第6話 魔王候補の美少女たち
魔王とかって、「一晩で世界を滅ぼす」って言うからな。ボロアパートを事務所に変質させるなんて、造作もないのだろう。
「ちゃんとリフォームの許可は、前の管理者からもらっている。問題はない」
まあ、見た目だけならただの事務所だしな。いいんだろう。
事務所の前に、三〇代くらいの女性が立っている。物腰の柔らかそうな女性だ。とはいえ夏だというのに、全身を真っ黒いコートで覆っている。ただならぬ気配を感じた。
「カズヤは下がっていろ。私の後ろにいるんだ」
なんだか、ドナはやけに女性客を警戒している。なんだってんだ?
「よろしくお願いします。私がここの代表。魔王のドナ・ドゥークー」
「ご丁寧に、ドゥークー閣下。わたしは女神協会の代表。ベイルです」
ベイルさんが頭を下げる。
「閣下はよしてください。私は軍人でも、侵略者でもない。ドナで結構」
「失礼。ではドナ様。ご相談が」
「まあ、お入りになって」
執事のイアロさんがドアを開けて、ドナがベイルさんを誘導した。応接室のソファへ、ベイルさんに腰掛けてもらう。
「お邪魔します。ああ、涼しい」
エアコンの効いた部屋で、ベイルさんのコートがひとりでに脱げる。
コートは、黒いコウモリの翼に変わった。コートの下は、大胆なボンテージである。こんな格好で、街を練り歩いていたのか。年齢に合わせて露出は抑えているが、十分刺激的である。
思わず、クラクラしてしまいそうだ。
「サキュバス族ですね?」
「ええ。我が種族は代々、サキュバスを勤めております」
ベイルさんが、頭を下げる。
翼をコートに義体化させていたのは、視線よけと、フェロモンの放出を防ぐためだったらしい。
男であるオレは、退散したほうがよさそうだ。
「お待ちを。殿方はそこにいらしても大丈夫ですわ」
視線を遮断していれば、サキュバスの魔力は特に影響しないらしい。
「まあ、どうしても精力を受け取っていただきたいなら、わたしも一肌脱ぎますわ」
「いえいえ。結構」
オレは、やんわりとお断りした。
「遠慮なさらず」
「ご遠慮します」
コホンと、ドナが咳払いをする。
「それよりベイル殿、お話を」
「そうでしたわね」
女子生徒たちの写真だ。後ろの建物が、やけに仰々しい。
「これは、女子校の?」
オレが聞くと、ベイルさんは「はい」と答えた。
「私立・ヴィルヘルミナ女学院。通称【ヴィル女】だ」
魔王ドナが、付け加える。
「ええそうです。わがヴィルヘルミナ女学院は、女子の魔王を多数排出しています」
「知っています。第六〇八号の世界は、ヴィル女きっての天才が統治していると」
「よくご存知ですわね」
おほほ、と、ベイルさんが上品に笑った。
創始者ヴィルヘルミナは、当時最初の女性魔王だったらしい。その女魔王が、男にナメられない女子魔王を世界じゅうに放出するために作ったのが、女学院なのである。
男社会に切込みを入れた女性魔王として、ヴィルヘルミナはすべての女性魔王の憧れだという。
「今でこそ隠居なされているが、いまだにご存命だ」
「すげえな。スーパーおばあちゃんじゃねえか」
「まあ、魔族の寿命が長いのもあるが。男性上位だった世界を変えた偉人として、今なお語り継がれている」
女性の社会進出って難しいというが、魔王の世界も大変なんだな。
「そのヴィル女なのですが、このたび新しい寮を作ろうと思っているのです」
自分たちの世界へ魔王をするために、魔王養成学校は存在する。中でもヴィル女はエリート校で、女性の自立を目的としていた。なので、女子寮が必要なのだという。
「承りました。ですがどうして、地球なんかに?」
ヴィル女には、立派な女子寮がちゃんとあるそうだ。
「最近は魔王側も、地球から刺客を召喚する機会がございますの」
自分たちが直接手を下すと、世界を壊してしまう。
そこで地球人を召喚して、代わりに統治してもらうことにしたそうだ。
