第6話 ここから
──空から君の声が聞こえなくなって何日経つのだろう……僕が君の事を好きだという事を抜きにしても、少なからずあの声に励まされたり、寂しさを紛らわせてもらっていたんだろうな……
頭では違う……大丈夫……と思ってはいても、不安が胸を締め付ける。
僕が行った所で何か出来る訳でもないんだけど……
でも、大聖堂まで行ったら姿が見えるかも知れない、もし見れなくても何か情報が入ってくるかも……
でも、でもな……
「アル……アル!」
僕がウジウジと悩んでいると階下から父さんの声が聞こえる。
はーい…….
僕が返事をして一階に降りて行くと、いつも柔和な笑みを湛えている父さんが珍しく真剣な表情をしている。
何かあったんだろうか?
最近パン屋を変えたのがバレたのだろうか?
でも、そんな事で父さんは怒らないだろう……
「アル……大丈夫か? 何か心配事があるなら聞くよ?」
どうしたの? 大丈夫だよ? 僕は大丈夫。
「ひどい顔をしているよ……」
父さんが僕の顔を両手で包む……それで僕は自分が下を向いていた事に気付く。
「大丈夫。辛い事があるなら吐き出してしまいなさい。父さんが聞いてあげるから」
優しく父さんが僕を抱きしめてくれる……それで初めて自分が震えている事に気付く。
あっ、あぁ……
父さんの肩をいくつもの雫が濡らしていく……
「アル……ごめんよ。父さん本当は気付いてたんだ。でも……気付かないフリをした。アル……アルも本当は気付いて……」
「──がっ……ちがっ……」
反射的に喉から音が漏れた……声にならない嗚咽みたいな音が……
違うんだ……違うんだ。そんな訳ない。そんなはずない。違う。嘘だ……間違いだ! 間違ってる……嘘だ! 嘘だよ! 違う……違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!
どんなにどんなに否定しても、透き通る肌、こけたせいで大きく見える瞳……ひどくなっていく咳……長袖の下は?
あの日の母さんに重なっていく…………
「アル。父さんは正解なんか分からない。だけど、これはやっぱり見ない振りしていい問題じゃない。そうしないとアルの方が壊れてしまうよ。だから……行って来なさい」
「うん!」
そうさ、まだ決まった訳じゃない……ただ似てる症状なだけさ。きっと……そうに決まってる。
「行ってきます!」
僕はフィーネに返すMAPを掴むと先日作った
中央地区まで列車を待っていられない。僕はこれまた先日作った
バランスが難しいけれど、僕は実は運動神経はいい方なんだ。
ゴーグルをして、中空へ浮き上がるとスピードを上げて大聖堂を目指す。
道行く人や雑多な街並みを縫う様に走り抜け、一刻も早く大聖堂へ……
大聖堂に近づくにつれて、雰囲気が変わる……
いつもは落ち着いた街並みの中央地区が異常に人が多く、騒がしくなっている。
大聖堂へ向かう途中、聞こえてくる雑踏に耳を傾けるとどうやら病に伏せる巫女、フィーネの身を案じた信者の集団のようだった。
大聖堂の前まで、どうにか人々を掻き分けて辿り着くと何人もの教会関係者が人々の対応に当たっていた。その中に……
何度か見た事のある
「あなたは……」
目が合うと、
「……どうして来たんですか?」
「あ、あの、フィーネの容態は?」
「……まだ聴いてなかったんですね」
「えっ?」
それだけ話すと彼女はもう一言も喋らずに奥へと歩いていく。
そのまま後をついて行くと、ある部屋の前で止まりノックをする。
「アレイナです。アル様がいらっしゃいました」
「……どうぞ」
声を掛けてからしばらく待つと、か細い声が中から聞こえてくる。
アレイナと名乗っていた
部屋の中に入ると数人の治癒師に囲まれて、ベッドの上にいる少女が僕を見る。
「あはっ、アルだ……ゲホッ、ハァハァ……」
「フィーネ……」
あんなに可憐だった少女は見る影も無く、痩せこけた顔、落ち窪んだ瞳。枯れた声、所々淡く光を放つ四肢……
「あんまり見られたく……なかっ……たなぁ……」
「そんな……フィーネ……フィーネ!」
「…………ごめんねぇ、アル……ゴホッ!! ゴホッ!」
「ここまでです!」
激しく咳こむフィーネを見て周りの治癒師達が慌ただしくなる。
アレイナさんが僕を遮り部屋から押し出す。
「フィーネッ!!」
「ここまでです。今日はお引き取りを……それと、どうか巫女様のMAPに入っていたデータチップの中身を聴いて下さい」
そう言ってアレイナさんは深く頭を下げている。よく見ると震えているのが見える……
──僕だけじゃない……皆んなが……悲しんでいる……可能性は……
先日のダリルとの会話……新しくダンジョンが出来た。
最奥部にはエリクサーがある可能性も……
どんなに小さな可能性でも、何も出来なかったあの時とは違う!! 出来る事があるのならっ!!
