第3話 契約成立

「この狭さ、音響面の整備、完璧だ。手洗いも、外付けじゃないか」


 たしかにここのトイレは、作業員用のものを用いていた。共用であるが、自分で掃除をする手間はいらない。


「値段は?」


「実は、売り物じゃない。値段設定もなにもないのだ」


「この部屋がいい。ここに決める」


 男は、かなり気に入ったようだ。変わってるなあ、異世界の住人ってのは。

 オレはヤケクソで、試しに言ってみただけなんだが。

 仕事道具をここに入れに来たドワーフが、足を止めた。


「どうしたってんだ? まだダンジョンは解体中だぜ?」


「ああ、実は」


 オレは、事情を説明する。


「というわけなんだ。さっそく、このダンジョンを使いたいって人が現れてな」


「わかった。じゃあ見繕って、こんなところかな?」


 ドワーフの大将が、ソロバンを弾く。


「これでいいか?」


 ドナが、男に値段を提示した。

 男は、うなずく。


「条件に不備は?」


「ない。バッチリだ」


 いや、居住区としてはかなりダメダメでは? キッチンも寝床もないんだぞ?

 パーカーの男性が、書類にサインをする。


「では、金を払うとしよう。だれに払えば? 魔王ドナ殿にか?」


「いや。ここにいるヤマモト・カズヤに支払ってくれ。彼がこのダンジョンの大家だ」


 オレが?


「待ってくれ。オレでいいのかよ? あんたの顧客だろ?」


「違う。お前の初めての客だ。お前が機転をきかせたおかげで、彼は我が社の不動産を買ってくれたんだからな」


 そこまで言われたら、受け入れざるを得ないな。


「オーナーのカズヤだ。よろしくな」


「わかった。ニンゲンのカズヤ。これを受け取ってもらう」


 オレの手に、召喚士は赤い棒状の宝石を握らせた。崖に刺さっていたやつだ。


「これは?」


 たしか、ドナもドワーフになんか渡していたよな。その石も、こんな形だった。


「ダンジョンポイントだ」


 ああ、ネット小説で読んだな。ダンジョンを拡張するために使う、トークンみたいなやつだろう。


「このポイントを使えば、ダンジョンのリフォームが可能になる。大事に使うといい」


 定期的に、ダンジョンポイントは提供されるという。管理するダンジョンが増えたら、マスターからさらにポイントを獲得できるらしい。


「ポイントは基本的に、ボクのようなマスターから二つもらえる。一つは換金用。もう一つはダンジョン拡張のために使うといい」


 オレはドナにお伺いを立てる。もらってもいいのかと。


「私にしてみれば、ポイントの一つや二つ、好きにしてもらってもいい」


 許可はおりた。


「換金に使うなら、私がしてやろう」


「いいのか? ありがとうな」


 普通に暮らすだけなら、ポイントを二つとも金に替えるべきだろう。

 ただ、こんな面白い生活が目の前にあるんだ。生きるためだけに、ダンジョンポイントを換金するのはもったいない。


「ダンジョンは、ポイントでも買えるのか?」


「いや。現金が必要だ」


 だったら崖を売った金は、ダンジョン購入に使うほうがいいかな。


「一つだけ、金にするぜ」


 オレはポイントを、ドナに一つだけ渡した。

 一ポイントにつき、サラリーマンの給料くらいか。これは、生活費行きだな。


「わが呼びかけに応じよ、ボーンゴーレム!」


 ダンジョンの中央に向けて、男性が手をかざした。


 ゾンビだかスケルトンだかのような魔物が、洞窟に現れる。攻撃してくる様子はない。


 この人は、召喚士か。


「よし。これでゴーレムの研究ができる。誰にも邪魔されんぞ」


 一人で、趣味に集中したかったのか。


「でも、ここってエンカウント部屋でしょ? 冒険者とかが湧き出すのでは?」


「それでいい。モンスターの訓練が目的なのだ」


「メシとかどうするんだよ?」


「そこだ。地球には、これがある」


 召喚士が、スマホを操作する。

 数分後、デリバリーのざるソバがやってきた。


「あのー。住所はここでいいんですよね?」


 バイクを崖の下に止めた女性ドライバーが、困惑している。


「よい。支払いはカードで」


「はい。まいどー」


 出前のバイクが、去っていった。

 ほうほう。もう料理は自分でせず、デリに任せるのね。

 しかし、数が多いな。聞くと、オレと魔王の分だという。


「お近づきの印に、三人分用意した。そっちにいるガイコツは、いらないんだよな? ボクはアンデッド使いだから、わかるぞ」


「はい。ワタシは魔王様からエネルギーをもらって、活動しておりマス」


 魔王の側近であるガイコツが、召喚士の呼びかけに首を縦に振った。

 しゃべるのかよ。このガイコツは。


「でも、フロなしキッチンなしだと、不便じゃないのか?」


「風呂は、回復の泉が設置予定だから、そこで入る」


 この世界の回復の泉は、大衆浴場のような扱いらしい。


「数日に一度しか入らないから、回復の泉もシャワーのみでいい」


 あんまり清潔ではないが。研究者って、そんなもんなのか?


