「別班」2

明日出木琴堂

ミッション「ダークウェブ」

近頃は本当に便利になりました。

昔のブラウン管テレビの時代に「電話一本でお買い物…。」などと便利さをアピールしたコマーシャルがありましたが、今日では、会話する必要も無く、指先ひとつで何でも買い物が出来る時代になりました。

これは偏にインターネットの普及によるもの。

インターネットは、1960年代頃からアメリカで研究されてきた「複数のネットワークを相互接続したネットワーク」の事であり、当初は狭域での接続が精一杯でしたが、今日では、世界最大規模の情報通信網となっています。

1980年代の終わりには商用インターネットの接続が開始され、1990年代初頭にはマイクロソフトのウインドウズの販売もあり、一般にもインターネットが普及することになりました。

この時期、インターネットは「アメリカが軍事用の回線として考案し実施されたものだ。」と、言う話が出回りましたが、これは正式に否定されています。


1990年代から実用された光ファイバー海底ケーブルによってインターネットで大量の情報を送れるようになると、タイムラグなく国際間の通信が可能となりました。

現在、インターネットにおける国際通信網の95%は、海底ケーブルが担っています。

しかし、海底ケーブルを中心とした通信網の拡充は違う問題も引き起こしています。

それは、海底ケーブルの切断です。

海洋生物による事故的切断もありますが、人為的工作による切断もあります。

各国の情報通信が海底ケーブルに集中すればするほど、それを壊せば情報を停止させられる事が出来るのです。国や地域を一瞬にして停滞させる事が出来るのです。

また、中継点や海底ケーブルの地上露出点からの情報の盗難も発生しています。

過去、国家の重要機密が盗難にあう事件も発生しています。

海底ケーブルにおける盗難防止対策は進歩してはいますが、今日でもウイークポイントであることは間違いないのです。

今現在、情報通信網を失うという事は、国家の死活問題につながる事なのです。

それ程、現代社会においてインターネットでの情報通信には価値があり最重要なものとなっているのです。


インターネットの世界的な普及に一役買った事柄として、コンピュータの2000年問題(Y2K・ミレニアムバグ)も上げられるでしょう。

マイクロソフトは1998年にパーソナルコンピュータ用のオペレーティングシステムの「ウインドウズ98」を発売しました 。

このソフトにより初心者でも簡単にコンピューターを操作出来るようになりました。

そして、この2000年問題(Y2K・ミレニアムバグ)の世界規模の風評を期に、1999年、世界中で一般のパーソナルコンピューターの買い替え、新規所有の拡大、普及が起こり、インターネットは更に認知されるようになりました。

今から思えばコンピューターの2000年問題(Y2K、ミレニアムバグ)すら、インターネットを普及するために仕掛けられた事のように思えてなりません。


インターネット黎明期、日本ではインターネットへの接続はアナログ電話回線を使用していました。アナログ電話回線を使用した有線インターネットは通信ロスが多く、通信速度も遅く、1ページを開くのにも数分かかるという有り様でした。

それでも真新しい通信網は、日本の人々を夢中にさせました。

しかし今では、無線基地局、Wi-Fi基地局、光回線、…等々、通信網施設の進歩、増設に伴い、スマートフォンのような小さなデバイスでも、テレビや映画といった高画質の動画の大容量受信が可能になりました。

それだけではありません。

この革新的な小さなデバイスは、電話であり、カメラであり、アルバムであり、辞書であり、ステレオであり、レコーダーであり、クレジットカードであり、医者であり、銀行であり、身分証明であり、…等々、ドラえもんの万能ポケット如くなんでもありなのです。

もう、スマートフォン、タブレット、パソコン、1台あれば生活の全てが賄えると言っても過言ではない時代の到来です。

反面、もうこれらが無ければ生きていけない時代の到来となったのです。


それら今の時代の礎となるものが、インターネットなのです。


私たちは、インターネット経由でこの世の有りと汎ゆる情報が貯蔵されている無限の空間に接触することが可能になりました。

しかしながらその無限の空間は、法的秩序の無いに等しい空間であり、一度書き込まれれば入れ墨の様に二度と消すことができない空間であり、インターネットに病巣の様に、広大に深淵にはびこっている空間だったのです。

