1 三百年前と二十年前と一年前


 俺の三か月間の苦難を説明するにあたって、三百年前と、二十年前と、一年前。どこから話せばよいか少し悩んでしまう。ただまあ、やはり年号順の方がわかりやすいだろう。


 三百年前の話だ。

 昔々、この国は三つの部族が土地を取り合う場所だった。広大な土地ではないが、東側から南にかけて大きな川が一本流れていて、比較的肥沃。また、西から北にかけて高く険しい山脈が連なっており、自然の要塞となっていた。川と山があるため、外敵はあまりなく、敵と言えば残りの二部族という状態だったそうだ。そして、それをついに一つの国にしたのが現在の王家、その前身となる部族長である。

 戦いに勝利した部族の長は、戦で双璧を担った二人と、今まで争っていた残りの二部族の長をそれぞれ側近に置いた。それが我が国の四大公爵の起こり、というわけだ。

 四大公爵家は王家を差し置けば、かなりの権力を誇る。公爵家と対等にやりあえるとすれば、王弟殿下などがなりうる大公家か、辺境伯、それと侯爵家のごく一部や一代限りの爵位持ちかくらいだ。ただ、辺境伯は公爵家の分家だし、戦もないので一代限りの爵位を、なんて天才もなかなかいない。

 まあ、勿論。じゃあ政治はすべて四大公爵家が握ってるんですかなんて言われると有能な人間も多いのでそこまで甘くはないのだが。

 話が逸れた。

 王冠を擁する王家の紋章と、そこから下賜された家紋を元に、四大公爵家はそれぞれ獣の名前で呼ばれる。すなわち、幻獣公爵、獅子公爵、蛇公爵、鷹公爵だ。

 王冠を中心に左側、角の生えた幻馬が、リコルヌ家。魔法と神秘の一族。

 王冠を中心に右側、雄々しき雄獅子は、レーベ家。力と戦の一族。辺境伯もこの血族で、国防を一手に担う。将軍家という方がわかりやすいかもしれない。

 この二つが、王家と争っていた二部族の長の末裔だ。そして、残りの二家は元から王家に尽き従っていた者たちの末裔となる。

 王冠を中心に下部、地を這う大蛇が、セルペンテ家。遵従と献身の一族。王の側仕え、執事役、懐刀といえばこの一族。国の財政握ってるのもここ。

 そして最後、王冠を中心に上部。翼を広げる鷲、エグル家。……俺の家だ。

 鷲公爵じゃない理由は、まあ。おいおい。


 さて、これがこの国の歴史の概要だ。

 次に二十年前の話。

 先ほど公爵家はかなりの権力を誇る、と言った。

 これを維持できる理由はとてもシンプルで、王と結婚できるのがこの四大公爵家だけだからだ。

 もう少し細かく言うと王太子殿下の婚約者はこの四大公爵家が仲良く持ち回りなのだ。勿論、例外として直系の王族に王女しか生まれなかったときに大公家など王家の血を引く男子を王として王女と結婚させることもあったし、他国から嫁いでくる花嫁王女もいるので、必ずというわけではないが。

 ただ、実際ある程度順繰りに回っていて、王太子になる王子に対して娘のいない、年齢が釣り合わない家が持ち回った場合は、自らの派閥の伯爵家や侯爵家から養子をとったりしている。血が濃くなりすぎるのも問題なので、特にそれに対してとやかく言う声はない。養子を出す方も、公爵家にあやかれるので、特に抵抗もない。なお、王位を継げない王女や王子はスペアとして侯爵家や伯爵家と婚姻を結ぶケースが多い。勿論、他国に嫁に行く、婿に行くこともある。ちなみにこれは蛇足だが、力関係を均等にするためと王家に混ぜる血の濃度の問題から公爵家同士の婚姻は認められていない。

 で、だ。二十年前、この例外が起こった。

 西にある山を越えた向こう側、港を抱えた交易の国。互いの国の利益のために、一人の王女が嫁いできた。浅黒い肌と黒い髪、黒い瞳のおひめさま。――十八年前に第一王子を生んだ、そのひとだ。


 お気づき頂けただろうか。


 よその王女を娶っているうえ、友好国との結びつきを考えると第一王子の地位は揺らぐことなく絶対だが、四大公爵……いいや、今回、としては面白くないことを。側妃として王家に輿入れた件の公爵令嬢は、十七年前に金色の髪の息子を生んだ。第二王子の誕生である。これが王女むすめであったならまた話も違っただろうに。


 第一王子が失脚すれば、第二王子に王位は転がり込んでくる。

 表立って対立するようなことは勿論ないが……つまりそういうとても、とてもわかりやすくて、権力と栄光にまみれたそういう話だ。


 そしてそんなややこしい状態の王家に問題がさらに一つ。

 二人の王子は一学年違いで、それぞれアカデミーに入学した。貴族と一部の金持ちと、優秀な庶民たちの三年間の学びと社交の場である。四大公爵の息子娘も軒並み通う、由緒正しき学校だが、そこに一つの石が投げられた。

 それが一年前の話。つまり『彼女』の話である。

 第二王子と同じ二学年に編入したのは、子爵家の娘。ただし、不義の子らしく、最近までは庶子だったそうだ。……まあここまでは比較的よくはなくとも稀にはある話だ。継ぐ予定の子息がいなければそういったことは起こりえる。

 が、しかし。

 問題はそのあと。


「なあ、聞いたか? 子爵家の養女が、精霊学で満点を取ったらしい」


 そんな噂はすぐに出回った。学年違い一つ上の学年にまで広がるほどそれは大事件だった。

 ここで少し三百年前に歴史を遡るが、王家がこの国を統一したのはいわゆる精霊たちの力を借りられたからという話がある。話があるというと胡散臭さが増してしまうが、事実、この国には魔法とは別に四種族の精霊がおり、王はそのすべてから祝福を受ける。精霊は単純な好みで人を選ぶため、魔法が使える人間が必ずしもイコール精霊を操れる人間ではない。

 彼らはなにより血と匂いで人を愛するのだ。

 つまり、『彼女』……シュリー=ロット子爵令嬢は――精霊にどれほど強く命令する力を持っているかどうかをさておけば――この国の王家と並びすべての精霊に愛されている、というわけだ。精霊の力により国を建てたこの土地で、その意味は大きい。そしてそんな彼女を同じ学年の第二王子たちが囲い始めるのも予想通りと言えば予想通りで。

 ……なので、まあ。


 ここまでで話が終わっていれば、そこまで俺には大問題じゃあなかったんだよなあ。

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