねてみた。


「ウチは女子寮の他に、あんたら生徒が利用したい魔王城も吟味する予定だ」


「ご要望があれば、それに見合ったダンジョンを用意しよう」


 ドナも、オレの言葉に続く。


「本当に、わたしはいいんです。ダンジョンなど、おこがましくて。ましてや魔王城なんて、夢のまた夢で」


「誰かの魔王城に便乗するつもりか?」


「参謀とか、それこそ責任重大じゃないですか。わたしにはとても」


 シルヴィアやドロリィスとは違った意味で、この娘は問題がある。自己肯定感が、著しく低い。こっちをなんとかしてあげたいところだな。


「フィーラの学業ってどうなんだ?」


「中の上、ってところだな。だが、ワタシは納得していない。彼女は、本気になれば我々より強いと断言できる」


 さすがドロリィス、某漫画の戦闘民族よろしく、強い相手を察知する能力は高いようだ。


「わたしなんて……みなさん伏せて!」


 突如、フィーラがテーブルから飛び出す。


「はっ!」


 フィーラが、天に両手を突き出した。




 当時に、巨大な隕石のような塊が降ってくる。




 いや、違う。あれは。


「腕だ! ロボットの!」


 巨大ロボットの腕が、振り下ろされたのだ。


 だが、フィーラはその両腕をバリアで受け止めたのである。


 なんてパワーだ。


「な、ワタシの言ったとおりだろ?」


 一四杯目の焼きラーメンをモチャモチャ食べながら、ドロリィスはケラケラ笑った。


「いや、笑い事じゃないっしょあんなの!」


「笑い事じゃ。あれはどっちも本気じゃないけん」


 シルヴィアまでも、のんきに観察している。


 なんだってんだ、魔王ってのは。


 だがよく見ると、ドナやベイルさんを含め全員が、この付近一帯に魔法障壁を張っていた。近隣に被害は及ぶと判断したのだろう。



「シノブさん、悪ふざけはやめてください!」


 フィーラが障壁を前へ突き出し、ロボットの腕を弾き飛ばした。


 のけぞりながら、ロボットは後退する。


「……ネタだってのは、あんただってわかっているはず」



 低いトーンの声が、ロボットから聞こえた。


 胸のハッチが開き、黒い髪の少女が姿を表す。


 彼女が、シノブ・アマギか。

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