そして病巣には何時しか、明確な階層も出来ていたのです。


空間の最上部は、自由に規制なく誰もが接触出来る「サーフェスウェブ」と、呼ばれている場所があります。

その下にインターネットの9割から9割5分を占める「ディープウェブ」と、呼ばれる空間。

そして、ディープウェブ内部の最下部には「ダークウェブ」と、呼ばれる立ち入り困難な領域が存在しています。


一般的にディープウェブと言うと、危険な場所という印象を受けますが、ほとんどは犯罪に直結するものではないのです。

サーフェイスウェブでは、規制無くコンテンツの認証情報の入力画面までは接触できます。

しかし、その先の接続に認証情報が必要なコンテンツは、もうディープウェブということになります。


例えるなら、有料の動画配信コンテンツ。

入口の「ユーザー名・パスワード」のページまでは自由に接触可能です。このページはサーフェイスウェブにあたります。

このページ以降は認証情報の入力が必要となります。認証情報を入力し、承認を受ければ、次のページへと進めます。

この開放されていない次のページからはディープウェブとなります。


そしてディープウェブの最深部には、簡単には接触出来ない、特別なソフトを使用しないと接触不可能な領域が存在します。この最深部には、コンテンツへ接続する際の匿名性、追跡回避、サイトの匿名性が意図的に施されています。このディープウェブ内の閉鎖的領域がダークウェブです。

インターネットを用いて良からぬ事を考えている者にとっては、ダークウェブの匿名性、追跡回避はとても有用です。そして実際にサイバー犯罪に利用されています。

現在分かっているだけでも、ダークウェブでは、違法薬物、銃火器、マルウェア、多種多様な個人情報、臓器売買、詐欺、児童買春、児童ポルノ、人身売買、誘拐、身代金の受け渡し、殺人依頼、…等々、が販売されていました。

この様な闇市場がインターネットには存在しているのです。




『ここに…?!メール…。』開きたく無いですね…。嫌な予感が…。

パチ・パチ・パチ。パチ・パチパチ・パチ。

『やっぱり…。』

内容は緊急召集でした。


予備自衛官の僕に緊急召集のメールが送られてきたとなると…、良いことは想像しがたいですね。

『とにかく、召集日までに身繕いをしておかないと…。』

取り急ぎ、伸ばし放題の髪と髭を散髪屋できれいにしてもらい。

長年にわたりクローゼット内で肥やしになっていたジャケットとズボンをクリーニングに出す。

動くかどうか分からない TOYOTA 4RUNNER に火を入れてみる。

『動いたァ…。助かったァ…。』

これで呼び出しには車で行けます。

仕事柄、引きこもりのような生活を送ることが多いので、急な外出は本当に困ります。


僕は、金色の TOYOTA 4RUNNER を目的地のある新宿区市谷に走らせながら思っていました。『面倒でなければいいんですが…。』と…。


元々、僕の専門分野はコンピューターネットワーク。

コンピューターネットワークとは、複数のコンピューターとコンピューターを接続する技術。または、接続されたシステム全体。を指します。

コンピューターシステムによって実現される接続や通信の総体が、コンピューターネットワークであると言えます。

コンピューターネットワークで最も大きなネットワークがインターネットです。

インターネットには世界中のコンピューターやスマートフォンがつながっていて、様々なやり取りが自由に出来るようになっています。

そして、自由である事で様々なトラブルを生んでいる事も事実です。


予備自衛官である僕の公然の肩書は、非常勤特別国家公務員、防衛大臣直轄、自衛隊サイバー防衛隊、ネットワーク運用隊となります。


僕に緊急召集が来たとなると、どこかがサイバーテロかサイバー攻撃を受けたのかもしれません。

基本、日本におけるサイバーテロ・サイバー攻撃に対応出来る人員の不足は否めません。

日本にサイバー攻撃を仕掛けてくる国家は最低でも1万人規模のサイバー部隊を持っています。

かの大国ともなると20万人規模でサイバー部隊が構成されています。

それに引き換え、我が日本のサイバー攻撃に対する体制は、自衛隊サイバー防衛隊500人そこそこ。

なので、僕のような引きこもり予備自衛官にまでお声がかかってしまいます。


今回の緊急召集がサイバーテロ、サイバー攻撃からのものであれば、思いもよらぬ事態を想定し、被害を最小限に抑える必要があります。


「サイバーテロ」とは、ネットワークを対象に行われるテロリズムのことです。

サイバーテロは、高度なコンピューター技術を悪いコトのために利用する人間(クラッカー)が行うコンピューターウイルスの大量発信や大規模なコンピューターシステムの破壊、改竄行為を指します。特に何らかの集団によって社会的・政治的理由に基づき発生すると考えられています。

