第2話 天声の巫女2


 東門に辿り着くと、既に周辺は人々でごった返していた。


 太陽がほぼ真上から容赦無く紫外線を浴びせてくる。

 僕とダリルは太陽からも、溢れかえる人々からも逃げる様に近くの軒下の影に入る。


「あっちー! けど、どんどん人気出て来てるなぁ! 前はこんなに人居なかったのによぉ」


「そうだね、それこそここにいる男性のほとんどはメリーナさんのファンじゃないかな? ダリルは大変だね、ライバルが多い」


「かっー、まぁな。でも俺はコイツらよりもリードしてんだぜ? 何せ同じパーティのウィルとダチだしメリーナさんとも一度話した事あるし!! それよりアルはどうなんだよ?」


「えっ? 僕? 僕は別にメリーナさんはタイプじゃないよ?」


 それは本当だ。メリーナさんはウィルのパーティメンバーで結界魔術のエキスパートらしい。戦い方とかはよく知らないけれどかなり強い人みたい。

 それよりも艶やかで長い青髪に整った顔立ち。何よりスタイルがとても良いし、それを強調するような服装をしているのが男性からの支持が高い理由だろう。


 話してみると意外と気さくで笑顔が素敵な人だったけれど、僕はもっと元気溌剌で弾ける様な笑顔をする女性がタイプだ。


「ちげーよ。アルの好きなタイプじゃ無いなんて知ってるよ。お前の好きなタイプは……行動力があって、優しくて〜ハキハキしててよく笑って……」


 おっ? ふんふん。ダリルのくせに良くわかってるじゃないか?


「声が可愛くて、胸は控えめ。歌がちょっとだけ苦手で……あとは……アッシュブロンドの髪で、背がアルより少し低いぐらい。そんで純白のローブが似合う女の子だろ?」


「……ちょっと具体的すぎじゃない?」


「あぁ〜、あと俺と違ってライバルが10万人ぐらいいる大人気な巫女って属性もあるな。ハハっ」


 ──くっ、コイツ知ってやがったのか……

 

