第21話

 桜さんと出会ってから二週間ほど経った。


 彼女とはまだ会ってからそれほど経っていないものの段々と彼女の事を理解し始めた。彼女は異常に他への警戒心が強いというか、不安症である。誰にも本心を話そうとはしない。僕は、たまたま聞いてしまったから例外ではあるものの、いつでも仮面を被る。その分不安、イライラ、ストレスを極度に溜め込む。


 その為のあのガス抜きなのだろう。僕より一個下のそれもまだ大人になっていない少女には、芸能界、家庭の事情、学校での振る舞いなど、小さい体には耐えきれないほどのマイナスな感情をその身に背負っているのだから仕方がないと言えばそうなのだろう。


 社会人としての顔、学校での顔、家庭内での顔、彼女にどれだけの仮面があるのかは詳しくは知らない。もしかすると、本性を見られた僕に対しても仮面を付けているのかもしれない。


「...........また、なんか考えてるんですか?」

「いや、今日の夕飯は何にしようと思ってただけ」

「なんだ、そんなことですか。推しを前にしてそんなこと普通は考えませんよ。変な人ですね」


 今日もまた屋上で彼女の愚痴を聞いていた。


 きっと彼女は僕が彼女のファンではないことは分かっているのだろうが、話を合わせるためにそう言っているのだろう。彼女も何となくだが、僕が彼女の本性を誰かに暴露する、なんてことはしないと分かっている。


 だとしたら、彼女はきっと...................誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。自分の悩みや愚痴を。誰かと共有することによって心は幾分かマシになるだろうから。


 さて、そんな彼女との最近の関係だが、昨日あたりからどうも彼女の様子がおかしい。ふとした瞬間に彼女は何か考え事をしているというか、顔が曇っているような気がするのだ。だが、きっと普通に聞いたところで彼女が答えてくれないだろう。


「僕の事よりも、最近何かありましたか?嫌なこととか、困ってることとか」

「....そんなのない。それに何かあったら愚痴として先輩に話してるでしょ?」

「それもそうですね」


 やはり彼女は何かを隠している。一瞬ではあったものの彼女の瞳が揺れた。普通の人は気づかない小さな動揺と不安。流石は人気声優といったところだが、日頃人間観察をしているからこそ気づくことができた。


 さて、どうやって彼女から事情を話してもらうことにしようか。愚痴としては話せないような内容なのだから何かしらの大きな問題なのだろう。きっとその問題が爆発してしまった暁には彼女は最悪心が擦り切れてしまい、何もできなくなってしまうだろう。


 彼女の後を出来るだけ追うことにしようか。だが、学校には週に三日くればいい方なのだ。できるだけするようにはしたいが、限界がある。


 どうしたものか。問題さえ分かれば対処のしようがあるものの、それが分からない。彼女が素直にいうわけがないので、困り者だ。可憐や美鈴ならもう少し聞きやすかったのに。

 

 それにそれを解決したところで彼女の根本的問題を解決したわけではないのだ。彼女が悩みを打ち明けられるような関係値の人間を作らなければならない。一番近いのが親だろうが接触する機会もないし、家を知らないため強引に会うこともできない。


「じゃあ、私はそろそろ行かなきゃいけないから。またね、先輩」

「うん。またね桜さん」


 微妙になってしまった空気を感じ取った彼女は、明るい声でそう言ってから立ち上がりドアを開けて出ていく。


 空を何となくぼぉーっと眺めてから、数十分後僕も、屋上から出て彼女の問題をどう解決するか考えつつ下駄箱から靴を取り出そうとするとぺらっとした紙が落ちてきた。


 拾って読んでみると運の良いことに問題側からこちらへとやってきてくれた。解決の糸口が見えたな。あとは、どうするかだ。


 カバンへとしまい、学校から出て数分後のところで誰かに声を掛けられる。


「少々お時間をいただけますか?」

「........誰ですか?」

「挨拶もせず申し訳ありません。私、こういうものでして」


 スーツを着た女性から渡された名刺を見て、この人が誰なのかあらかた検討はついた。まさか、問題二つが向こう側からやってきてくれるなんて。良いのか、悪いのか分からないがこの場合は幸運と呼べるのかもしれない。


「桜さんの関係者ですね?」

「はい。桜のマネージャーをしている者です。聞きたいことがございまして」

「わかりました。僕も聞きたいことがあったのでちょうどいいですね」

「そうですか。では、場所を移しましょう」


 車に乗って、学校から距離が離れた高校生が普段使わないようなカフェへと案内された。


 マネージャーさんの奢ってくれると言われたので素直に聞き飲み物を頼み、カフェオレへと口をつけたところで話が始まった。


「私が聞きたいのは、桜さんの事です。彼女が最近学校へと行くようになったので何かと思い一応調べさせてもらったのですが、あなたが関係しているようで」

「そうですね。彼女との関係は........友達、のようなものです」

「........友達、ですか」


 マネージャーさんは驚いたような顔をしてそういう。


「桜さんは誰にも素顔を見せませんから、失礼ですが深い関係になるのは難しいものだとおもっていまして」

「そうですね。僕は偶然です」


 本当に偶然なのだからほかに言いようがない。それに、彼女の素顔をここで明らかにするのは万が一、話したことがばれたときに彼女との関係値はゼロに戻ってしまうため良くない。


「そうですか。ほかにも聞きたいことがあるのでよろしいでしょうか?」

「はい」

「最近、桜さんの周りで何かありませんでしたか?」


 今度は僕が驚いた。隙を見せない彼女が困っていることを見抜いている人がいるなんて思いもしなかった。


「........どうしてそう思うんですか?」

「....私事で申し訳ないのですが、実は私、桜さんの熱烈ファンなんです。彼女のマネージャーをしてから彼女の仕事ぶりを見てその声を聴いて、惹かれてしまって」

「そうなんですね」

「車で移動中にミラーで後ろに座っている桜さんの見ていた時、一瞬ですが桜さんが不安そうな顔をしているときがありまして。普段は鉄壁の防御をしている桜さんがあんな風になるのは何かあったのではと思いまして」


 先ほどより幾分か早口でそう説明するマネージャーさんに若干引いてしまうが、桜さんの鉄面皮を油断していたとはいえ見抜く観察眼に素直に驚く。


 僕は今、何が起こっているのかを桜さんに言わないことを条件に話すことにした。そして、その情報の代わりに彼女について聞くことにした。



 




 


 

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