サイバーテロではしばしば、企業や団体の思想信条の批判から大量のデータを送り、システムが正常に作動しなくなるよう仕向けるDoS攻撃が行われます。

この攻撃は、ウェブサイトへの接続超過でウェブサイトの閲覧不可能な状態を引き起こします。

また、コンピューターシステムの破壊、改竄を行い、何らかのメッセージを残す場合もあります。


「サイバー攻撃」とは、ネットワーク使用した破壊、改竄行為全般を指していて、思想信条を背景としたテロリストが行うサイバーテロ行為だけでなく、軍隊・情報機関による高度なコンピューターシステムの破壊、改竄攻撃から、未成年者などの愉快犯が行う比較的軽度のものまで幅広く含まれます。


こんな事案が発生した場合、公な予備自衛官としての僕の役割は、防衛情報通信基盤の維持、運営、及び通信の監査になります。

表向きの僕が緊急召集をかけられるとなると、盛大なサイバー攻撃が行われたかもしれないと、考えざるを得ないです。

近年では、対話型AI(人工知能)が急速な広がりを見せている中、AI(人工知能)技術を悪用したサイバー攻撃への懸念も生まれています。

技術を持たない攻撃者が、AI(人工知能)の力を借りてサイバー犯罪を実行できてしまう可能性があるのです。

出来ればAI(人工知能)が犯罪に使われる日が来ない事を祈るしかないのですが…。


新宿区市谷の目的地である市ヶ谷駐屯地に到着した僕は、駐屯地が騒然としていないことにかなり拍子抜けしました。

もっと緊張感が漂ってているものだと勝手に思い込んでいました。


駐屯地で僕が案内されたのは、ごく普通の小会議室。サイバー対策室ではありませんでした。

ドアも壁もどこにでもあるごく普通の代物です。どう考えても、こんな場所では秘密裏にサイバー攻撃への対策は不可能です。

いくらでも「盗聴でも攻撃でもして下さい。」と、言わんばかりです。

この緊張感の欠片もない雰囲気に僕は少し胸を撫で下ろしました。

ただ、小会議室に置かれている、ここには全くそぐわない機器を除けば…。


小会議室のホワイトボードには、この一見、場違いにしか思えない機器に対する【使用上の注意】と、僕に対する【心構え】が、事細かにびっしりと書かれていました。

『なるほど。そういう事ですか…。この不釣り合いの機器は最先端の通信機器なのですね…。全て、承りました。』読み終わって「やっぱりね。」という感じです。


そんなことを不貞腐れつつ思っていると、10人程のスーツ姿の男性が狭い小会議室へ入室してきました。一気に狭苦しくなりました。息苦しいほどです。

その中の何名かはSP(セキュリティーポリス)らしき人物で、何名かは官僚らしき人物でした。


そして、最後に入室してきた人物を見て僕は驚きました。


時の総理大臣だったのです…。


総理大臣は10人程のスーツ姿の男性に囲まれると、おもむろに静かに話し始めました。

「忙しい最中、本日は緊急にお呼びだてして大変に申し訳ない。しかし、本国の重要人物を巻き込んだ不可解な事態に、貴方の叡智をお借りしたいのです。」と、殊の外神妙に語り出した。

「わざわざこのようなセキュリティ対策も万全にされていない小会議室で難しい案件の話をするのにも訳がある。それは、変に勘繰られないようにするためです。余計な詮索を避けるためです。」彼の話は、かなり高度な心理戦を仕掛けているような内容です。

