第25話 優しい世界

~体育館~


桂木先輩の件があってから数日後、北村先輩に押し切られるように、バスケ部の見学に来てしまった。

私のことなど気にせずに仲良くすれば良いと思うが、珍しく強引だった。

私は、なぜか特定の人に関して面倒を見なければならないような気がしている。

磯谷くん、及川くん、田中先輩、北村先輩…。

今日子ちゃんと塔子ちゃんもそうなのだけれど、むしろ二人には面倒をかけてしまっている…申し訳ない。


さて、練習場所の第2体育館は、女子と男子で半分ずつ使っているそうで、男子は奥のコートを使っており、女子のコートを通り抜けないと行けない。

体育館に入ると、スポーツ青少年の凄い熱気に当てられた。

思わず後退りして、後ろの今日子ちゃんにぶつかったしまった。

フローラルの匂いと“ふにょん”と柔らかい感触が伝わる。

「あ痛!」

「ごめ~ん」

と言う女子の他愛も無いやり取りだったのだが、館内の青少年達の動きが止まり、全員がこちらを注目した。


“噂の三人娘だー!”


まぁ、突然制服女子が入って来たらかなり目立つし、試合にも応援に行ってた3人だからだろうね・・・。

すると、女子バスケ部の上級生らしき先輩が近づいて来た。


「ねえねえ、男子の見学に来た子達よね? 見てるだけじゃつまらないわよ。こっちの方で体を動かしてみない?」

とスポーツマンらしい爽やかな笑顔で声をかけられた。


確かにその通りで、男子バスケ部のマネージャーも悪くは無いが、どうせなら女子バスケ部に入ってコートで体を動かした方が楽しいかもしれない。

と考えていると、先輩が“シュパッ”とこちらにボールをパスしてきた。

ボールを受け取った塔子ちゃんが、颯爽とドリブルをしてゴールまで行く。


「うわ~、塔子ちゃん、格好良い~」


そして、華麗にチェストシュートすると、見事にゴールを決めた。

私は、今日子ちゃんと二人で“キャーキャー”と大騒ぎして塔子ちゃんを見る。

自慢げな塔子ちゃん、可愛いゎ。

すると、塔子ちゃんがボールを私に向かってパスをした。


(え? 私の番?)


助けを求めるように今日子ちゃんを見ると、首をぶるぶる振って拒否られてしまった。

仕方がないな。

やってみるか!


“ダムダム”とドリブルし、ゴール前までなんとか辿り着く。


よし、ジャンプシュートだ!


ボールは思ったよりも重く、・・・リングネットにかすりもせず落下した。


恰好良く決めたつもりだったけれど…。


(まぁ、こんなものよね~)


ジャンプから着地すると、まくれ上がっていたスカートが“ふわっ”と下りてきた。


あれ? 


なぜか、館内がピンクっぽい雰囲気に包まれている。

おそるおそる男子側を見ると、北村先輩が固まって私の方を凝視していた。

及川くんにいたっては、手で鼻を押さえている。

その他部員の皆さんは赤くなったり、目線を逸らしたり、凝視したりと挙動がおかしい。

・・・もしかしてやらかした?

ギ・ギ・ギ・ギと顔だけで女子の方を見る。

女子の方は、逆にほんわかと生暖かい視線を送ってくれている。

なぜか、塔子ちゃんが一人眉間に皺を寄せていた。


「み、見えた?」


すると、女子一同は“うんうん”と肯首した。

中には黄色い声を上げている子もいる。


一瞬だが、たぶん、スカートの中は丸見えになったようね。

だから、塔子ちゃんはジャンプしなかったのか…。


「良いからこっちに来なさい!」

と塔子ちゃんが怖い。


「本当、一美ちゃんって無頓着よね~、無自覚と言うか?」

と今日子ちゃんまで厳しいお言葉。


ちなみに、女子達からは「綺麗なヒップラインね~」と言う声が漏れ聞こえてくる。

やはり丸見えだったのね。

まぁ、見られても減るものじゃないし?

