第27話 不器用な人もいる・・・

【人事発令書】


北村 冴子 営業第1課 係長に任命する。


立花 慎吾 営業第1課 主任に配属する。



△▼△


くそ~、なんてこった。

次長や人事課を動かせるような奴がまさか彼奴とは。

まぁ、良い。俺の課(しま)に来たからには俺のルールに従ってもらう。

駄目なら即、切って捨てれば良いだけだ。(・・・労使協定上無理だけど)

少なくとも塔子ちゃんに仕返しするようなことはさせない。


「一美ちゃん! 今日からお世話になります!」


立花主任が着任し、一通りの挨拶を済ました後、俺の目の前まで来ていた。


く~、爽やかに笑いやがって!


北村係長が、「課長に向かって”ちゃん付け”は如何なものか」と苦言を呈すも、全く意に介す様子が無い。


「だって、みんなも”一美ちゃん”って呼びたいだろう?」


彼奴は、振り返りみんなにアピールした。キラリとした笑顔で。


「呼び方なんて好きにすれば良い。けれどTPOはちゃんとわきまえてね」


俺は、結構強めに言ったつもりだったが、立花主任はニコニコと「可愛い~」と笑った。


何なんだ此奴は!


北村係長は、顔をしかめながらも、こちらを見ては小さく頷いた。


~~~~~~~~~~


大方の心配を他所に、彼奴は人当たりも良く仕事も良く出来た。

後輩の面倒を良く見て、上司(係長)の指示も的確にこなしている。

その上、バリバリと営業成績を上げて来た。


「はははっ、こりゃ~、課長として文句の付けどころがないな」


思わず、独り言も零れてしまう。

人事のごり押しが無ければ、他課で普通に昇進出来たのではないだろうか。

まぁ、彼奴が無理やりこの営業第1課に来たのが悪いのだけれど・・・。


「よし決めた!」


今度のビッグプロジェクトは、立花主任にやってもらおう!

副担当には磯谷くんを当て、係長やみんなでサポートすれば結束も強まる。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


次長に、プロジェクトの担当の件を報告すると、「ほらね」としたり顔で口角を上げた。


「それが上手く行ったら次期部長は確実だろ?」

と得意顔で俺の手を握ろうとする。


(キモいよ)


俺は、さっと避けて「はいはい。そうですね」と呆れて言葉を返した。


「う~ん、それでさ~、次のこの席なんだけど・・・分かるだろ?」

と自分の机を軽く叩きながら、もったいぶった言い方で俺をニヤリと見た。


「あ~、それも分かってますよ。もう諦めてますから。」


(俺の昇進はもう絶対に無い)

 

「そうかい! 悪いね~。まぁ、運が無かったよね。

 出来るだけ悪い様にはしないから頑張ってちょうだいよ!」


(はぁ~)


俺は、次長室を出て大きくため息をついた。

会社員としては、完全に終わったな。

元の佐藤一美の姿に戻ったところで状況は変わらないだろう。

次長昇進どころか、次の人事異動でどうなるかも分からない。

次長は、あのように言ったが平社員に降格なんてこともあり得るかも。

まぁ、なるようにしかならないね。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


とぼとぼと廊下を歩いていると、派手に書類を巻き散らかしている青年がいた。


「はい、どうぞ。」


俺は、彼が見落としてそうな書類を数枚拾って渡してあげた。


「あ、あ、あの、ありがとう…ござい…ます」


顔を真っ赤にしながら受け取った彼は、新規採用組の松原くんだ。

社内ではあまり評判がよろしくない男子(こ)だな。

見ると、スラックスの裾から膝の辺りまで埃が付いている。

うん。なんかどんくさそうではある。

おおかた、この辺りを這いずったのだろう。

両手が書類で塞がっているので、軽く叩いて上げた。


「はい、綺麗になったよ。それとネクタイも曲がっているから後で直しておきなさいね」


「あああああ、あう、あの、申し訳ありません。」


「良いって、良いってこれくらい。じゃ~、またね松原くん⤴」

とサービスでニコっと笑いかけてあげた。


すると、松原くんは目をパチクリし、口は半開きになり、信じられないものを見るような顔になっていた。


(若い、若いね~)


