第9話 ドラちゃんって言うな!

 ドロリィスの格好を見て、オレは首を傾げる。あれは制服……だよな?


「なあ、ベイルさん、ヴィル女って女子校ですよね? あの子、スカートじゃないんだが」


 銀髪少女が穿いているのは、膝上が短いホットパンツである。


「うちは、スカート以外にズボンも採用しているのです。気分でどちらで登校してもいいとしていますの」


「アーシも、たまにズボンを穿くんよ」


 シルヴィアも、気分次第で制服を変えるらしい。


「スカートの中に穿いてる子も、おるのう。防寒に、ちょうどええんじゃ」


「そんなことはどうでもいい! ヴィル女の看板に泥を塗った以上、ワタシが払拭しなければ! いざ尋常に勝負せよ!」


 ドロリィスはレイピアの先を、オレに突きつける。


「ちょいちょい、ドラちゃん。カズヤっちは、まだ食べとる途中じゃ。終わるまで待たんか」


 シルヴィアが、ドロリィスをたしなめた。


「待っているだろうが、シルヴィア! お前はわが校の生徒が男なんかに負けて、くやしくないのか!?」


 オレを指さしながら、ドロリィスが怒鳴り散らす。


「誰も、悔しいとか思うとらんわ。ドラちゃんだけじゃろうが」


「ドラちゃんって言うな! 幼なじみとはいえ、馴れ馴れしすぎる」


 この二人は、学外でも知り合いのようだな。


「幼なじみっちゅーもんは、馴れ馴れしいもんじゃろうが」


「うるさい! それよりお前だ!」


 ああ、二人でやり合ってくれたらよかったのに、また矛先がこっちに向いたよ。 


「タンマタンマ! オレはケンカに弱いんだっての!」


 ラーメン鉢を置いて、オレは自分の顔を手で防ぐ。


「ウソをつくなっ! お前は以前、ウチの生徒を魔物から助けたそうじゃないか! どんなヤツなのか、手合わせしてみたかったのだ!」


「あれはな、火事場のバカ力的なものでだなあ!」


「問答無用。勝負せよ! 食い終わるまで、待ってやったんだ。立て!」


 食後の運動にしては、ハード過ぎる。


「マジで偶然なんだっての。そもそも退治すらできていない」


「やっつけたのは、そこにいるドナ嬢だというのは知っている。しかし、ドナ嬢より先に追い払うとは、ヴィル女の生徒としては情けなく思う! なので、ワタシの手で名誉を回復するのだ!」