「キッチンがないってなぁ」


「台湾のアパートだと、キッチンが元々ついてない状態で売られているぞ」


 魔王ドナが、ソバをすする。


「マジで?」


「共働きが当たり前な国だからな。料理ができる家庭の方が、台湾では珍しい。外食が基本だし、リッチ層はお手伝いさんを雇う」


 最近だと、海外どころか日本でも、キッチンなしのアパートは増えてきているとか。どうせ自炊しないなら、はじめからキッチンスペースを捨てて家賃を安くするのだという。


 召喚士は、とにかく手狭な場所を求めていた。キッチンがなくてもいいから。


「だからキッチンなしの物件を当たってみたが、どれも埋まっていてな」


 地球のデリは、いたれりつくせりだからな。キッチンなしでも、やっていけてしまう。


「電源があるから、食料の保温や保存も効く。通販やデリを利用して、過ごすことは可能だ」


 彼みたいな生活力のない人間は、自炊の方が高くつくらしい。料理するくらいなら、研究に時間を割きたいとも。


「どうやって暮らすんだ? 稼ぎとかは?」


「じきにわかる。来たぞ。いけ、ゴーレム」


 オレの後ろにある床が、せり上がってきた。


「おっとっと!」


 慌てて、オレはソバをこぼさないように前へつんのめる。

 ダンジョンの床から、ガラスの壁が出てきた。壁は、マジックミラーになっている。


「安全障壁だ。こちらの声どころか存在すら気づかれない。冒険者が」


 大男とメガネの女性が、ダンジョンに入ってきた。キャンプ用の服装やリュックを装備して、手には武器を所持している。


「彼らは?」


「あの二人は、地球の冒険者だ」 


 地球に冒険者がいるなんて、信じられん。

 ただ、女性が持っているアレ、銃だよな?


「冒険者ギルドからの依頼で調査に来てみたら、本当にあったぞ」


「ボスまで配置しているわ」


 メガネの女性が、銃を構えた。


「情報が出回るの、早すぎないか?」


「ネット社会だからな」


 そういう問題か、っての。

 もっと聞きたいことがあったが、今は二人の戦闘に夢中になってしまう。

 銃声が、ダンジョンに響き渡る。


「案外、うるせえなぁ」


 オレは、耳をふさいだ。


「本物の拳銃だからな。一般人が所持できる限界とはいえ、威力はそれなりだろう」


 あれ、ホンモノなのかよ。

 銃弾を打ち込まれ、魔物がよろめいた。

 そこに、剣士が切り込む。あの剣も、サバイバルナイフなどではなく、コスプレショップに展示されているような剣だ。


「あんなので、魔物に通じるのか?」


「通じるぞ。ホンモノの買い方は、今度教えてやろう」


 剣を受けて、魔物が消滅した。


「え、負けちまった!」


 魔物の亡骸から、冒険者がアイテムを漁る。


「おお、いい感じじゃん」


「そうね。これで一週間は暮らしていけるわ。でも、武器が壊れてしまったわね」


「しばらくは、ダンジョン探索以外で食っていかないと」


 宝石を手に入れて、立ち去る。


「終わったか。再生。ボーンゴーレム」


 冒険者が去った後、召喚士は壁に手をかざした。壁を地面へ埋める。再度、ボーンゴーレムを召喚した。


「召喚装置が見えていたのに、破壊しなかったな?」


「狩りが目的だからな。レベル上げか、財宝発掘が目的だったようだ」


 ドナが、あの冒険者を見立てる。


「地球の冒険者と戦って、データを取る。戦闘で得た資料を、我が上司である魔王に提供するそれが、ボクの仕事なのだ」


 この召喚士の仕事は、アンデッドモンスターのデータ提供だという。


「え、地球にも冒険者がいるのか?」


 知らなかった。


「各々の陣営の発展を目的に、魔物側も人間……冒険者側も動いている」


「地球にいる冒険者の目的は?」


「基本的に、調査だ」


 古代文明の発掘。地球に害をなす魔物の撃退。異世界に飛ばされた人の救出など。

 なるほど、オレのような生身の人間には、荷が重すぎる。


「なにも教わっていないんだな。善子も冒険者なんだぞ?」

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