第3話 木村のオムライス

「あー…面白かった、今日は」


17時、退勤して帰路につく。

今日は疲れた、本当に疲れた。

でも正直、面白かった。


こうして木村を待ってたのも。

決して愚痴るためじゃない。


「なにが?ああ、あの子か…結局なんだったんだか」


「鬼電、やばかった」


「は?マジで?」


「うん、めちゃくちゃ怒ってた」


「…」


「まさか、お店の番号とは思わないって」


「…まさか、おれの番号だと思ったって?」


「そうみたい」


「どんなだよ…」


キモチはわからなくもない。

わたしも、謎だったから。

仕事の合間に掛かってくる鬼電も。

ぜんぜん要領を得なかったし。


「でも、たぶんわかったよ」


「なにが?」


どうかな。

合ってるかはわからない。

わたしと同じなのか、違うのか。


「喜んだり、悲しんだりの理由」


「マジか」


「あの子が喜んだのは、木村のオムライスだから」


「…うん?」


「あの子が悲しんだのは、マスターのオムライスだから」


「えぇ…そんなことある?」


「ある、と、思う」


同じなら、そう。

だって。

木村の作る料理は、心にくるから。

言わないけど。


「…ふーん」


「鬼電のとき、それの10倍はあったよ。鼻息」


「…オムライスごと飛んでいきそうだな」


「なにそれ、さすがにむりでしょ」


そう言って、わたしは笑う。

そうだ、


「木村」


「なんだ?」


「今度、オムライス作ってよ」


「まかないにないメニューなんだが」


「お・に・で・ん」


「…わかりました、おごりますよ」


「やった!ごちー」


「はぁ…」


木村の作るオムライス。

わたしの鼻息も荒くなるのかな。

今から楽しみで仕方ない。


「そうだ、木村」


「はいはい、デザートもお付けしますよ」


「ちがくて、鬼電の彼女」


「ああ…それが?」


「シフト教えといたから。ピンポイントでくる、たぶん」


「…え?マジで?どうすんのおれ」


「しらないよー。しょうがないじゃん、さすがにあれは仕事になんないし」


「まぁそうか…どうしようなぁ…」


「オムライス以外もオススメしてみたいけど」


「…オムライス以外食うの?」


「まかないとか?」


「働いちゃってるじゃん」


「あはは、それも楽しそうだけどね」


実際そうなるんじゃないかって。

わたしは思うけど。

どうかな?

まかないでも、鼻息荒くなるのかな?


「そういや金子」


「なに?」


「実は黙ってたことがあるんだが…」


「デザートで手をうつよ」


「あいよ。あのな、金子…」


「うん」


「まかないのとき、ちょっと鼻息荒い」


「うそ?!わたし? 」


うそ、うそでしょ。

待ってよだって。

もう、1年も…食べてる。

食べちゃってるよ、まかない。

木村の。


…ずっと、鼻息。

ふんすふんすしてたの?

わたし。

あのこみたいに…?

あー…


「マジだ。で、オムライス…ほんとに食うのか?」


それ、まかないより。

酷くなると思ってる?

鼻息。

たぶん、そうだ。

実際そうなる、かも。

でも、


「食べる」


食べたい。

食べるに決まってる。

だってもう、手遅れだ。

わたしは、もう。

木村に胃袋を掴まれてる。

2年前から、とっくに。

言わないけど。


「先帰るね。おつかれ木村!」


返事は待たない。

ここはとりあえず撤退。

撤退しよう。

頬の熱ヤバいし。

誤魔化せそうにないから。

たぶん、真っ赤になってるから。


あの子にもだれにも。

木村は渡したくない。

がんばらなきゃ。

がんばろう、わたし。

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