第4話 寿司で祝勝会

 善子姉さんが、冒険者だったとは。


「あいつはこの一帯を管理する冒険者ギルドの、会長だぞ? ちゃらんぽらんだが、腕は確かだ」


 どうしてあの飲んだくれに、魔王のような友人がいるのか不思議だったが。


「全然、知らなかった」


 しかしなんでまた、異世界の住人が、地球なんかに。


「データ取りが目的だ、って言っていたよな? 自分たちの世界じゃなく、地球を選んだ理由は?」


 過酷な環境にいる冒険者のほうが、明らかに強いだろう。いいデータが取れるはずなんだが。


「地球人は冒険者こそ弱いが、珍しい武器を持っている。ボクの仕事は、それを我が陣営に反映させ、魔物に対策させることだ」


「この場で冒険者を、殺害したりはしないんだな?」


 せっかくダンジョンを手に入れたのに、殺人の犯行現場にされたらたまらん。


「冒険者は、たしかに危険を伴う。とはいえ、我々も殺害はしない」


 ダンジョンは相手が深手を追えば、自動的に冒険者を排出するという。

 そのための装置が、【ダンジョンマスター】らしい。

 オレはちょっとだけ、ホッとした。


「とはいえ、治療は冒険者自らがせねばならんから、大変だぞ」と、ドナが付け加える。


「こちらに冒険者がいるように、異世界に地球から召喚される者もいるからな」


 異世界転移って、フィクションだけの世界だけだと思っていたが、本当にあるんだな。


「どうも、魔王ドナ。ここなら、いいデータが取れそうだ」


「ここなら、魔王城にアタック予定の冒険者も来る。研究には、ちょうどいいだろう」


 オレは、「ちょい待った」と、手を上げた。


「あんた、魔王の配下なんだよな? こっちにいるドナが、あんたのボスか?」


「ドナ・ドゥークー嬢は、我々の管轄ではない」


 召喚士は、ドナとは違う世界にいる魔王の配下らしい。


「ああ、あの魔王か。彼は珍しいもの好きだから、おおかた地球の文明に目をつけたか」


「軍事力を目当てに地球に使者を送り込んで、現地で戦争でもやらかすってのか?」


「いや。どうせ新型のiPhoneが目当てだろう」


『地球でこんなの買っちゃった』ってのが、魔王にとってのステータスなのだという。


 どんな価値観だよ? 