僕は走り出す。
MAPを取り出してデータチップを再生しながら耳なイヤホンを着ける。
『あーあー、コホン。聞こえますかー? あはは、何か1人で話すのとか恥ずかしい。あははっ。あー、アル。フィーネです』
イヤホンからあの日のフィーネの声が聞こえてくる。溌剌とした鈴を転がしたような声が……
『うーんと、一体いつこれを聞いてるのかな? 渡して直ぐかな? それとも何日かしてから? 私はねー……アルは気を遣って聴かないって思う。あはは、じゃあなんでこんな事してんだってなるよね。それはね、私が死んだらアレイナに伝えてもらうからよ。あっ、アレイナっていうのは私に付いてくれてるシスターよ』
死んだら……とか言うなっ!!
僕は人々が少なくなる所まで走り、
『心残りが無いって言ったら嘘になるかな。私ってまだ若いじゃない? ふふっだからさもっとオシャレとかしたかったし、美味しいモノも食べたかった。読みたい本もいっぱいあるんだ! あとは……やっぱりデートとかもしたかったな』
何言ってんだ! まだまだこれからだ!! やりたい事あるんだろ! 諦めんなっ!!
『私ね……アルの事好き。えへっ、こんな時に何言ってんだって? でもね……今の私があるのはアルのおかげなんだ。私が歌が下手で馬鹿にされてた時や1人で練習してた時に、私の事見つけて助けてくれた。励ましてくれた! 私の声を綺麗な声だって言ってくれたの! それだけでもう嬉しくって! 私のヒーローだったのよ……』
違う……違うんだよ。僕なんだ、僕が助けられていたんだよ!! 母さんを亡くして塞ぎ込んでいた僕を見かねて、僕を元気づけるために
『だからね、今度生まれ変わったらとても丈夫な身体に生まれるのと、後悔しない為に早めに愛の告白をする事にするわ。あははっ……』
僕は、中央地区と東側地区の境にあるホテルに転がるように駆け込んで行く……
ホテルの中の人々が訝しむ目を向けてくるが、そんな事は気にしないで僕は叫ぶ。
「ウィルを!! ここに泊まっている冒険者のウィルを呼んでくれませんかっ!!」
『ホント、今更言っても遅いのにね……アル……好き。大好きだよ……今まで、ありがとね……』
イヤホンから聞こえるフィーネの声から嗚咽が聞こえてくる……
僕も人目も憚らず涙が溢れて止まらない……それでも……ホテルのエントランスの奥から数人がこちらに歩いてくるのが見える。
「あんたの能力ってすごいのね、毎回良く当たるわ……」
「ウム……まさカ、本当にこんな少年がくるとはナ……」
「シモン……あの時の子よ」
「カッカッカッ! アル少年! また会ったな!」
そこにはウィルのパーティが準備を整えて待っていたんだ……
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