 ダリルが得意気に彼女の特徴を挙げてくる。

 胸が控えめって言ってたのは後で告げ口してやろう……


「うるせー……最近会えてないんだよ。忙しいみたいで」


「大丈夫だろ? 俺なんか過去に一度しか会った事ねーし。まぁ、きっと俺の100倍は可能性はあるぜ!」


 ──偶にいい事言うんだよなコイツ。何か奢ってやろう……


「何か飲むかい? 買ってきてあげるよ」


「マジか? ん〜じゃぁ冷たい炭酸お願い!」


 僕達が太陽から避難している軒先の近くに飲料を販売している簡易的な屋台があり、店主の元気な呼び込みが聞こえる。


「オッケー!」


「まぁ、俺の可能性は0.1%も無さそうだけどな……それを100倍しても……」


 ──ダリル……聞こえてるぞ……




☆☆☆☆☆



 僕が自分用のアイスコーヒーを買って戻ってくると、人々の喧騒が広がりをみせる。


「ただいま。ウィル達来たみたいだね」


「あぁ、良く見えねーから、もうちょい中に行こうぜ! あれっ? 俺の炭酸は?」


「もう売り切れだってよ」


「えっ、あれ?」


 ダリルはまだまだ元気に呼び込みしている屋台と僕を交互に見ながら首を捻っていた。



 人混みを掻き分けながら無理矢理に最前列まで行くと、警備団の人達が沸き立つ人々を規制線を張って抑えていた。


「本当、凄い人気」


「一部からは東の勇者パーティって言われてるみたいだぜ」


 すると遠目に速度を落としたオープンタイプの魔導車に乗ったウィル達のパーティが見える。


 先頭で立ち上がり愛想良く手を振っているのが、確かリーダーの魔導刀士のシモンさん。

 直ぐ後ろから結界術師のメリーナさん、治癒僧のフドウさん、斥候のエリックさん。そして軽戦士のウィルと続いている。


 横を通る時にウィルもメリーナさんも僕達に気づいてくれて笑顔で手を振ってくれた。


「おい! メリーナさんが俺に手を振ってくれたよ! おいおい! これはもしや脈ありかっ!?」


「脈はあるんじゃないかな? 0.02%ぐらいならさ」


「聞こえてたんかよ……」




☆☆☆☆☆



 ウィル達はあのまま魔導車で滞在先のホテルまで行くのだろう。


 僕達は昼食をとる為に、中央寄りのメインストリートへ移動する。


「今日もマモノナルドでいいか?」


「そうだね、新作が出てるみたいだしね」


 マモノナルドはセイントヘイブンにも何店舗かあり、さらに神皇国全土、他国も合わせてかなり大規模に出店しているハンバーガーショップだ。

 なんでも魔物のビッグホーンやファングボアなどの美味しい魔物を飼育してパテを作っているらしい。

 若干野生味のある味や季節毎の新作メニューが人気を博し、大人気になっている。


 注文をして、テラス席で食事をしていると……


「あっー!! アルっ!」


 とても耳心地の良い声に振り返ると、全身をほとんど肌の出る部分のない純白のローブに包み込み、さらには、つばの広い帽子を目深に被った少女……フィーネがいた。


「凄い格好だな。一瞬だれかわからなかったよ」


「あははっ! 紫外線対策と変装も兼ねてなんだぁ! 日焼けは乙女の大敵だからね! あっついけどねっ」


 ハキハキと元気に笑う。そんなフィーネの笑顔だけで脳が痺れるぐらい想いが溢れる


──やっぱり、僕はフィーネに恋してる。


 ただ、伝えるつもりはない。街の魔道具屋の僕と大聖堂の巫女では釣り合う筈もない。

 願わくば彼女が幸せでありますように……


 フィーネの隣にはフィーネに日傘を差して歩く修道服の女性が付き従っている。


「暑いから私もここで休憩していっていい?」


「……もちろんです。注文を済ませて来ましょう」


 修道女シスターさんが注文をしに行くと、フィーネは僕の前の席に座ってくる。

 帽子を取ると、透き通るような肌にアッシュブロンドの髪がとても良く似合っていた。


「あれっ? ダリルもいたの?」


「はいはい、どうせ俺はお邪魔ですよ」


 軽く冗談を言い合える、昔からのこんな関係が心地良かった。それにしても……


 以前よりも肌が白く綺麗になった気がする。微妙に光ってさえいるようだ。瞳も何だか大きくなったような?……元々美少女だったくせに更に美少女化が限界突破してきてやがる。あれか? 恋する女は綺麗になるってやつか? 相手は一体誰なんだ!?


「最近も、まだ結構忙しいのかい? 肌が凄い白くなってるけど、いい化粧水でも見つけた?」


 フィーネの笑顔、たったそれだけで頭が沸騰してしまった僕は迂闊にも思った事を口に出してしまった。

 ──何だ、肌が白くなったって? もっとこう……綺麗になったとか言えば良かった……あれ?なった、だと元が綺麗じゃなかったみたいなニュアンスに……なんて僕が頭の中でアタフタしていると──

 フィーネは一瞬驚いた顔をして、目を見開く。直ぐにニンマリと口角を上げると……


「あはは、肌がほんの少し白くなったのに気付くとかどんだけ私の事好きなのよ! うふふっ」


「えっ、いやぁ……違っ……そういう訳じゃ……」


 思いもよらない切り返しに思わずドギマギしてしまって否定してしまった……


 ヤメロ、ダリルそんな目で僕をみるな……


「お待たせ致しました」


 そこに修道女シスターさんが帰ってくる。


「ありがとう」


 フィーネへお礼を言ってカフェラテをストローで吸い始める。


 良かった。修道女シスターのおかげで場の空気が変わった。


 少しおしゃべりして、カフェラテを半分くらい飲んだフィーネは、久しぶりに話せて楽しかったわって言って帰って行った。






 この時、本当はもっと良くフィーネを観察していれば良かったんだ……

 僕が思い出せていたら……気付く事が出来ていたら……僕だからこそ辿り着ける筈だった答えを……


 でも、僕は久しぶりに偶然にもフィーネに出会えた奇跡と、輝きを増すフィーネの美しさに心を奪われてしまっていて……とてもじゃないけど他の事を考える余裕なんて無かったんだ……


 この時気付いていたなら、もしかしたら別の未来なんてのもあったのかも知れない……



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