第18話 意識は遠くへ…

~自宅~


早朝に起き、スーツに着替える。

バサバサの寝癖を適当に整え、髭を剃る。

おっさんに戻ると、これが普通なのだと思う。

心のフィット感はある。。。

しかし、肉体的にはいつもの倦怠感、霞がかかった様な頭脳、目測に届かない体。

でもこれが普通なのだ。

別にどうと言うことは無い。元に戻っただけさ。

ただ一つ良かったことは、体重が激減していること。


「はははっ、ダイエットにはなった、・・・な↘ 」


退院後の我家では、啓一はとっとと自宅に帰り、竜二はふて腐れている。

あからさまながっかり感が酷い。

何を勘違いしていたのやら・・・親父の心配はしないのか?

嫁さんは、いつもと変わらないが、「買った服が無駄になったな~」なんて言って少し寂しそうに見える。


さて、心機一転、仕事に行きますか↘


通い慣れた通勤経路、いつもの満員電車に揺られる。

くたびれたおっさんには誰からも注意を向けられない。

逆に、若い女学生を見るとガン見してしまう・・・、が睨まれて目を背ける。

別にやましい事を考えている訳では無い。

可愛いものを見ていたいだけ。


・・・日常が戻って来たな。


オフィスビルの改札を通る。

いつもの警備員さんも特に反応は無い。

俺は、どこにでも居るおっさんの一人でしかない。

エレベーターは、満員だが気兼ねすることも無く乗る。

階段は・・・、無理だよな。この体力じゃ~3階ぐらいまででバテる。


・・・日常が戻って来たな。


フロアのドアを開け課内に入り、何食わぬ顔で「おはようさん」と言って見る。

皆、言葉にならない程驚いている。


「よう! 久しぶり! な~んてね⤵ 」


・・・全く反応が無い。


男性陣は口を開けて固まっている。

女性陣は目を見開いて固まっている。


皆、驚きと落胆とが微妙に入り混じった不思議な表情だ。

その中で塔子ちゃんだけが反応してくれる。


「課長! 痩せました?」

と朗らかに笑って。



△△


~昼休み~


会議室の女子会には行けないので、どこか他所で食べなくては…、できれば独りが良いな。

部長、次長は俺を見ても特に何の反応も無かった。

有休を除けば一応出勤している事になっていたからな。


一人、とぼとぼと階段を上がる。

重い鉄のドアを開け屋上に出た。

少し肌寒いが、澄み切った空は意外なほど心地よい。


だ~れも居ない。

ベンチにどかっと腰を降ろし、今日からコンビニ弁当となった昼食を広げる。

別にコンビニ弁当だって悪くはないさ。


「 さ む っ 」


ぽつりと独り言。


しばらくすると、ダンダンと階段を駆け上がってくる音が聞こえてきた。

ま~、俺には関係ないと思っていたが、ドアを開けて出て来たのは田中係長だった。


ん?

なんだか様子がおかしい。


「課長! 一美ちゃんをどこへやった!」


「 はぁ! 何を言ってるんだ田中ぁ~…あ? 」


「お前のせいだ! 1くぁあz2wsx!」 


やばい、目が逝ってる! 普通の精神状態じゃない。


「お、落ち着け! 話せば分かる。。。。な? 」


「俺の嫁、やっと出会えた俺の嫁 2wsx3えdc九」


「いや、お前の嫁じゃないし、そもそも俺だったんだよ!」


「 うら~!」


田中係長は、両手でハサミを握りしめ、俺に向かって突進してくる。


やばい、やばい、やばい!


なぜ、俺に刃を向けるんだ?

支離滅裂で完全にとち狂っている。

俺が死んだら一美ちゃんが帰って来るとでも?


スローモーションの様にゆっくりと時が流れる。

俺は、“さっ”と身を翻しハサミを躱す。

突っ伏し、転ぶ田中。

こぼれ落ちたハサミを素早く蹴り出す。


「はぁ、はぁ、はぁ」


心拍数が急上昇した。

一瞬の判断だった。

体が動いたのは奇跡に近い。

これは、激痩せした恩恵に違いない。

一美ちゃん、君のおかげだ(自分だけど)!

一美ちゃん?・・・そうだ!一美ちゃんだ! 

俺は、スマホを取り出しアプリを起動した。

ダメ元だ!

半ば自棄(やけ)になった俺は、一美ちゃんの画像を選択しアプリのエディタボタンを押した。


「 くそ~! 一美ちゃんを返せ! 」


懲りずになお殴りかかってくる田中。

スマホを操作していたため、とっさに避けてしまった。

しかし、田中の動きは緩慢で、予想外の軌道を描いた。

くそ、避けきれない。

ひょろひょろの猫パンチが俺の顎に掠るようにヒットした。

何と言うまぐれ。

脳震盪のように崩れ落ちる。


「ば・か・や・ろ…う」


気が遠くなりながらも体が縮んでいくのが分かる。

髪の毛がフサフサと流れ、淡い桃の匂いがする。

ああ~、こういうことだったのか・・・。


ーーーーーーーー

ーーーーー

ーー


意識を手放す直前に俺が見たのは・・・、幸せそうな田中の顔であった。


=========================


これにて第2部完結です。

第3部があれば、ちょっと違うステージにしようと構想中です。

応援していただけると幸いです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る