第8話 ギャル魔王 シルヴィア

「えっと、あなたはたしか?」


 眼の前に立つ少女は、ゆるふわの茶髪をシュシュで二つに結んでいた。黒いブレザーの制服は、スカートがやたら短い。典型的なギャルファッションである。それを、オレンジ色のエプロンで包む。


「アーシはズパダマ地区から来た、シルヴィア・ドゥーイエラやけん。特技は焼きラーメン作りじゃ」


 やっぱりだ。この子がシルヴィアのようである。


「あんたは誰じゃ? ドナドゥークーのカレシか、旦那様?」


「いやいや。そんなわけねえよ。オレはカズヤ。魔王ドナに雇われている」


「ほうかあ。魔力とか、なさそうじゃけんど、なんか持っとる感じはするのう……」


 一瞬オレに疑いの目を向けていたが、シルヴィアはすぐに笑顔になった。イノシシの引いているキッチンカーに、シルヴィアは乗り込む。


「お昼まだじゃろ? 食べん? あいさつ代わりに、アーシの一番人気メニューをごちそうするけん」


 シルヴィアがいきなり、調理を始めてしまった。やたら細い麺を、ザルに入れて茹で始める。


「これは博多のラー麦っつってな。ラーメン用に開発しただけあってのう、コシが強くて歯切れがええんじゃ。色もええ」


「やけに細いな」


「これ以上細くすると、そうめんになっちゃうギリギリなんじゃ」


 そんな極細麺を茹でながら、今度はあらかじめ刻んでおいた野菜を、フライパンで炒めだした。

 おっと、そんなことを聞いている場合じゃない。


「シルヴィアさん、あなた、どうやって地球に?」


 オレが言う前に、ベイルさんがシルヴィアの前に立つ。


「天下のドナ・ドゥークーが、地球に事務所を建てた、って聞いたけん。顔出さんと」


「転送門を勝手に使いましたね?」


「許可はもろうたわい! 用務員さんやけど」


「まったく、あなたって人は!」


「やかましいわ。世話になる人に会いに来て、なにがいかんのじゃ? 料理のジャマやけん、のけ!」


 シルヴィアが人払いをした。

 肩を怒らせて、ベイルさんが後ろに下がる。


「ドナのファンなのか?」


「ファンどころか、心の師匠やけん」


 麺は博多のものを使っているが、方言は愛媛っぽかった。


「なんで方言なんか使ってるんだ? 出身じゃねえよな?」


「現地の異世界語を、イントネーションのまま翻訳しているからだ。かなり方言がキツい地方出身のようだな」


 シルヴィアの世界で使っている言葉は、愛媛弁に聞こえるってわけか。


「ほいで、焼いた野菜に麺をドーン!」


 フライパンの上に、シルヴィアは麺をドンと乗せる。さらに炒め続けた。


「このスープは、トンコツが七と鶏が三の割合じゃ。純粋なトンコツスープとは違うんじゃが、その分だけ臭みがなくてまろやかになるんじゃ」


 トンコツスープを加えて、しょうゆ油を垂らす。


「シルヴィアさんは、由緒正しい魔族の貴族なのですが、魔王活動に積極的ではありません」


 三年生で、いよいよ進路を決める時期である。シルヴィアは、屋台引きとして生きる道を選んだ。


「ほい、できたけん。焼きラーメンじゃ」


「いただきます」


 シルヴィアの作ったラーメンを、すする。


「うまい!」


 一口食っただけで、もう幸せだ。これは、幸せの味である。

 なにがどうというか、深みとか味わいとかはわからない。が、とにかくうまいのだけはわかった。 

 焼いたことで、細麺の水分が程よく抜けている。おこげの苦味がアクセントになって、絶妙にタレに絡みついていた。これは、うまい。


「スープは動物の肉だが、タレは魚介なんだな」


「さっすが、ドナ・ドゥークーじゃのう。食通じゃ」


 シルヴィアが、指を鳴らす。


「なんでラーメンを作ろうと思ったんだ?」


「文化祭で、人気やったんじゃ。女の子がガッツリ食べられる、こってりなラーメンって売り出してのう」


 三年間、不動の地位を獲得しているらしい。

 箸休めなのか、うぐいす色のアンコにくるんだ、小さいモチが差し出される。


「おやつは、くるみモチやけん」


 こっちも優しい味で、最高だ。