なんとなく気が晴れた私は、気を取り直して自席へと向かった。



△昼休み△


塔子ちゃん達からお昼を誘われたのだが、女子会にはちょっと入り難い。

社内では、一美ちゃん=佐藤課長と認識されたのだから、無理もないだろう?

なので、今日は一人で屋上へ行くことにした。

例の田中事件のあった場所なので、そうそう人はいまい。


屋上のドアを開けて見ると、意外だが先客がいた。

ベンチに座って、既に飯を食っているのだが、良く見るとさっきの松原くんだった。


(早弁かな?)


「あ~、松原くん、早弁かい?」

と冗談交じりに言うと、慌てて弁当を落としそうになっている。


「ち、ち、ちちちち、違いますよ⤵、今来たところです。」


「はいはい、そんな焦らなくても、チクったりしないから…」


「ほ、本当ですって」


「ふふっ、それより、横、座って良い?」


だって、ベンチはここに一つしか無いからさ。

そうすると、慌てて端に寄る松原くん。

「悪いね」と言い、チョコンと横に座る。

今日の俺の弁当はサンドウィッチだ。もちろん手造り。


「いただきます!」


ふと松原くんをの手元を見ると、、、コンビニ弁当。

しかも、レンチンもしていなくて冷たそう。

なんとなく目が合ったので首を傾げてみた。

すると、照れてしまったのか下を向いて飯を掻き込み出した。


「おいおい、ゆっくり食べなよ。・・・嫌なら私が何処かへ行こうか?」


「い、嫌なんてとんでもない! ・・・です⤵」


「そう、良かった。一人になりたいのかと思ってさ。」


「一人になりたいって訳ではないです・・・ただ、その、、、上手く行かなくて・・・」


箸を止めて悲しそうにする松原くん。

思った通りだね。

松原くんは、新規採用組で最も評判が良くない。

仕事の手際が悪く、空回りしてずっこけて、周りからは疎まれがち。

だから、友達の一人も出来ていない。


「まぁまぁ、そういう時もあるさ。今の部署が合ってないだけかもしれないしさ。

 別に仕事が人生の全てって訳でもないし。

 何か好きな事でも見つけたら・・・って大きなお世話?」


「・・・・・」


ついさっき、手柄を立てても上司(次長)の成果って言われた者(私)が言っても何の説得力も無いか・・・。


「し、質問しても良いですか?」


松原くんが恐る恐る口を開いた。

了解を得ないと質問も出来なのね。会話そのものに慣れていないのかな。


「もちろん。 なんでもどうぞ」


「どうして僕の名前を?」


「え? う~ん、職業がら? かな?」


”えへへっ”と誤魔化したが、悪い意味とは思わないでほしい。


「じゃ~、配属は何処ですか?」


(この男の子(こ)、本当、会話が下手だな~、まるで職質だよ)


「あははっ、営業だよ」


「え! 営業!! じゃー、立花さんがいるんじゃ・・・」


「うん、居るね。最近異動してきた人だね」


「はぁ~。終わった」


何が終わったの?と突っ込みを入れたいところだが、要するに松原くんは立花主任の前の配属先にいて、悪く言われていると思ったってことだね。

う~ん、話題にも上がってないのだけれど・・・。

立花主任の面倒見が良いのも、実は紙一重なのかもしれないな。


そうこうしていると、屋上の扉が勢いよく開いた。


「あ! いたいた! 一美ちゃん! こんな所で良く食べられるわね」


おっと、塔子ちゃん達がやってきた。


「ね~ね~、まだ時間あるからお茶でも行こうよ!」

と、俺の手を引っ張りぐいぐい進む。


「分かった。分かった。分かったからあまり強く引っ張らないで」


塔子ちゃんは、「ごめ~ん」と言いながら松原くんに睨みを利かす。

横にはやれやれ顔の今日子ちゃんがいる。


俺は、松原くんに向かって「じゃ~またね」と言って軽く手を振った。


▼▼▼▼


「一美・・・さんと言うのか」


松原は、一人、屋上でぽつりと呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アラフィフおじさん、加工アプリで絶世の美少女になる。が、平常心で過ごします。 @marumarumary

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