『ここでの事は漏洩しても全く構わないが、真実でないことが広まることは避けたい。』ってとこでしょうか…。少しばかり緊張が走る話になってきました…。

「私の前置きが長くなるのも良くない。本題に入らせてもらう。」と、彼はスーツ姿の男性の一人を指差しました。

その指名を受けたスーツ姿の官僚風の一人が喋り始めました。

「先ず、こちらの動画をご覧下さい。」と、タブレットを渡されました。

動画はどこにでもある町中のコンビニエンスストア前の交差点の映像が映っていました。

交差点の横断歩道には10歳程の少女が一人映っています。

彼女の左手にはリードが握られていて、白い小さな犬がつながれています。

犬の散歩中のようですね。のんびりとしています。かなり閑静な場所のようです。

少女も小さな犬も信号の変わるのをおとなしく待っています。

しばらくすると、少女の右側から白いスポーツカーが問題無い速度で交差点に進入してきました。

白いスポーツカーは横断歩道に差しかかって、何事も無いように少女の前を通過していきます。

白いスポーツカーが通り過ぎた刹那、横断歩道の少女が地面に向かって何かを叫んでいる姿が映し出されました。

監視カメラの映像のため、画像が鮮明でなく、それ程大きく映っていなかったので分かるまでに時間を要しましたが、少女の連れていた小さな犬が変な形で車道に倒れています。

この後も少女は気が狂ったかの様に大きな身振り手振りで何かを叫び続けています。


動画はこのような内容でした。1か月程前から、いろいろな動画サイトに投稿されていた動画ですね。僕も何度か垣間見た覚えがあります。

「見て頂いた通り、監視カメラの映像です。」やおら官僚風な男性が静かに話し始めた。

「画像があまり良くないので、ご説明させていただきます。」

懇切丁寧なことです。

「端的に申しますと、交通事故の映像です。信号待ちをしていた犬が車に轢かれた対物事故の映像です。」

あの犬はあの白のスポーツカーに轢かれていたんですね…。

「犬を轢いた車はそのまま走り去りました。」

引き逃げ物損事故なんですね。

「後日、逃走車両、及び運転手は監視カメラの映像から判明。事情聴取を受けましたが、運転手は犬を轢いたことに全く気づいていなかったようです。」

そうなんですね。痛ましい話です。

「運転していたのは男性、91歳。元、A国駐箚日本国特命全権大使○○閣下。」

元、閣下ですか…。かなりのご高齢ですね…。

「この監視カメラ映像が何故かインターネット内の様々なサイトに投稿され、○○さんの個人情報の流失から上級国民非難的な誹謗中傷が起こる状況になり…。」

そんな事が起こっていたんですか…。

「心労からか、○○さんは先日急逝されました。」

これはこれは、残念なことです。

「○○さんは、高齢もあり、日頃から杖をついて外出していました。その際には、警察による警備が同行することになっていました。」

引退されていても警護が張り付いていたのですか…。重要人物扱いなのですね…。

「体調が良く、天気の良い日は、お一人で愛車の白のポルシェを運転するのが趣味だったようです。」

それはそれは。

「○○さんは、安全運転を心がけておられたようで、運転免許は違反歴は無く、ゴールド免許。」

なるほどなるほど。

「今回が最初で最後の違反になりました。」

いやはや。いやはや。

「…。」

しかし、これ以上、官僚風のこの方からのお話しはありませんでした。

仕方なく「えっと…。それで、僕の呼ばれた理由は?」と、間を埋めると…。

「この動画を徹底的に調べていただきたいのだ。」と、総理大臣が声を発せられました。

「この動画におかしな点でも…?」僕は構わず総理大臣に質問しました。

「分からん。無ければ無いで良い。有れば有ったで、徹底的に調べてもらいたい。」

「何か引っかかる点があるのですね。」

「そう取ってもらって結構。」

