舞台裏の脇役のはなし

@stringforest

0 証拠品は屑箱へ


「ユリア、君との婚約を破棄する!」

「アレク様、なぜ……!」


 そんな言葉で始まった、茶番劇。阿呆みたいな馬鹿でかい声に誰もがそちらを注視する。けれど張り上げられる声は止まらない。令嬢の言葉は無視され、集められた『証拠』が列挙される。曰く、第二王子の婚約者の立場でありながら第一王子と逢引きした。曰く、子爵令嬢への過度ないじめがあった。曰く、曰く、曰く。

 豪奢で、煌びやかな大ホールには、人人人と人の波。金色を基調とした床や天井は贅の限りを尽くした作りで、敷かれた絨毯も最高級品だろう。誰も彼もが華やかに自らを飾り、流行の品を身に着けている。そんな中で。

 いつもと変わり映えのしない黒の礼服姿で、舞台のように円を作るその中心に上がり込む。ああ嫌だなあ、帰りたいなあと心の底から思っているが、大切な友人のためには仕方がない。


「ノエ」

「ええ、はい。こんばんは。シルヴァン殿下」


 まったく、場違いにもほどがある。

 安堵と確信にも似た表情を浮かべて自分の名前を呼ぶ、第一王子シルヴァンに友人口調で答えて笑いかける。よろしくないことは重々承知だが、本式の挨拶をすれば二十秒はかかるのだ。この場で空気も読まずにそんなことをする勇気は俺にはない。


「貴様を呼んだ覚えはないぞ、愚鈍な鴉が」


 冷たいなあ。

 侮蔑を含んだ言葉を吐く第二王子もうひとりに微笑み、その言葉を無視する。舞台の役者は自分を除いて総勢八名。学期終わりのパーティの最中、弾劾を始めた第二アレク王子、弾劾されている第一王子シルヴァン第二王子の婚約者ユリア嬢。四大公爵家の子息子女。そして、第二王子の後ろで小さくおびえた様子の『彼女』。

 眼の端で全員を確認し、心の中で溜息一つ。ああ、嫌だ。今すぐにでも帰りたい。俺のモットーは天下泰平なのに。


「アレク王子。あなたが私をその賤称で呼ぶことは許されないことです。そして、残念ながら、」


 持ちうる限りの気品と、所作を伴って、俺は恭しく微笑んでみる。


「あなたに渡したユリア嬢の不貞の証拠は、全て偽物ですよ」


 ああ、本当に。

 この一瞬でたったひとりの令嬢を弾劾するための、小山のような証拠はすべて紙屑となった。

 心の中で涙が零れる。


 ――それを作るのがどれだけ大変だったと思っている!!


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