 少女の姿が消えて、レイピアがオレの心臓に直進してきた。


「そこまでだ」


 パシ。


 ドナが、ドロリィスの剣を箸でつまんだ。


「八つ当たりも、そこそこにしろ。ドロリィス・テスタロザ」


「しかし、ドナ・ドゥークー。あなただって、元ヴィル女の生徒だろうが。地球人に学友が助けられて、恥だと思わないのか?」


 ドロリィスが、ドナの箸を振り払おうとする。


「思わない」


 逆にドナは、ドロリィスの剣を押し返した。


「地球人をかばうか。ならば、あなたから先に」


 ドロリィスは、ドナにターゲットを変更する。血の気が多い。

 電光のような突きを、ドナは箸だけで捌き切る。途中でラーメンをすすりながら。

 レイピアが、ドナの箸で弾き飛ばされた。切っ先が、地面に突き刺さる。


「な、なんという……これがドゥークー家の秘蔵っ子か。恐れ入った」


「茶番はそのくらいにしておけ。お前の目的がカズヤではなく、私なのだろう?」


 ドナに指摘され、ドロリィスの顔が引きつった。


「参った。実はそうなのだ。ドナ・ドゥークーが男を雇ったと聞いてな。どんなやつか確かめるとともに、魔王ドナという存在にも興味があった」


 ドロリィスが、レイピアを鞘に収める。オレの前に来て、頭を下げた。


「申し訳ない、地球人殿。ワタシはドロリィス・テスタロザ。スートツという世界から来た、魔王だ」


「不動産投資家のカズヤだ。といっても、バイトの身だけど」


 オレがいうと、ドナが「何を言う?」と反論してくる。


「お前は正社員だぞ、カズヤ。お前ほどの適任者はいない」


 そこまで期待されても。


「ふむ。地球人にそこまで入れ込むとは。カズヤ殿は、ただならぬ存在なのかも知れんな」


 なんか、ドロリィスまでオレに興味を持ち始めたし。


「もう、ケンカを売ってこなくていいのか?」


「うむ。実力を隠している感じではない。だいたい、カズヤ殿のポテンシャルはわかったつもりだ。腕ではなく、目で殺すタイプなのかもな」


「いやいや。そんなジゴロ的な才能こそ、オレにはねえよ」


「しかし貴公を慕って、人がこうして集まっている。性根の悪い男に、ここまでの人材は集まらん。きっと、なにか特別な要素が備わっていると思うぞ」


 そうかねえ? 実感ねえけど。


「それにしても、シルヴィアだが……」


 あんな遠くにいた人影を、ドロリィスだと見抜いたのか。オレは、全然気づかなかったのに。気配すら、感じ取ることができなかった。


 シルヴィアって子は、案外腕が立つのかも。


「あいつは、ケンカをしたらヴィル女でも最強かもな」


「そうなのか? でも、本人は屋台を引いているときが最高だと」


「だろうな」


 やや切なげな表情を、ドロリィスが浮かべた。

 あまり、語りたくない過去があるのだろう。


「ドロリィス、でいいのか?」


「学業関係者でないものに呼び捨てされるなら、抵抗はあるが」


 寮の大家になるんだから、オレは別にいいってわけか。


「いいか、間違ってもあいつみたいにドラちゃん呼びはやめろ。いいな?」


「お、おう」


 ドロリィスから、キツめに強調されてしまった。


「耳元でささやいたれ。クラってなるよってに」


 ニヤニヤ笑いながら、シルヴィアが告げる。


「バカ! そんなわけあるか!」


 顔のパーツすべてを赤く染めながら、ドロリィスが抗議した。


「ドロリィスは、どういう魔王を目指しているんだ?」


「強い魔王だな」


「抽象的すぎるな。具体的に、強いってなんだ?」


「うーん」とうなりながら、ドロリィスは考え込んでしまう。


「腕っぷしが強いだけでは、ダメか?」


「それでは、手下がついてこないぜ。恐怖政治になって、反乱も起きるだろう」


「反対勢力なんて、ぶっ潰せば」


「世界が滅びるぞ」


 反乱分子を根絶やしにしてしまっては、ディストピア化待ったなしだ。


「希望のダンジョンはあるか?」


「そうだな。構造は単純な方がいい」


 要望としては、四天王などの敵を配置していき、そいつらを倒していくうちにドンドン敵も強くなっていくシステムだという。


「あれだな。カンフー映画であったわ。それ」


「うん。その感じがいい。塔のようなダンジョンで、階層ごとに強いモンスターを配置するのだ」


 ああ。こいつはわかりやすいな。


「ドナ。ドロリィスが買えそうな塔とか、あるか?」


「問題なかろう。手頃な砦跡をリフォームして、見繕えばいい」


 なら、問題は解決だな。 


「ドラちゃんの場合、卒業できるかの方が怪しいんじゃが」


「お前は黙ってろ、シルヴィア!」


 なんでも、ドロリィスは学科の単位が少し足りないらしい。テストも赤点ばかりだとか。


「実技だけは、ワタシの方が上だ! 今に見ていろ。必ず卒業してみせるからな!」


「アーシはもう、卒業単位を取っとる。じゃから、もう学校に行かんでもええもーん」


 もうシルヴィアは、学校の催し以外は参加しないらしい。


「くっ。あいつはああ見えて、学年トップなのだ。絶対世界は間違っている!」


 ドロリィスは、焼きラーメンを六杯もおかわりした。




「あっ。こんなところにいたんですね? ふたりとも」


 三つ編みおさげの少女が、シルヴィアのキッチンカーにチョコチョコと歩み寄る。


 シルヴィアとドロリィスと、同じ制服を着ていた。が、胸のリボンの色が違う。二人は赤だが、お下げっ子は黄色だ。


「フィーラちゃんやんけ。なんの用じゃ? ラーメンいるんか?」


「お昼は、済ませました。文化祭の件で、生徒会長がお呼びです」


「あー。あいつかー。めんどいのう」


 あれだけ笑顔を振りまいていたシルヴィアが、露骨に嫌な顔をした。

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