気を取り直して、もう一度男子の方を見てみると・・・まだ動きが止まっていた。

生足からパンツまでだものね。


私は、虚しく転々と転がるボールを拾って先輩に渡し、すごすごと二人の待つ隅っこに引っ込んだ。

今更だが、女子には羞恥心があるし、それは必要なものなのだ。

どうも私にはこれが少し欠落しているような気がする。

意外だが、塔子ちゃんが「今日はこのまま帰る?」と優しく頭を撫でてくれた。

私は、小さく頷いて体育館を後にした。


~~~~~~~~~~~~~~


「ちょっと待ってー、佐藤さん!」


フリーズが溶けた北村先輩が追いかけて来た。


「すまない。こんな事になるなんて」


「いえいえ、悪いのは私なので…、むしろ迷惑をかけちゃったかなと反省してます」


私は俯いて答えたが、北村先輩は「迷惑ではないけれど」と言い難そうにモジモジしている。


「今度は、どこか落ち着いたところでスイーツでも…」


北村先輩が言い終わる前に塔子ちゃんが割って入って来る。


「そんな事より、桂木先輩とはきちんと話をつけたのですか?」

とまるで威嚇するように言った。


「え! 何々なんのこと? 教えて!」

と目を爛々と輝かせている今日子ちゃん。


「後で説明するから・・・」

と今日子ちゃんをいなし、返事を迫る塔子ちゃん。


「それは、・・・心当たりが無いとは言わないが・・・」


「そこをきちんとしていただかないと、一美ちゃんとは遊べません!」


「彼女とは、生徒会で顔を合わせるので…、あまり無碍にも…、」


「え~、ショック~、なんか男らしくない~」

とわざとらしく煽る今日子ちゃん。

「最低です。」

と、にべもない塔子ちゃん。


「な、なんで藤宮さん達にそこまで言われないといけないだ!」


「保護者ですから」

「彼女ですから」


塔子ちゃんからまさかの“受け”宣言!!

私が“攻め”なの?

ああ~、それで合っているのか? いや、しかし・・・?


私達が再度ジト目で北村先輩を見ると、あたふたと動揺しているのが見て取れる。


「あれれ~、北村先輩ともあろう者が二股ですか~、それとも今のモテモテハーレム状態が居心地良いとか? な~んてね?」

とからかう今日子ちゃん。


結構厳しい言葉だけれど、意外にも的を射ているようだ。

恋愛に駆け引きと打算は付きものだけれど、せめてこちらには分からないようにして欲しいよね?

私が桂木先輩に平手打ちされたことは知らないだろうけれど、練習中に追いかけてくるのだからもう少し真剣なのかと思った。


「北村先輩、部活頑張って下さいね!」


と、私はかまととぶって言ったが、“とっとと、体育館に帰れ!!”との含蓄なのだと分かってくれただろうか?


何故だか私には男性とお付き合いするイメージが全く湧かない。


~~~~~~~~~~~


「一美~、お前いつからバスケ好きになった!」


大声で叫びながら田中先輩がもの凄い形相で走って来る。

なんだか嫌な予感しかない。

塔子ちゃんと今日子ちゃんが止めようとしてくれたが、二人を突き飛ばして迫って来る。

何を言っても聞く耳を持たなそうだ。


「答えろ! 一美!」


両腕を掴まれガクガクと揺さぶられる。

くそ、何なんだ此奴は!

女の子の体はそんなに強くない。

激しく揺さぶられると気持ちが悪くなってきた。


「手を離して・・・」

と、やっと声を出せたが、意識がぼんやりとしてきた。


ああ~、まずい。


この世界を気に入っていたのに・・・。

失ってしまった青い頃・・・。

優しい世界・・・。


楽しい夢ほど直ぐに覚めてしまうものなのか。

私は、ゆっくりと瞼を閉じた。

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