過去を読み取る能力を持つ僕は、彼女の死の運命を変えて見せる!

素朧

第1話 天声の巫女


 ぼんやりと真っ白い光が見える……


 何となくしか憶えていないけれど、遠い昔……僕は誰かに問われた気がした……



 ──未来を視て選び取る事が出来る能力と過去を読み記憶する能力どちらか一つ選びなさい……


 

 また、この夢か……




 ──ザザッー、ザザッ……おっはようございます! 本日も良い天気です。暑っつ〜くなるでしょう! みんなも熱中症に気をつけてっ! 今日も一日笑顔で過ごしましょうー!! ザザッー…………


 

 いつもの朝の定時放送が聞こえてきて、急速に意識が覚醒してくる。

 元気で溌剌とした少女の声が空から降ってきて朝を告げる。

 この声の主は神託の巫女フィーネ。

 幼い頃からの僕の幼馴染だ。

 神様からの神託を受ける事の出来る巫女はこの神皇国の都市、セイントヘイブン全域に声を届ける事が出来る魔道具、拡声魔水晶ラウドクリスタルを使用する事ができる。

 主な使い道は国民に神託を届けるためだ。

 他に使うのは警報や緊急放送ぐらいだ。


 だから本来ならこんな放送には使えないし使っちゃいけない筈なんだ……


 それでも、いつからだったかフィーネが……


「たまーにしか使われないなんて、勿体無いわ! 私は皆んなに元気を届けたいっ!!」

 なんて言って半ば無理矢理に、こんな放送を始めたんだ。

 たまに微妙に音の外れた歌まで流れてくるってんだから……ホントに頭がイカれてる。


 フィーネがワガママを言い出した時の大司教様の顔と言ったら……

 それでも、フィーネは神託を受けれる本物の巫女であるし、何より誰からも愛されていた。


 この声が聞こえ始めてから何年経ったんだろう。いまでは街の住人は誰もがフィーネのファンだ。


──相変わらず元気な声だ……


 この底抜けに明るい声を聞いてると自然と笑みが溢れてしまう。

 きっと二日酔いの人や機嫌の悪い人からしたらやかましいだけなんだろうけど。


 ──それにしても本当に暑っついな……


 窓を開け、青々とした空に手を伸ばす。いくら背伸びをしたって掴めるはずなんてないけれど……


 窓からは燦々と輝く陽の光が差し込んで、部屋の温度は絶賛上昇中だ。


 部屋の中の温度を調整する魔道具はあるけれど、魔石を補充しないと使えない。

 最近は魔石も高騰してるから、そう軽々しく使えるもんじゃなくなってる。


 ただでさえ二階は熱がこもるからな、いい加減起きて工房に行くか……


 僕が住んでいる家は一階が魔道具工房で二階が住居になっている。

 僕は、父さんが営んでいる魔道具工房で修理や販売の手伝いをしている。

 母親は僕がまだ幼い頃に魔光病に罹り亡くなっている。

 

 魔光病ってのは何万人だか、何十万人だかに1人の割合でなる可能性のある難病だ。

 普通ならなんでもない魔石から漏れ出る魔力に反応して徐々に魔石化してしまう。

 発症してしまうと致死率は100%だ。

 未だに治療法なんて無くて、出来るだけ魔石等から遠ざけて進行を遅らせるぐらいしか出来ない。

 

「おはよう」


 一階に下りると、既に父さんは仕事を始めていた。


「おはよう、アル。顔を洗ったら朝ごはん食べて来なさい」


 柔らかいブロンドのくせ毛に優しそうで柔和な顔に丸メガネを掛けているのが僕の父さんだ。


 アルクィード・ヴィンチ。これが僕の名前だ。

 親しい人や家族は、アルって呼ぶんだ。


「はーい」


 言っても、食卓に朝食が並んでいる訳じゃあない。

 父さんは家事……特に炊事がてんで駄目だから。

 母さんが亡くなってから、頑張ってくれてるけれど、料理はもっぱら僕の仕事だ。


 パンの縁にマヨネーズを囲むようのせ、卵を真ん中に入れる。パンの中央を少し凹ませておくのがポイントだ。

 あとはチーズを乗せトースターで焼けば終了。

 牛乳をコップに注ぎ、一応父さんにも聞こうかな──


「父さん、朝食食べた?」


「んー? パン食べたから大丈夫だよ。ありがとう」


 どうせパンをそのまま齧っただけだろうけれど。母さんが甘やかしてたからか、もともと食に興味がないのか父さんは空腹が紛らわせればいいってスタンスだ。だからか、結構ガリガリだ。