「クルミじゃなくて、枝豆なんだな」


「語源はクルミじゃねえ。アンコで『くるむ』から、くるみモチっていうんじゃ」


 シルヴィアの方言は愛媛寄りで、作るラーメンは博多である。くるみモチの発祥はたしか、大阪の堺市だ。


「枝豆のアンコが好きなら、ずんだモチも用意できるけん」


 今度は東北とは。


「あんた、なんでもアリだな」


「学校でも大ウケじゃ。『ずんだは地球でいうたら、マ●ファナ』やけんって」


 まるで経験があるような、言い方だな。まあ、経験はないとは思うが。


「どうして、ラーメンを始めようと?」


「女性がラーメンを気兼ねなく食べられる文化を、根付かせたいんじゃ」


 ガッツリ食べたいけど、ラーメンは高カロリーで手が出せない。未だに、そういう女性の声は多かった。


「きっかけは、修学旅行でニホンに行ったことじゃ」


「魔族の修学旅行先って、地球なのかよ?」


「中でもニホンは、最強の観光名所じゃけん」


 福岡で食ったラーメンの味に惚れ込んで、シルヴィアはこの未知で生きようと決めたらしい。研究をして、シルヴィアは極細麺が決め手の博多ラーメンに目をつけたのである。


「博多ラーメンは、漁師がサッと仕事に出られるように、早く茹で上がる細麺を選んだんじゃ。しかし細すぎると伸びるのも早え。それで、量を減らしたんじゃ。で、根付いた文化が、これじゃよ」


 シルヴィアが、替え玉を用意してくれた。


「替え玉の文化ができ上がった……というわけじゃ」


 なるほど。「足りないなら、おかわりしろ」ってか。それならカロリーを気にする女子も、いくらでも食べたい男子も満足できる。


 デザートにずんだを使っているのも、低カロリーのためだろう。


「ちょっと待ってくれ。あんた魔王なんだよな?」


「そうじゃ? 魔王がラーメンで世界征服したら、いかん?」


 シルヴィアの眼差しは、強い決意が表れている。


「別にそうは言っていないが」


「アーシは、切った張ったは好かん。気が小さいけん、ケンカに弱いんじゃ」


 オレと一緒だな。オレも、今から冒険者になりなさいって言われて、なれる自信はない。善子ヨシコ姉さんに鍛えられたとしても、ロクに活動できないだろう。


「アーシは、経済で世界を獲るんじゃ。ドナ・ドゥークーみたいな、腕で制圧せん魔王を目指すけん」


 地球さんのおいしいものを食べ歩くのが、シルヴィアの趣味らしい。


「この子、ブヒートくんっちゅうんやけど、こんなナリで戦闘向けの性格やないけん」


 自分の分のラーメンを作りながら、シルヴィアはイノシシを撫でる。


「やけんど、そろそろ材料の仕入先なんかも考えんといかん。で、ダンジョン作りを始めようと思うとったんじゃ」


「倉庫をダンジョン化するのか?」


「そんなんしたら、アーシが迷うけん」


 ワッハッハと、シルヴィアが得意げに笑う。マジで、バトルは専門外らしい。


「材料が取れる森と、村みたいなんを作れたらのうって思うとる」


 他には、倉庫に適当なトラップを仕掛けるそうである。


「そのノウハウを、ドナ様から学べればのう。言うことなしじゃ」


「あんた、魔族でも名門だって聞いたけど? 両親はなんて言ってるんだ?」


「毎回『マジメに魔王として活動せんかい』って、言われとるわ。じゃけど、ブッチしとる」


 真剣な顔になり、シルヴィアは腰に手を当てた。


「一人娘やけん、心配なんはわかるんじゃ。つっても、命をいただく稼業につくと、人を殴れんのよ。お客さんになるかも、しれんじゃろ?」


 苦笑いをしながら、シルヴィアが自分の分をズルズルとすすった。


「あー。うめえ。おーい、ドラちゃんも食べんか?」


 駐車場の向こうへ、シルヴィアが手を振る。

 遠くに、人影があった。


「くっ! お前が寮の管理人だと!? 男じゃないか!」


 銀髪ショートヘアで長身の少女が、ロンススカートをはためかせて身構えた。レイピアを手にしている。


 ドロリィス・テスタロザ。あの子も魔王候補生だ。

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