第二章 フリーター、女子寮を買う!? ~女魔王限定女子寮を作れ!~
第5話 メザシの魔王
翌朝、オレは包丁でまな板をトントンする音で目を覚ます。
味噌汁のいい香りが、漂ってきた。
誰だ、オレの家のキッチンを勝手に使ってるのは?
オレには、彼女なんてできたことがない。ガキの頃からいい加減な性格だったからな。家族でさえ、オレの体質に頭を悩ませていたくらいだし。
それで、親が奇異に思われるのを嫌って、家を出た。
今では、このボロアパートがオレの城である。
「おいカズヤ。起きるんだ。まもなく朝食ができる」
聞き覚えのある声で、オレは目を覚ました。
「おわっと!?」
眼の前に、ドナがいるではないか。フード付きのモコモコパジャマと、柄を合わせたハーフパンツを穿いている。
「なにを驚いているのだ? 私は、この家の大家だぞ? 部屋に入ってきてもおかしくはない」
「え? ここの大家さんって、おばあさんだったんじゃ?」
もう八〇近い、バーサマだったはずだ。オレのところにも、煮物の残りを分けてくれたっけ。腰が痛いのに、わざわざ二階にまで上がってきて。
「あの大家殿は、息子夫婦が引き取った。私が、ここを買ったのだ」
ずっと腰が痛くて、誰かにアパートを売りたがっていたな。
「そうだったのか」
とにかく、バーサマが無事でよかった。
「さあ。起きるんだ。もうすぐできあがるぞ」
まともな朝飯なんて、いつ以来だろう?
「あんたが作ったのか?」
「作っているのは、秘書だ。魚は、火加減が難しくてな」
見た目はガイコツだけど、生前は美人なあの人か。
「ほうけているな。朝はパン食でないとムリなら、作り直させるが」
「いやいやいや! ライスのブレックファースト、いただきますよ!」
ドナからの提案に、オレはブンブンと首を振った。
コクリと、ガイコツさんがあいさつをする。オレの前に、膳を添えてくれた。
焼き魚か。シャケか、ブリかな?
と思っていたら、皿に乗っていたのはメザシだった。
あとは、豆腐の味噌汁と、漬物が数点である。米も、雑穀米だった。白米ではない。
「いただきます」
「いただきます……」
オレは、味噌汁をすすった。
ほう。と、ため息をつく。
「梅干しなんて、何年ぶりだろ?」
雑穀米にお茶をかけて、梅干しと一緒に頬張る。
「一大国家の魔王の食事が質素で、幻滅したか?」
ドナがゆっくりと、茶碗を置く。ゆったりとした仕草で、味噌汁に口をつけた。
「若干はな。でも、うまい」
塩加減やだしの濃さなど、絶妙にうまかった。
「好んでメザシなんて、食べたことはなかったが、こんなに味わい深いとは」
久しぶりに食った梅干しも、懐かしい。そういえば、こんな味だった。
「そうだろう?」
ドナも、うれしそうに食べる。
この味噌汁は、メザシとめちゃくちゃ合う。好んで食べたことはなかったが、こんなにポテンシャルが高かったのか。
いつもハンバーガーやラーメンばかり食っていた胃が、安らぐ。
こういうサッパリしたものって、ときどき無性に食べたくなる。なのに「忙しい」とか理由をつけて、遠ざけていた。
随分と、ありがたみを忘れていたよ。こういう朝食が欲しかったんだよな。
「気に入ってもらえて、なによりだ。これは、父の好物なんだ」
「親父さんの?」
「ああ。父は周りが贅沢三昧をしている中、このようなつましい食事を毎日好んだ」
贅を尽くすのは月に一回で、しかも社員総出のパーティくらいだったという。それ以外にドナの父親は、高級なものはなにも口にしなかったとか。
「経営には、辛抱が必要だと?」
「違う。これは営業努力などではない。普通に好みなんだ」
元々、安い魚や玄米などを、魔王は主食にしているらしい。
「おかげで、父は今でも健康だ。周りが糖尿や内臓疾患でこの世を去る中、一人だけ今でも五体満足で仕事をしている。冒険者を何人も追っ払ってきたんだぞ」
オレは、メザシを噛みしめる。