「コーヒーは?」


「あー、もらおうかな」


 父さん用に作り置きしてあるアイスコーヒーを冷蔵庫から取り出しコップに注ぐ。


 父さんは自分だと水出しコーヒーすら作らないから、これも僕が作っている。

 

 無くても何も言わないけれどコーヒーが無いとあまり水分も摂ろうとしないから。


 店舗兼工房からドア一枚隔ててLDKがあるからドアを開けておけば結構声が通るんだ。


「置いとくよー」


 一言声を掛けると、僕はもそもそと朝食を食べ始める。


 父さんが持っていた古代の発明家、ニコラ・ベルの直筆の発明品メモ──


 結構な貴重品だけれど、字が汚すぎて読めないのと、何とか解析して試作しても使い物にならない物ばかりらしい。


 それをニコラのファンの父さんが決して安くない金額で購入してきたのだ。


 父さんにもそのメモは再現出来なかったみたいだけれど、どうやら僕は過去を読み取る力があるらしく、そのメモに触れると鮮明にニコラの記憶が流れ込んできた。


 だからこのメモに書いてある発明品は僕なら再現出来る。当時には発見されてなかった素材や進歩した技術で、ニコラが完成を諦めた魔道具を完成させる事が出来たんだ。


 ただ……



 ──カランコロンッ


 店舗の入り口に付けてあるドアベルが音を響かせると、1人の少年が入ってくる。


「こんちゃー。アルいますかー?」


「いらっしゃい」


 入ってきたのは僕のもう1人の幼馴染、ダリルだ。

 明るい赤茶色の髪とタレ目、そばかすがトレードマークだ。


「おはようダリル。こんな早くにどうしたの?」


「今日はウィルが帰って来る日だろ? 一緒に観にいこーぜ!」


 ウィルって言うのは一年ぐらい前にこの街に来た冒険者一行の1人で、僕等より少し年上なんだけどウチの店に魔道具の補充をしに来たのがキッカケで仲良くなったんだ。


 ウィル達冒険者一行はしばらくこの街を拠点に、近場のモンスター達を退治したりしてくれている。

 今日は偶にある遠征からの帰還日だ。

 ウィル達の冒険者パーティは結構有名な冒険者みたいで、実力もあるし何よりウィルも含めて全員が美男美女だったりするから、全員が揃って帰還する日はかなりの人だかりができたりする。


「ダリルほメリーナさんが見たいだけだろ?」


「あはは、バレた?」


「バレたってか隠せてもいないよ」


「今日はアルに頼む様な仕事もないから、ダリル君と遊びに行って来なさい」


「はーい。朝ごはん食べちゃうから待ってて」


 僕が残りのトーストを口に突っ込んでいる間、ダリルは僕の発明品の棚を眺めている。


「まぁた、変なの作ったのか? なんだこれ? 靴?」


「ふっふっふ。今度のは凄いんだよ! ニコラのメモにあった魔道具を再現出来たんだけど、その手に持っている奴は……」


 ダリルは少しゴツめのスニーカー型の魔道具を手に持っている


「なかなかカッコいいデザインじゃん?」


「でしょ? それは何と付いているダイヤルを回す事で脚の筋力を魔力やなんやらで刺激して、最大10万倍のパワーを出せるんだ!!」


「10万倍!? スゲーじゃんか!」


「うん。でも、身体が耐えれないし、身体から必要なエネルギーを捻出する為に使用者から強制的に魔力やらカロリーやらを……まぁ簡単に言うとね…………使うと死ぬ」


 ガシャーンッ!