「承知致しました。では、徹底的に調べさせていただきます。」

「よろしく頼む。」


次の日から僕は、市ヶ谷駐屯地で、この小会議室に置かれている繫華街にあるような雰囲気を纏う最先端通信機器を使って動画の調査に入りました。

先ず一番に調査したのは、動画が加工されているかどうかです。

動画をコピーしAIフィルターにかけます。動画に人為的、作為的な部分があればその画像が弾き出されます。

しかし、この動画には加工の痕跡は見つかりませんでした。


次に動画の画像解析度を上げます。

ごく普通の町中にある監視カメラの汚れたレンズで撮られた映像のため画質は決して良くはありません。

そのため、このまま拡大しても細かいディテールを明確には出来ません。

ですので、AIによる画像の解析を行ないます。画像の不明瞭な箇所をビッグデータを用い補修、補完してもらうのです。

これにより、少女の顔も少女が連れている犬の種類も白いスポーツカーもはっきりしました。

少女が連れているこの犬は白いチワワでした。

白いスポーツカーはポルシェと聞いてはいたのですが、ポルシェ914だったのですね。良くも悪くもかなりレアな車種ですね。

動画の隅々まで明確に出来た後、コマ送りにして画像に微妙な違和感がないか、ひとコマひとコマ、自分の目で確認していきます。コマ送りの間隔をどんどん狭め、何度も何度も確認します。

AIに分析させれば速そうなものですが、AIは、間違い探しのように比較するデーターがないとおかしな部分を抽出することがまだ出来ないのです。

ですので、現段階では、人間の目で調査する方が時間はかかりますが、確実なのです。将来的には取って代わられるでしょうが…。


何度かコマ送りの映像を見ているうちに、ほんの少し違和感を覚える画像を見つけました。

そのコマは、白のポルシェ914が少女たちの前を通り過ぎるほんの一瞬の画像でした。

少女の白いチワワがヨタヨタ、一歩二歩と走るポルシェ914に向かっていくよう動いていたのでした。

『なぜ?走っている車に…。』


僕はペット事情には疎いのでインターネットで調べてみました。

飼い犬の習性として、飼い主の命令は絶対のようです。

飼い主が「待て。」と、命令すれば、じっと待っています。

飼い主が「止まれ。」と、命令すれば、動くこと無く止まっています。

なのに、少女のチワワは飼い主である少女の命令に背いて動いています。

どんなに興味引かれる物があったとしても、飼い犬にとって飼い主の命令は絶対です。

中には躾の悪い飼い犬もいます。しばしば、そういう飼い犬は【車追い】という行動をとるようです。

これは犬の本来の本能らしいのですが、動くものを追っかけるという習性だそうです。

その習性から自転車や自動車を追っかける飼い犬は少なからず存在しているようです。

しかし、追っかけるのであって、ヨタヨタと向かっていくのではないのです。

『この犬の行動はおかしい…。』

まるで投身自殺するみたいですね…。

『この辺りから調査する必要がありそうですね…。』


ここからの調査には僕の得意分野を使う必要がありそうです…。

この小会議室にある子供心をくすぐるデザインを施された最先端通信機器は見た目と違ってとても優秀です。僕を直ぐに住処まで連れていってくれます。

そう。僕はインターネット内のダークウェブを住処にしている探偵です。それが民間人としての僕の仕事です。この界隈では、そこそこ有名なんですよ。

小会議室にある今にもけたたましいデジタル音楽を奏でそうな最先端通信機器は、僕が行きたい階層に瞬時に連れて行ってくれます。

ダークウェブの上層に開いている通称【情報屋】に寄ってみました。

「TOM it C」これがこの界隈での僕の名前です。

The Old Man in the Corner と言う小説から取りました。飲食店の隅にジッと座ったまま事件を推理していく老人の話です。僕の仕事もこのような感じでやっているもので…。

