第22話
マネージャーさんと話をつけてから、かれこれ二週間ほど経った。準備は着々と進めており、桜さんには内緒でこっそり彼女の親とも話をつけておいた。美鈴の親を説得した時のことがここで生きるとは思っていなかったが、何事も経験とはこういうことだろうか。
後は、彼女が一歩を踏み出すだけである。それと、もう一つの方もあと少しで片付きそうだ。あちら側が此方へと直接接してくればいい。こちら側から行くという手もあるが、もうそろそろあちらが痺れを切らして此方へと接触してくるはずだ。
「........ねぇ」
「何ですか?」
「先輩、何かしました?」
「何がですか?」
きっと僕が彼女の両親と話をつけたことによって多少なりとも家庭状況が変わったのだろう。
「........いや、何でもないです忘れてください。じゃあ、逆に最近何か身の回りで何かありませんでしたか?大丈夫ですか?」
「いや、なんともないよ。僕は一般人だからそうそう危ないことなんてないよ。それこそ桜さんの方は大丈夫なの?」
「私は........私も大丈夫ですよ。なぁんにも心配することなんてありません。毎回愚痴を吐き出しているので私はすっきりしていますから」
そういった彼女の顔は明らかに無理をしている顔だった。日頃、愚痴ばかり僕に話している彼女は気が抜けるのか段々と不安が顔を覗くようになってきた。不安とストレスとその他の不の感情がのしかかり仮面に罅ができてきている。
「先輩は........先輩は私の事をどう思っていますか?」
「どう思っているか。....なんていえばいいんだろうね。せめていうのならそうだな」
唐突にそう言ってきた彼女の心境を図ることはさすがに出来なかったが、何か言わなければいけないだろうと思い、出た言葉は
「妹のような存在、かな」
「妹、ですか?」
「うん。手のかかるかわいい妹」
「そう、ですか」
彼女はそう言ったっきり何も言わず何かを考えるように下を向いて考えていた。選択を間違えてしまったのだろうか。まだ会って間もない人間に妹なんて言われるのは彼女的には嬉しくもなんともないだろう。
また、僕は選択を間違えてしまったのだろう。あの時から全くと言っていい程成長していない自分に呆れてしまう。美鈴と可憐を何とかできて思い上がっていたのかもしれない。
「さて、もう遅いですし帰りましょうか」
「そうですね」
桜さんが立ち上がり屋上を出て行ったので、僕も後をついて行き屋上を出た。前までは一緒に帰ると面倒なことが起こるかもしれないため避けていたが、桜さんを説得し途中まで一緒に帰ることを了承してもらった。
下校時間ギリギリの校舎は異様なほどの静けさで、まるでこの世界には桜さんと僕しかいないのではないかと錯覚してしまう。
そんな時、空き教室の陰から手が伸び桜さんを掴んだ。
「っ!?」
突然の事に反応が遅れた僕の手は空を切った。空き教室を見ると一人の小太りの男子生徒が桜さんの手を掴んで気色の悪い笑みを浮かべていた。
「誰だ、お前は」
「う、うるさい。お、お前こそな、なんなんだ。ぼ、僕の桜たんを誘惑しやがって。だ、大丈夫だからね、桜たん。僕が桜たんを守るから」
と息荒げて唾を飛ばしながらそう言ってきた。
「や、やめて。放して!!」
「だ、大丈夫だからね。さくらたん。僕が守ってあげる」
必死に抵抗しているものの、男と女では体格さ的と骨格、桜さんが華奢なこともあって逃げられないようだ。
どうやら恰好から見るに男は下級生であり桜さんと同級生であるようだ。今の状況から見て、この男が僕に脅迫状を送りつけた犯人であり桜さんの不安の種であろう。
「僕は桜たんの特別なんだぞ。桜たんからお願いされて屋上のカギだって入手したし、生の演技だって見たんだぞ。桜たんはぼ、僕の事が、す、す、好きなんだよ。お前なんか桜たんからなんとも思われてないんだ!!お、お前なんか桜たんに張り付く虫なんだよ!!」
状況が理解できていない彼は桜さんが怖がっているのが見えていないようで支離滅裂な発言をしている。
「止めなよ。今らなまだ間に合うよ」
「う、うるさい。桜たんのストーカーのくせに彼氏の僕に口を出すな!!」
「本当にやめた方がいいよ。大事にならないうちにやめよう」
「う、うるさいって言ってるんだ!!黙れよ、僕は桜たんの彼氏で相思相愛なんだから。し、嫉妬してるんだ。か、可哀そうだね。........だ、大丈夫だよ。桜たん。今、こいつをた、倒すから。見ててね。ふひっ、ふひひ」
と言って取り出したのはこれまた鋭いカッターナイフだった。夕日が差し込みキラリと刀身が光る。
不味いなぁ。ここでもし僕が死んだらそれこそ彼女の人生は狂ってしまい僕と同じ道を辿るのかもしれない。それだけはダメだ。
「や、止めて!!」
桜さんの静止が聞こえていない彼はカッターナイフを持ったまま此方へと走ってきて刺そうとしてくるため、その手首を何とか掴んだもののもう片方の手に持ち替えられ僕の腕を刺してきた。
「いや、嫌ぁああああああああああああああ!!!!!」
「や、やった、やった!!桜たん、もう大丈夫だからね!!」
じんわりと鈍い痛みが腕を走る。........あぁ、痛いなぁ。でもそれだけ。痛いのには慣れてるんだ。子供の頃ずっとされてたから。
僕は刺されたことを特に気にもせずカッターナイフを強引に引き抜き、桜さんへと歩み寄ろうとしている男へと近づき後ろから蹴りをいれた。
丸みのある彼は無様に床に転がったのを見てから
「桜さん、今のうちに先生を呼んできてくれませんか?」
「え、あ、え?う、うん。だ、大丈夫、何ですか?」
「うん、大丈夫だよ。だから早く」
さて、ジタバタとしている彼が動けないように彼の背中に乗って動けないようにする。程なくして、先生が来て事態は収束していく。
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