6 泣いて引き下がるなら今ですよ
侯爵家の名前の入った封筒が姉宛てに届いたのはシュリー嬢に会いに行った翌々日。週末に伺うとだけ書かれた手紙は迎え入れる側の準備期間を考えても本来かなり失礼だが、こちらも彼女には失礼なことをしているので気にもしない。
「よーこそ、ユリア嬢。それでお答えを頂けると思ってよいでしょうか」
そして迎えた週末、昼下がり。姉と共に迎え入れたユリア嬢は挨拶もそこそこ、青い顔をして椅子に座り込んだ。大丈夫か、と声をかけるよりも早く。ユリア嬢の唇が震えながら言葉を零す。
「……ご存じだったのですか」
囁くようなわななき声。……ああ、これは。どうやらユリア嬢はあの日渡した『土産』を確認しに行ったらしい。同情の代わりに息を吐き、答える。姉が周りに声をかけ、人を下がらせる。
「いいえ。俺は占い師じゃありませんから」
「なら」
「ただ、これまでの行動を洗い出せば予想はつきます」
ユリア嬢の言葉を遮り首を振る。未来を予知する力は俺にはない。
「どうして」
「あなたの知りたいことだったでしょう」
歯のこすれる音がする。歯を食いしばる音がする。涙を溜めた目が、それでもこちらをまっすぐに睨む。
「どうして――!」
その声に答える言葉はなかった。なぜならそれは俺に向けられたものではないから。なので、俺はこう言うしかない。
「泣いて引き下がるなら今ですよ」
前回の茶会で彼女自身が否定した言葉だが、身を引くというのなら傷が深くならないうちに引く方がいい。
俺の言葉に、宝石のような青い目が絶望していた。何か言いたげな唇が、それでも何も吐き出せずに口を閉ざし、またわずかに動く。
そして。やけに鈍く進む時間の中で、彼女は首を振った。
「いいえ」
唇の色の悪さを隠すように紅を引かれた口がはっきりと動く。
「いいえ、いいえ」
震える声がそれでも首を振る。溜めた涙が床を濡らす。
「いいえ、いいえ。いいえ! ノエ様、ローゼ様。お願いです、どうかお願いいたします。どうか手を貸してください。助けてください。わたくしは。わたくしは謂われない罪でこれからずっと泣いて過ごすつもりはありません」
乱れた銀の髪が蹲るように頭を下げる。
……。自分で望んだ展開だが、ユリア嬢に対する罪悪感を得る。ここまでの状態にさせてしまったのは俺の責任だ。知らずに済んだはずのことを見せつけたのは俺だ。ならばきっちり仕事をするしかない。
「わかった」
もちろん、最悪なのはあのバカ王子だが。
「最高の悪役に仕立ててやるよ」
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