〈いらっしゃい。〉

「国内のペット関連で変わった動きは?」

…。

〈ペットショップ。〉ペットショップ?何があるのでしょうか…。

「最近のペットショップの動向を教えて。」

…。

「ここ暫く、外資系ペットショップチェーンが関東各所に大量出店。」外資系?大量出店?ペットブームなんでしょうか…。

「どこの国の資本?」

…。

〈C国。〉C国ですか…。少しキナ臭くなってきました。

「何か問題点はある?」

…。

〈今のところは別に。〉

「何か引っかかる点は?」

…。

〈市場価格よりも30〜40%価格が安い。それぐらい。〉

「ありがとう。今、支払ったから。」

…。

〈確認した。またのお越しをお待ちしてます。〉


C国系のペットショップですか…。では次は、車に轢かれた犬を少女がいつ、どこで購入したかですね…。

僕は再度、深層へ潜行して通称【何でも屋】に仕事の依頼へいきました。

「TOM it C」

…。

〈TOM it C、いらっしゃいませ。〉

「仕事依頼。」

…。

〈どのような?〉

「この動画の犬をどこで買ったか調べてもらいたい。」現在までの経緯、調査依頼内容、…等々を、詳細に記したメッセージと監視カメラの動画ファイルを一緒に送信した。

…。

…。

…。

〈承りました。報告はメールにて。お支払いはいつも通りでお願いします。〉

「よろしく。」


10分程で【何でも屋】から報告が入った。

〈画像の犬は少女の住む家の近所のペットショップにて2カ月前にクレジットカードにて購入。

ペットショップは3か月前に新規開店。

開店記念セールと称して、一般的市場価格の半値で販売。

クレジットカード名義は少女の父親。

引き渡しまでに検査、各種のワクチン接種、登録証明書、…等々、を行い3日後に飼い主へ引渡し。

これらペット購入に関わる必要経費はペットショップ側が負担している。

検査、各種のワクチン接種はペットショップと提携の獣医で。登録証明書は外資系ペットショップチェーンが発行。

このペットショップは、C国資本のペットショップチェーンの系列店。〉

また出てきましたね…、C国。この界隈ではここ最近のトレンドはC国なんでしょうか…。

それにしても、過剰なほどのサービスですね。どうしても「買わせたい。」という感じですかね…。


僕は【何でも屋】に料金を支払い、

再度、深層への潜行をを繰り返しました。

次の僕の目的地は通称【ダイビングショップ】です。

ここは通称通り、どこにでも潜ります。企業、銀行、証券会社、公官庁、…等々、程度のデーターベースなどは日常茶飯事。それが厳重なセキュリティーのかけられた国家機密の収まったホストコンピューターの中にでも…。

「TOM it C」

…。

〈TOM it C、お久しぶり。〉

「ダイブの依頼。」

…。

〈内容は?〉

「C国資本のペットショップチェーンを詳しく調べて欲しい。」

…。

〈松・竹・梅のどのレベルで?〉

「特上で…。」

…。

〈了解。24時間頂きます。報告はメールで。支払いはいつも通りで…。〉

「よろしく。」


次の日、市ヶ谷駐屯地の小会議室に入り、ボタンとジョイスティックを操作して超優秀な最先端通信機器を立ち上げました。

夜の間に【ダイビングショップ】からのメールは来ていました。

僕は取り急ぎ、メールの内容を確認し、【ダイビングショップ】への支払いを済ませました。

【ダイビングショップ】は、ペットショップチェーンのコンピューターへ侵入し、削除されていた通信履歴を復元、暗号化されていた通信内容を解読してくれていました。

『なるほどですねぇ…。』


【ダイビングショップ】からの報告を要約すると、

〈C国資本のペットショップチェーンをベースにした極秘ミッション。

ペットを用い事故を装った日本の要人暗殺の計画。

方法は、現代では禁止されている脳手術と現代のマイクロチップ技術を使用。〉と、いうことでした。

到底、現実味の無い内容だったのですが、あながち信用できない話ではありませんでした。かの国は何をやらかすのか分からないからです。

ただ、簡単に信用して判断出来る内容でもないのです。

だから僕はダークウェブにある通称【図書館】に行くことにしました。

【図書館】の1回の使用料金は【情報屋】や【何でも屋】や【ダイビングショップ】から比べると目が飛び出るほど高額です。しかし、それだけ貴重でそれだけ信用のおける情報を持ち合わせているのです。


「TOM it C」

…。

〈TOM it C、照会。検索ワードを入力してください。〉

「犬 マイクロチップ ロボトミー」と、【ダイビングショップ】が調べてくれた単語を羅列します。

…。

数秒で僕の目の前のモニターに犬が手術を受けている動画が映し出されました。大小様々な種類の犬が何匹も何匹も…。

術後、回復するとその犬たちはコンピューターで行動を操作されていました。

「ビンゴ!」見終わった僕は思わず口に出していました。

僕の推理はほぼ当たっていました。犬を自由に遠隔操作…。あくまで偶然の事故を装う…。暗殺の計画と方法は把握出来ました。

『かの国らしい荒唐無稽な方法ですね…。』


ただ、まだ動機の部分は不明確です。元特命全権大使が何かを知っていて口封じのために…、と、大雑把な動機の想像はつくのですが、しっかりとした確証を得る必要があります。