「それって、女神の仕事じゃないんですか?」
たいていの転生・転移ものって、魔王じゃなくて女神がするもんだろ。
「最近は、魔王もその手法を取り入れているのです」
毒を以て毒を制す、といった対抗策らしい。
「それだけ、魔王陣営の戦局は危ういと?」
「違いますね。単に、トレンドに乗っかった形でしょうか?」
ベイルさんによると、魔王と召喚勇者は場所によって、あまり敵対はしないという。転生者が現地人の難題を解決しすぎたせいか、そのケースが増えたらしい。
「現地勇者との衝突のほうが、課題でしょうか」
まだ地球から召喚されてくる者のほうが、相手にしやすいという。ファンタジーの知識が高く、適応力や順応性があるからだとか。ゲームは偉大なんだなぁ。
「とはいえ……えっと、【ちーと】? というのですか? なんだか、そういう特殊技能を求める転生者が多数いまして、我々も、対処が大変なのです」
知らない用語が多すぎて、困っているらしい。対処していたら、思っていたのと違う使い方をされたりなど。
チートスキルなんて、今どきは自粛していたりするんだよな。もらったスキルだって、別の使い方をして活用しているヤツだっている。
「ゲームのスキルをくれとか、申されましても」
「ほうほう。だから【ハズレスキル】なんて単語が、頻発するようになったのか」
「そうなんですよ! こちらは一生懸命、知識を駆使してスキルを付与しているというのに、ハズレ呼ばわりですよ! 精気吸い取ってやろうか! ってどれだけ憤慨したか」
ベイルさんが、ヒートアップしてきた。
たしかに、昭和生まれと平成生まれでさえ、常識にズレがあるからな。知識が古くなると、対処も大変だ。
「なるほど。それで地球現地で文明を学び、対処しようと」
そもそも魔族はゲームをする者自体が、少ないという。
まあ人間との争いで、それどころじゃねえよな。
「それに今回、わたしたちがお願いしたい寮生は、問題児ばかりでして」
「たとえば?」
「いわゆる、追放されてきた女子たちばかりでして……」
現地世界から、追放されてしまった少女ばかりだという。
「ああ。悪役令嬢とかだろうか?」
「そういう方も、いらっしゃいますね」
本当にあるんだな。そんなマンガみたいな事情って。
「その候補生というのは?」
「この五名です」
ベイルさんが、五枚の顔写真をテーブルに並べた。
一枚目は、碧眼の少女だ。金髪をお団子に結んでいる。
「アンネローゼ・ヴィルヌーヴ・ファイーファン。ファイーファン王族の出身で、エリートです。優しい性格なのですが、裏表がなさすぎてかえって煙たがられています」
二枚目は、ゆるふわ茶髪のギャルが写っていた。
「シルヴィア・ドゥーイエラ。ズパダマ地区の代表でして、モンスターと会話できます。由緒正しい魔族の貴族なのですが、魔王活動に積極的ではありません。屋台引きとして生きる道を選びました」
三枚目の少女は、銀色の髪でショートヘアだった。
「ドロリィス・テスタロザ。スートツ地区の代表です。武門の家系で、強すぎるあまりに『自分より強いものに会いに行く』と、家を飛び出しました」
四枚目の少女は、おさげの少女である。
「フィーラという子です。この子は五人の中で、もっとも高い魔力を有しています。ですが」
「なにか問題が?」
ドナが聞き出すと、ベイルさんはため息をついた。
「それが……平民の出でして」
たしかに、この子だけ名字がないな。
最後の子は、黒い髪の少女である。とはいえ、見た目はガッツリな陰キャだ。
「この子はシノブ・アマギといいます」
「日本人?」
「はい。この少女は、地球圏を漂う要塞『スパウルブス』の出身です。この子だけ、あなたと同じ地球出身です」
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