第3話 天声の巫女3


 ──魔力とは想いである。


 古代の偉大な大魔導士、ヘルメス・フォン・トリスタンの言葉だ。


 僕の発明の礎になっている、ニコラ・ベルも手記で度々引用している。

 現在では魔導学全般の根底にある思想だ。


「ふんぬぅっ……」


 ところで僕は今、冷風器の魔石に魔力を充填している。

 普通ならば新しい魔光石に交換するのだが、修理中の動作確認の為の試運転用だから、直接魔力を流し込んでいる。


 魔光石を使うのと違い、直接充填は魔力のロスが多い。

 繰り返し使える様に加工した魔光石でもなければ、外からの魔力に抵抗が生まれるからだ。


 だから効率はめちゃくちゃ悪くて、一般的な魔力量を持つ僕でも1.2回の試運転分しか充填出来ない。


 冒険者とか、魔導士とかは生まれつき魔力量の多い人以外は、身体に魔力量を高めたり、効率的に運用出来る様にする"導紋"を彫ったりする人も居る。


 例えば、メリーナさんなんかはお腹の辺りと腕に蝶を模った"導紋"を彫っている。


「はぁ、はぁ、どう父さん?」


 冷風器がゴォォォォッと音を立てて動き出し、送風口から冷えた風が出てくる。


「うん、大丈夫そうだね。直ったよ、ありがとう」


 魔力を充填するには、肩で息をするぐらいには疲れるんだけど、どれだけ精一杯に想いを乗せても魔力が増えた感じはしない……


 本当に魔力は想いなのだろうか?



「あぁ……そういえば、アルが出かけてる間に夜ご飯を作ってみたんだ。一緒に食べよう」


「えっ? ……父さんが作ったの?」


 ヤバい。父さんは普段料理なんか全然しないくせに、偶に料理をしてはダークマターを生成するんだ……


「ち、因みに何作ったの?」


「ん? 塩ラーメンだよ」


 ラーメン……多分、父さんが製麺なんてする筈もないから、麺は買って来たものだろう……とすると、あとはスープ……たしかスープの素とか家にあった筈だから、流石に大惨事にはならないかな……


「じゃあ、ちょっと準備してくるからテーブルを片付けといてくれるかな?」


「う、うん。わかったよ」



☆☆☆☆☆




「はい、おまちどうさま。父さん特製の塩ラーメンだよ」


 父さんがテーブルに置いたラーメンは見た目は普通っぽい……なんなら美味しそうにも見える。ただ……


「わあい。なんだか刺激臭がするよ?」


「美味しそうだろ?」


 あれ? 美味しそうの使い方あってる?


「ゴフッ!?、」


 恐る恐る一口食べてみたが、何とも言えないしょっぱさにピリピリする刺激が僕の動悸を激しくする。


「と、父さん。このラーメンどうやって作ったの?」


「ん? 普通に作ったよ。 麺を茹でて、その間にお湯に鶏がらスープの素を入れて……」


 うんうん。普通だな……


「出汁と塩を入れて……でも、塩が少ししか無くてさ」


 ふんふん。塩が切れてたかぁ……忘れてたなぁ……


「仕方ないから水酸化ナトリウムを入れて……」


「ブッ!?」


 劇物だよ!? もう食べ物じゃないよ?


「そこに塩酸を加えて……」


「がふっ!?」


 いや、それもう人が食べていいモノじゃないでしょ?


「危険……だと思ったろう? フフフ、実はな……水酸化ナトリウムと塩酸を混ぜると中和して塩と水になるんだよ!」


「あのさ……これ、刺激臭してる時点で全量中和されてないよ……」


「……あーやっぱりかぁ。父さん料理は目分量だからなぁ。ハハハッ」


「父さん……お願いだから、もう2度と料理しないで……」


 ハハハッと気楽に笑っている父さんを見て、僕はいつか料理で殺されるかも……と静かに覚悟した。



☆☆☆☆☆




 ──ザッ、ザザッー、おっはよーございます! 本日も良いお天気です! でも夜遅くになると雨が降るかも知れません! だけど元気に頑張ろー!! ザザッー、ザザッ…………



