第16話

 鏡花に外出許可を貰えたため、早速彼女たちに会うためにこの街に来た。僕がまず最初に会わなきゃいけないと思ったのは、桜だ。


 祥子からの話を聞く感じだと一番重症だったのは桜だったから。証拠から病院に入院しているなんて聞いた時はかなり驚いた。


 鏡花にスマホを貰い、早速マネージャーさんに電話を掛けた所、本当に病院に入院していたようだ。それにしても、マネージャーさん凄く驚いていたな。


 それもそうか。一応僕は死んだことになっているのだから。その為、外出時にはマスクとか帽子とか眼鏡とか色々付けなければならない。


 マネージャーさんから桜が何処に入院しているのかを聞くと、住んでいた所の一番大きな病院にいるようだ。


 駅からタクシーを使い数十分ほどの所にその病院は在った。お金を払った後、タクシーを出て、病院内へと入る。


 受付で話をしてから、桜が入院しているという病室へと足を運んだ。病室の前で一呼吸置いてから、気持ちを整える。


 正直、怖い。立ち直った桜が今どんな風になってしまっているのかを見るのが怖かったし、辛い。だが、自分で蒔いた種だ。僕が責任をもたないといけないことだから。


 大きくもう一度深呼吸をしてから部屋をノックする。


 中からは何も返答がなかった。寝ているのだろうか?じゃあ、せめて寝顔だけでも見てまた明日にしよう。


 そう思って病室を開けると......そこには桜が起きていた。外の枯れた気を見て何を思っているのだろうか?その目には何も映していないかのように見える。


 桜がこちらへとゆっくりと振り向き、その顔を正面に捉えた。体は最後に会ったときに比べ瘦せ細り、可愛かった顔は死んだ、能面のような顔になっていた。


「...........誰、ですか?」


 人気声優であった桜から、か細い声でそう言われ胸が痛いほどに締め付けられる。


「桜、僕だよ」

「...........ぇ?」


 帽子を脱ぎ、マスクを外したところで彼女の目は驚きに目を丸くし、その目に色を取り戻していく。彼女の目が僕の顔を捉えこちらを凝視するようにじっと見て言葉を無くしている。


 眼鏡を外した所で彼女は、その色のついた綺麗な黒目から涙を流し始めた。


「ごめんね、桜。遅くなっちゃった」

「ぇ?な、なん、で?わ、私、おかしくなっちゃった?げ、げんか、く?」

「ごめんね、本当は僕、生きてたんだ。本当にごめん」


 彼女は枯れた声で嗚咽を零し、涙を隠すことなく流し続けている。


 彼女へと近づきハンカチでそっと涙を拭き、久しぶりに頭を撫でる。最後に撫でた時のあの艶やかな髪は失われてしまっていた、罪悪感が奥底から漏れ出すがその罪を僕は背負わなければいけない。


 ゆっくりと、彼女の頭を撫でる。


「お、おにいちゃん、おにいちゃん、おにいちゃぁん」

「ごめんね桜」


 桜は僕の胸へと顔を押し付け、さらにか細くなってしまった腕で、だが精一杯放さないと言わんばかりに僕を抱きしめた。


 僕も桜が落ち着くまで背中と頭をゆっくりと安心させるように心の内をすべて吐き出せるように撫でる。


「わ、わたし、おにいちゃんがいなくなったらなぁーんにもで、できなくなっちゃったの。わ、わたし、へんになりそうだった。おかしくなっちゃったの。お、おにいちゃんが、おにいちゃんがぁ...........」

「ごめんね、でもあんしんして。僕は生きてるから」

「さくら、と、とってもふあんだった。まいにち、おにいちゃんがいきててくれないかなって。ゆ、ゆめでもおにいちゃんがいなくなっちゃうゆめでね?わたし、わたしね...........」

「うん」

「おにいちゃん、わ、わたしおにいちゃんがだいすきだってこと、あらためてわかったの、おにいちゃん」

「うん」

「おにいちゃん、おにいちゃん」


 拙い言葉で懸命に言葉を伝えようとしてくれている桜に罪悪感と共に愛おしさが溢れてくる。こんな事を桜をこうしてしまった僕に思う資格何てないのに


「わ、わたし、もうおにいちゃんがいないと、だ、だめ。またへんになる。こわいゆめみちゃうの。おにいちゃん、そばにいて、ね?ね?おにいちゃん」

「うん、わかったよ。側にいるから」

「あ、ありがとう、おにい、ちゃん」


 ゆっくりと僕の胸の中で眠りにつく桜をそっとベッドに寝かせる。きっとここ最近まともに眠れていなかったんだろう。


 このまま帰るわけにもいかないので、桜の手を握りまた桜が起きるまで約束を違わぬよう、ずっと側にいることにした。



 



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