「足るを知るってやつだな?」
「そんな哲学的な意味で、食ってはいないな。たしかに、私もあまり高級品は好まぬが」
自分で食うくらいなら、人にやるそうだ。
うますぎて、もう一杯ほしい。
「おかわりは必要ですか?」
スケルトンの秘書が、オレに尋ねた。
「ああ。どうも。えっと」
オレは、スケルトンさんにお茶碗を差し出す。
「ワタシはイアロと申します」
イアロさんが実体化する。金髪を一本のおさげに結んだ、スーツ姿の女性に変化した。なるほど、誰もが振り返る美人だ。化粧の香りが、オレにはややきつい。
「ちなみにスケルトンではなく、ヴァンパイアレディですよ」
考えを、読まれていたか。
「そうなのか。どっちにしてもありがたい。いただきます」
「ウフフ。気に入ってくださって何よりです」
「あなたも、こちらで食べません?」
「いえ。ワタシは食事を必要としませんので」
ヴァンパイアレディは、魔王ドナに少量の【エナジードレイン】をすれば生きられるとか。
「魔王の魔力は、ほぼ無尽蔵だ。お前の部屋で食べているのも、合理的な理由からだ」
「どんな」
「光熱費が浮く」
ドナの部屋は、ガスの元栓を切っているらしい。
「ここの光熱費は、オレが払うぜ」
まあ、毎日二人分を払うとなると、大変かもしれないが。オレだって、臨時収入が入ったのだ。問題ないさ。
「心配せずとも、私が払うのだ。それくらいする。メザシだって、最近だと漁獲量が減って、イワシすら高級魚になってしまった。まさか、メザシが贅沢品になろうとは」
ドナが、日本の現状を嘆く。
「なので、食事代くらいは出すので安心するがよい」
「いいよ。別に」
「いや。食事はずっとお前の部屋で取るから、問題ない」
マジかよ。
「食事だけな。さすがに同じ部屋で生活まではできんが、食事くらいは共にしようかと。それとも、伴侶がいるとか?」
「いえ。いません」
皮肉交じりに、オレはつぶやく。
「そうは言っても、食事代くらいは。いただいてばかりでは」
「社員の健康を考えるのも、社長の務めだ。同じ不動産投資家として、放ってはおけぬ」
ドナが、たくあんをボリボリと噛みしめる。
「ありがとう。なにより、一緒にメシを囲ってくれる人っていないよな」
「ああ。こういうのんびりした朝食は、私も久しい」
友人との食事でもマウントの取り合いばかりしていて、全然楽しくないそうだ。
「カズヤと食べると、一際美味しく感じるんだ。一緒に食事がしたいのも、理由と考えてくれ」
「そ、そうか。ありがとうな」
オレは気恥ずかしくなって、ムシャムシャとメシをかっくらう。
「ほんとはお前さえ良ければ、風呂もここで頂きたいんだがな」
オレは、お茶漬けを吹き出しそうになった。
「ウエッホ、エッホ!」
盛大にむせて、オレは咳き込む。
「大丈夫か?」
ドナが、身を乗り出してきた。モコモコパジャマのファスナーが胸の弾力で勢いよく下りる。派手な赤色のブラが、視界に飛び込んできた。
「自分でやる。たんなる誤嚥だ! 気にするな!」
自分で口を拭き、無事をアピールする。
「その年齢で誤嚥の問題があるなら、同居も考慮せねばならんな」
「ムリムリムリ! 結構です!」
こんな美少女がオレの風呂を使うなんて。オレがどうにかなっちまうぜ。まあ、ガイコツが全力でオレを止めてくれるだろうが。
オレがあたふたしていると、外からチャイムが鳴った。オレの部屋の外ではない。真下の階から聞こえてくる。
『ごめんくださいまし』
続いて、成人女性の声が。
「なんだ?」
「私の客だ」
客だって?
「どういうことだ? あんたの部屋は、隣だろ?」
「あれは居住エリアだ。下の階はすべて、昨日のうちに事務所へリフォームした」
「マジか」
外に出てみると、本当に下の階がまんま不動産事務所に変わっていた。
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