「では、研究に没頭したいので、この辺で」


「ああ。カズヤの参考になっただろう。邪魔をした」


 ドナから話を振られて、オレはダンジョンマスターの召喚士に頭を下げた。


「お買い上げ、ありがとうございます」


「いや。こちらもいい物件をありがとう」


 購入者が、いい人でよかったなあ。


「さて、就職祝いとして、ごちそうしようではないか」


 気がつくと、もう夕方じゃないか。どおりで腹も減るわけだ。


「寿司にしよう。行くぞ、カズヤ」


 社長なんだ、きっと回らない寿司に入るのだろう。

 そう思っていた。

 しかし連れて行かれたのは、バリバリ回転寿司である。


「うまい。この塩〆カレイとやらは、実にさっぱりしていていいではないか。実によい」


 しかも魔王にもかかわらず、ドナは一二〇円の一番安いネタばかり頼んだ。


「高級な寿司屋とかには、行かないんだな?」


「私はコスパが良くて、うまい店が好きなんだ。値段が書いていないネタなんて食えるか」


 庶民派で、親しみやすい発言だ。

 やけに貧乏性だな。その姿勢は、仕事にも現れている。


「ボロいダンジョンでも、売れるんだな?」


「逆だ。さっきも言ったぞ。ボロいダンジョンほど、手入れすれば売れると」


 新築のダンジョンの場合、まずは土地から買う必要がある。

 オレから崖を買ったように、新設するケースもあるが、条件が悪いほどいいらしい。


「どうしてだ?」


「競合しないからだ」


 競争相手・ライバルがいないなら、その土地は独占し放題なわけだ。


「特に地球物件は、他の異世界と違って魔素が少ない。需要がないのだ」


 弱い魔物が住むには、ちょうどいい物件が大量にあるらしい。


「とかく他の魔王共は、条件がよく、強固な物件を求めたがる。価格が高価で、維持費も大変だというのに」


 魔王の世界は、見栄っ張りが多いという。


「私はプライドを捨て、管理はお前のようなものに任せてもOKな物件しか求めないことにした。スモールビジネスというやつだ」


 ドカンと高いものを買って、デカく儲けるのではない。小さく始めてリスクを最小限に留めることが秘訣だと、ドナは考えている。


「だが、父に理解されなくてな。コンパクトに攻め込むのはいいが、ビジネスはでかくというのが、父の考えなんだ。スモールビジネスは、商売したての者がすることだと」


 なので、ドナは父親の会社から独立して、自分で生計を立てていると。


「地球には、安くて使われていないダンジョンが多い。しかし他の魔王共は、それを取り壊して若者受けのダンジョンばかり作ろうとする。元々あったものをリフォームしたほうが、安上がりなのに」


 ドナの口調が、ヒートアップしてきた。


「あんたが地球でビジネスをしているのは、親父さんに認めてもらうためなんだな?」


「それもあるな。しかし、地球はあまり魔物に対する環境に乏しい。魔素が少ないからな。私が整えてやりたいという気持ちもある。しかし、予算は最低限でいいだろう」


「わかるぜ。大金稼いでも、しょうがねえもんな」


 デカく儲けて会社を大きくすると、その分だけ責任が伴う。負担も大きい。


「理解してもらえるか?」


「オレがいいかげんなだけだよ。自分が食えるだけ稼げればいいって思っているし」


「それでいい。まずは生活基盤を見直すところだな」


 これで、ドナと意見は一致した。


「地球と異世界は、繋がっているんだよな?」


「ある程度は」


「異世界人にとって、地球に住むメリットは?」


 ドナはハマチを食いながら、「そうだな」と天井を見上げる。


「情報集めだ」


「侵略とか、言わないんだな?」


「そういうヤツもいた。こちらの人間が、神話と呼んでいる時代にな」


 あれって、マジの話だったのか。


「で、侵略はあきらめて、せめて文明だけでも手にできないかと、模索しているところだ」


 中には、地球とのパイプが繋がらない国もある。土地を発達させたくても、現地人の反対を食らってしまうこともあるとか。

 異世界が中世ヨーロッパ風にとどまっている国が多いのは、そういう関係らしい。


「神が与えし魔素が強くて魔法が使える中で、どうして科学文明なんかを崇拝しなけ

ればならないのかと」


 まるで、「宗教上の理由」みたいだな。結局利権、政治的理由かよ。


「冒険者と、こっちで戦争になったりは?」


「魔物側も、いさかいなどは起こしたくないんだ。地球から出禁を食らうからな」


 ヘタに戦争なんてすると、土地が荒れる。そうなると、土地の価値が下がるのだ。


「善子姉さんも、冒険者だって」


「あいつは今でも、最強クラスの冒険者だぞ」


 たしか、ギルドの会長だって言っていたっけ。



「旅人だとばかり思っていたぜ」


「あいつのウソを、真に受けていたのか。それも一般人の思考なら、仕方あるまい」


 どおりで、働いている気配もないのに、やたらと高いお土産を買ってくると思っていたけど。


「善子はカズヤのことを、ずっと気にかけていた。お前が子どもの頃からな」


 たしかに、オレはガキの頃から「見える」系の人間だった。それでからかわれたりして、人付き合いが苦手になったのである。気がつけば、フリーター以外に生きる道がなくなっていた。まともな仕事につけないのだ。


「かといって、腕っぷしもなく、善子はお前を鍛えようがなかったそうだ。魔物を積極的に倒すような性格でもない、と。そこで、ダンジョン不動産業はどうかと提案してきた」


 そうだったのか。


 たしかにオレは、ゲームでも魔物を味方につけるほうが好きだったな。


「できるかどうか、わからないぜ」


「構わない。しかし、どの仕事よりもお前に向いていると、私は確信しているぞ」


 そこまで買われているなら、やってやろうじゃないか。


「では、今後ともよろしく。魔王ドナ」


「うむ。こちらこそ。では帰ろう」


 再び、ガイコツが運転する車に乗った。

 オレのアパートに、車が到着した。

 なぜか、ドナまで一緒に降りる。


「今日はありがとう。じゃあ」


「なにを言っているんだ? 私もここに住むのだぞ」


「え?」


「今日からここが、仮拠点だ」


 ドナの所有する魔王城は、オレのアパートらしい。どこまで倹約家なんだと。


(第一章 完)

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