カナリア

よく歌うカナリアが居た。

飼い主が愛して育てたカナリアだった。


カナリアの歌は愛された。

なにしろ飼い主も歌うのだ。


大好きな飼い主の歌をまねると、飼い主はたいそうカナリアをほめた。

カナリアはうれしくて、もっともっと歌った。


だから、どんなカナリアより歌が上手だった。

それが、カナリアの誇りでもあった。


飼い主の歌は、運よくまわりの人々に愛されてもいた。

だから、それをよくまねるカナリアも愛された。


鳥かごは清潔で美しく。

よく餌を与えられ。


カナリアはのびのびと、無邪気に育った。



そんなカナリアは今、その過去を誇りながら呪ってもいる。



飼い主も、周りの人もまた、老いていった。

飼い主は昔のように歌えなくなった。


カナリアはそれを嘆いて、飼い主のためにもっと歌った。

飼い主は健気なその姿を愛した。


だが、若い人々は。

若いカナリアたちはそうではなかった。


あるものは嫉妬し、意地悪を働いた。

あるものはカナリアに歌えない歌を見つけて歌った。


そしてあるものは、カナリアよりも歌が上手だった。


カナリアは、残念ながら傲慢だった。

愛されたがゆえに、憎む気持ちを理解できなかった。


なにより、自分が一番と信じて疑わなかった。


カナリアは意地悪と思ったが、言葉の中にはカナリアを気遣うものもあった。


「自立しなさい」

「あなたが何を伝えたくて歌っているのかわからない」


それすらも、カナリアは聞き入れようとしてこなかった。


カナリアはやがて、飼い主とその周りにしか居場所がなくなった。

ほかのカナリアが自分の足で立つ中を、一人鳥かごに残っていたから。


飼い主を心から愛しているのだ。

周りの大人をも。


だからカナリアは今日も、彼らの求める歌を一生懸命磨いている。

今やその歌を聴く若い人々は一握りに過ぎない。


カナリアは、先がないことを知っている。

知っているから、悲しくて鳥かごを出られない。


今日もまた、窓の外で自由に歌うカナリアを見た。

カナリアはまた、誰にも聞こえない声で毒を吐く。


「わたしのほうがうまいのに」

「どうしてみんな、わたしをなかまはずれにするの」


わかっている。

外の世界に目を閉ざしたからだ。


わかっているから、どうしようもなくて毒を吐くのだ。

こんなむなしいことがあるだろうか。


カナリアはある日、むなしさに耐えられなくて詩を読んだ。

昔、歌った詩だった。


「雪は汚れぬものとして」

「いつまでも白いものとして」

「空の高みに生まれたのだ」

「その悲しみをどうふらそう」


カナリアは初めて泣いた。

その詩を読んで、初めて泣いた。


自分に向けられた言葉でないとわかっていても。

自分の苦しみなど、小さく傲慢な器のせいだとわかっていても。


いつまでも白く、美しいカナリアであってほしいと祈られる苦しみを。

外の世界の泥にまみれてほしくないと祈られる苦しみを。


その祈りに、喜んで依存してしまう自分の愚かしさを。


せめて美しい歌だけが許し、癒してくれたような。

そんな気持ちになったからだった。


※吉野弘(1957)『消息』収録、『雪の日に』より引用

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