 靴を履こうとしていたダリルが説明を聞いて投げ捨てた。なんて事を……


「アホー!! ヤバいもん作るなよ!? こっちの何だかデカいプロペラは?」


 ダリルは今度、ヘルメットに一枚が2メートルほどある羽が4枚付いたプロペラを指差す


「ふふん。それも凄いぞ。なんと頭に着ければ空を飛べるんだ!!」


「マジか!? 俺、空飛ぶの夢なんだよ!」


「ただ、浮力を得る為にプロペラがめちゃくちゃ早く回るんだけど……作用反作用の法則で、もちろん身体も逆回転するんだ。しかも秒間5回転ぐらい…………わかりやすく言うとね……多分首取れる……」


「アホかー!! これも死ぬじゃねーかっ!?」


 あぁ!? 今度は発明品の羽を蹴っている! まぁ、もうちょっと改良が必要なのは認めるけど……


「ふふふ、でもコレは凄いよ!」


 僕は食べ終わった食器を片付けて、ダリルの隣に行くと、箱型の魔道具を取り出す。


「……今度は死んだりしない?」


 なんかダリルが胡乱うろんな目を向けて来るが、これは自信作だ。そして、なんのデメリットも無い。


「これはね、使用した魔力に応じて願いを叶える事が出来るんだよ」

 

「願いを叶える箱!? そんな……副作用は?」


「無い! 無いんだよダリル君。さぁ手を」


 僕はドヤ顔に少し芝居がかった調子でダリルの手を取る。


「願い事をしながら魔力を集めるんだ。じゃあ、パンが欲しいと願ってみよう。僕も一緒にやるよ」


「お、おお!」


 2人して箱に向かって魔力を放出するイメージをする。

 効果範囲の説明がなかったからどれだけ遠くから使えるかは不明だが、近い方が魔力が集まりやすそうだ。


「うりゃぁあー!!」


 しばらく魔力を集めてから箱の中身をみると……


「はぁっ、はぁっ、見た前ダリル君。このパンを!」


 箱の中には小指の先ほどのパンが入っている。


「はぁっはぁっ……えっ? こんだけ疲れてコレ?」


 2人共魔力を出し尽くし疲労困憊でパンを取りだす、するとダリルは酷く残念そうな顔をして肩を落とす。

 まぁ、コスパは悪いよね。でも無からパンを作るって凄くない? 



「……はぁ、もう飯食い終わったんなら行こーぜ」


「じゃあ、父さん行って来るよ」


「あぁ。気をつけて行ってらっしゃい」


 父さんに手を振りダリルと家を出て行く。

 確か、ウィル達のパーティはいつも東門の方から出入りしている。

 なにやら験を担いでいるらしく、何処に行くにも東門を使っているらしい。どうやらリーダーがそういった事を気にする人らしい。


 20万人もの人々が暮らすここセイントヘイブンは神皇国の中でも王都に次いで大きな街だ。都市の中は魔導車や魔道列車が走り、南側は海に面し、広大な港湾施設もあるし、飛行艇用の空港も整備してある。

 

 神皇国の名の通り、この国は主神ゼーナルを始めとし、様々な神々を信仰する国だ。


 大小併せれば100を超える教会に壮麗な大聖堂まである。

 巫女であるフィーネは主に中央の大聖堂にいる事が多い。


 中央には大聖堂の他に市庁舎や多目的広場、騎士団兵舎、魔導管理局、大図書館やその他、行政施設が集まっている。

 そこから放射状に大通りが走り、一部を除き綺麗に区画整理されている。その中で僕が住むのは東側地区だ。

 

 その為、東門は近い方だ。だけれど東門までは魔導列車を使っても10分ほど掛かる。

 この暑い時期にその距離を徒歩で行くのは無謀だ。

 真っ直ぐ駅に行き、東門までの切符を購入する。鼻っから歩く気なんて更々ないさ。


「なぁ、ウィル達は今回はどんなモンスターやっつけて来たのかな?」


「さぁ? でも凄いよ。ウィルなんて僕等と年もあんまり変わらないのに……」


 ダリルの質問に僕は上手く答えられない。モンスターとかよくわからないからだ。

 聞く所によると醜悪で残忍で、人間を襲ったり、犯したりする様な化け物達らしい。そんなの出来れば死ぬまで無縁を通したい所だ。

 だからそんなモンスターと戦っている冒険者達やウィルなんかは素直に尊敬する。

 

 まぁ、僕は平和に魔道具作ったり、発明できたりすれば満足だけどね。

 物語に出て来る勇者になんてなれないし、正直なりたくもないかな……



 言っとくけど、僕は本当に本気で大真面目に……そう思っているんだ。





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