高額の使用料金を気にしながらも、再度、元特命全権大使の「名前」と「暗殺」というワードで検索をかけてみました。

モニターにすぐさま超有名な昔の動画が再生されました。

それは60年前の8mmフィルムの映像で誰もが一度くらいは目にしているものです。

『ん…?どう関係するんだ…?』僕には、この荒唐無稽な暗殺計画とこの60年前の8mmフィルムの映像に関連性が見出せません。

支払いを気にしながらも、僕は先ほどの検索ワードに「Z0000001 ザプルーダーフィルム」と、付け足して再度検索をかけてみました。

すると、先ほど同様の動画がモニターに流れ始めたました。そして、このフィルムのクライマックスシーン、黒色の大きなオープンカーが画面に入る寸前に一人の人物に赤い丸が描かれたのです。

その赤い丸が付けられた人物の映るシーンはほんの一瞬でした。60年前の8mmフィルムのため、画質も最悪です。


僕はこの一瞬の動画をAIに解析させました。結果、AIは思いもよらぬ答えを弾き出しました。

『ここにいたんだ…。』

AIが導き出してくれたものを見て僕は、ダークウェブにある通称【掃除屋】に連絡を取りました。

「目には目を…。」と…。





北A大陸にあるA国の白い家の一室。数人の男たちが白頭鷲の描かれたテーブルを囲んでいた。

「イイ結果デス。」

「トリアエズ計画通リデス。」

「終ワリ良ケレバ総テ良シデス。」

「ヤット虚偽ノ内容デ公開デキマスデス。」

「1963年11月22日…。60年ハ長カッタデス…。」

「イツマデモ先延バシニハデキナイデス。」

「閣下モ、アノ時、アソコニイナケレバ…。」

「余計ナモノヲ見ナケレバ…。」

「事実ヲ知ルコトガナケレバ…。」

「モウ少シ長生キデキタデス。」

「閣下トハ長イツキアイダッタデス。」

「腐レ縁ト言ウヤツデス。」

「閣下ガ死ンデ、JFKノ真相ガ世間ニ知ラレルコトハモウナイデス。」

「真実ハ闇ノ中デス。」

「今日、情報ハ改竄シテナンボデス。」

「シカシ、犬ヲ避ケテ交通事故死スル計画ガ…。」

「犬ヲ轢イテモ分カラナイトハ…、閣下モ耄碌シタナ。オドロキデス。」

「ロボトミー手術・マイクロチップデ、犬ヲ遠隔操作ハ…、ソー・グッド。」

「流石ニ噓デモ、ノーベル賞ヲ受賞シテイル手術ダケノコトハアリマス。」

「結局ハ誹謗中傷カラノストレス死…。交通事故死ト変ワラナイデス。」

「何ニシテモ、コノ一件ハ疑ワレナイデス。」

「万ガ一気ガツイテモ、C国のペットショップ…。」

「C国資本ノペットショップヲ隠レ蓑ニスルトハ…、ナイスデス。」

「奴ラハ、C国ヲ疑ガイマス。」

「アレモコレモ、全部C国ノセイト思イ込ミマス。」

「イエロー同士ノ腹ノ探リ合イデス。」

「我々ハ、痛クモ痒クモナイデス。」

「何ニシテモ、結果オーライデス。」

「ワハハハッ。」

「ワハハハッ。」

「ワハハハッ。」





この数日後、何故かA国の白い家で飼われている大統領の愛犬3頭が不審死を遂げていた…。





市ヶ谷駐屯地。ごく普通の小会議室内。

「ここ数日、ここ使ってた奴、もういなくなったのか?」と、総務部の施設管理担当の先輩隊員が掃除をしながらぼやいた。

「はい。もういないようです。」と、同じく総務部の後輩隊員が掃除をしながら応える。

「いったい、何やってたんだろうねぇ…?」

「自分も分かりかねます。」

「本当、分かんねぇよな。」

「はい。」

「えらく気味悪かったよ。」

「はい。」

「こんなしみったれた場所で…。」

「はい。」

「禿散らかした爺さんが…。」

「はい。」

「一日中、アーケードゲームやってんだぜ…。」



自衛隊には非公然部隊「別班」という一騎当千の秘密諜報工作部隊の都市伝説が存在する。






おわり





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