 ──おはよう。昨日久しぶりにフィーネに出会えて幸せな気分で起きれるかと思いきや、僕は腹痛で目を覚ましていた。


 ──絶対に父さんに毒物を食べさせられたせいだ……今日はゆっくり寝ていよう……


「おーい。アル? 大丈夫かい? 何だったら朝ご飯、父さんが作ろうか?」


「えっ!? ちょっ! まっ、待って!! 今起きる! 起きた!! 起きたから!」


 身体を引きずる様にして、どうにか一階まで降りると丁度店舗のドアが開いて、カランコロンッとドアベルの軽快な音が響く。


「こんにちはー! アルいますかー?」


 開いたドアから微かな花の香りと共に、鈴の転がるような声が入ってきて、思わず入り口のドアを注視する。


「フィーネちゃん。久しぶりだね。……元気だったかい?」


 日焼け対策と変装で、いつもの純白のローブでしっかりと腕の先まで覆い、つばの広い帽子を目深に被っている。今日は色の薄いサングラスもかけている。


「はい! いつでも元気です! おじさんもお変わりないようで安心しました」


「ハハッ、ありがとう。ウィル君も一緒に来たのかい?」


「ええ、ここに来る途中に偶然出会いまして」


 フィーネの両隣りには、いつもの修道女シスターとウィルがいた。


 ウィルは目にかかる程度のブロンドの髪に端正な顔をしている。

 少し鋭い目つきは近寄り難い雰囲気を出すも、女性達……特に若い女の子達から絶大な人気があるみたい。


 実際、話してみると物腰は丁寧だし言葉は少ないが紳士的な振る舞いをするイケメンだ。


「ふふ、そうなの。アルの所に行くって言ったら、ウィルも用事があったみたい」


「フィーネ、ウィル。いらっしゃい、どうしたの?」


 フィーネがウィルを嬉しそうな顔で見てる気がする。帽子やサングラスで良く表情は見えないけれど……

 あんなイケメンを目にしたら女の子なら誰でも顔が綻ぶだろう。

 ウィルの方もいつもは群がる女性達にも一切動じなかった鋭い目が、心なしか優しくなっている気がする……


 2人の間に桃色の空気感を感じ取った僕は堪らず声をかける。

 それでも、嫉妬からかフィーネを直視できない……


「アル、おはよう! 私はアルにこれを修理して欲しくて」


 そう言ってフィーネが差し出したのは、少し古いタイプの音楽再生用魔道具、通称MAPエムエーピーだ。

 四角いフォルムの本体に小型化した魔光石と音楽をデータ化したチップを入れて音楽を聞くやつだ。


 ──パッと見、外傷は無さそうだな。


「急いでないから。時間がある時でいいからね」


「わかったよ。直したら届けるよ」


「ううん。私が来た時とかに修理が終わっていたら渡してくれればいいわ。ほら……大聖堂来ても会えないかもしれないし……」


 フィーネはとても人気のある巫女だ。毎日、毎日、大聖堂にはフィーネ目当ての人々が列を作っている。

 だからフィーネは偶に、お忍びで隠し通路から街に遊びに来ているらしい。

 あの厳格そうな大司教様も何故かフィーネには甘い。


 何でも病気の子供がフィーネに撫でられたら病気が治ったとか、消えない古傷の痛みが和らいだとか、はたまたフィーネの信者同士で結婚したりして老若男女問わずフィーネのファンが多い。


 確かにフィーネは神託を受ける以外にも、治癒系の魔法も使えるけれど、病気迄は治せない筈だ。ましてや古傷とかは……多分気のせいだ。


 だけれど、フィーネは天声の巫女、治癒の女神、縁結びの神様だとか、それはもう色々な呼ばれ方をされて信者は増える一方だ。


 だから、たしかに僕が大聖堂に行っても会えないどころか姿も見れないかも知れない……


「そうだね。ウィルは?」


「あぁ、僕はアルに用ってよりも、消耗した魔道具の補充とメンテナンスを頼みたくてね」


「ああ。それなら僕が承るよ、どれどれ……」


 ウィルが補充する品目の書いたメモとメンテナンスが必要な魔道具を父さんに渡す。


「巫女様……」


「それじゃあ、本当はもっと話したいんだけど……ちょっと時間無くて。アルも元気でね! コホッ」


 小さい声で修道女シスターが促すとフィーネは忙しいみたいで別れの挨拶をする。


「風邪?」


「ううん。ちょっと乾燥でもしてるのかな……おじさん! ウィルも! またねっ!! それじゃぁ、アル……バイバイ!」


「またね……フィーネちゃん」


「あぁ。……また」


 フィーネが空咳をしたのが気になったが、本人は何でも無さそうだ……

 元気よく、手を振るフィーネに父さんもウィルも手を振り返す。


 僕はフィーネを見送る為に一緒に店の外に出る。

 夜は雨が降るかも知れないって言ってたけど、まだまだ空は快晴で。

 まだ夏の中盤。外は蒸し暑くて、大量に湿気を含んだ南風がむわんと僕を通り過ぎる。


「乾燥……?」

 

 その時の僕は、店の前に停めてあった魔導車に乗り込んでいくフィーネを見ながら、乾燥なんかしてないよな……そう思いながらも、そんな事直ぐに忘れてしまってたんだ……


 いいや……考えないようにしていたんだ……





 

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