第13話 油断するな!

~砂バックス~


意外だが、菅原部長は営業第一課のメンバーに違和感無く溶け込み、普通に会話を楽しんでいる。

たまに、金持ちムーヴ、有能ムーヴを放り込んでくるのが、女子には受けが良いかもしれないが、男子には逆効果だ。

あ!俺は女子枠なのか?

でも、苛つくだけで全く好感度は上がらない・・・う~ん?

いや、ちょっとは羨ましいと思うが、それだけか、な?

ともかく、このまま世間話で終わってくれればそれで良い。


「 ところで、一美ちゃんの彼氏ってどんな人? 」


「はぁ?」


彼氏持ち前提か-い!

彼氏どころか妻子持ちです。


「そう言えば、先日、退社時に迎えに来ていたお兄さんって、佐藤課長に似ていましたね」


と磯谷くんのフォローとは思えないフォロー(話題転換)が入る。

だから、兄では無く息子だって。


塔「兄妹仲良しなんですね~。ふふっ」


磯「出勤時は、別のお兄さんに車で送ってもらってましたよね?」


いや、だからRe…。

と言うか良く見てるなこいつ(磯谷)。


菅「そりゃ~、これだけ可愛いと色々と心配だろうね」


磯「じゃー、義理の母親とはどうなの? あ!ごめんね。この場で聞くようなことじゃないよね? 今の無しで!」


唐突だなこいつ、“嫁のお母さん”なんて正月ぐらいにしか会わないゎ。


菅「義理の母親?・・・と言うか、母親が義理?」


だから、そこはスルーで良いだろう。

菅原に俺の嫁の母親なんて、全く関係ないだろう。

いや、待てよ…、啓一と竜二が兄扱いとすると…嫁さんは?


塔子・北村主任

(二人とも、完全に勘違いしているわ)


「あ~、嫁さんは、“娘が出来たみたい!”って喜んでいるぞ!」


磯谷の脳内変換

(あ~、【佐藤課長の】嫁さんは、“娘が出来たみたい!”って喜んでいるぞ!)


磯「だったら、良かったです」

菅「うん。うん。良かったね。良かったね」


最後は、なぜかハッピームードでお開きとなった。


△△


~オフィスビル前~


砂バックスを出て戻ってきた俺は、磯谷と塔子ちゃんを先に帰らせて、菅原部長の見送りをしているところだ。

奴はベンツ(マイバッハ)の真横に立ち、北村主任は俺の斜め後ろに控えている。


「本日は、どうもありがとうございました」

と俺はペコリと頭を下げ、ニコリと営業用スマイルで見送る。


「いやー、まさかご馳走になるとはねー、中々隙が無い」

と菅原部長は軽口を叩きながら手を出して握手を求めてきた。

大型契約を成立させた仲なので、ここは自然に握手に応じるしかない。


ん?

菅原が、北村主任に睨みを効かした。

なんだ?

菅原は、北村主任が怯んだその隙に、握手した俺の手を“ぐいっ”と引き寄せた。


「一美さん。私は近々取締役に就任する。どうだい?秘書として私の元に来ないか?」


「え!?」


北「 はぁ~! 」


秘書って、ヘッドハンティングなのか? まさか愛人扱い?

う~ん、双方にメリットがあるとは思えないな。


「お誘いはありがたいのですが、私は営業部門一筋なので、秘書は出来かねます。残念ですが他の者を当たって下さい」


「はははっ、一蹴だね。秘書にピッタリだと思うのだけどね。まぁ、うちには営業部門もあるし、そっちの方向でも考えてみてよ」


と俺の腰に手を回し抱き寄せようとした。


「そこまでです! それ以上はセクハラです!」


と北村主任が割って入る。

すると、菅原は“ぱっ”と両手を上げて「はい、セーフ」とふざけて笑った。

そして、「じゃあ~ね~」と軽薄に言いながらベンツに乗り込んだ。


走り去るベンツを見送りながら、俺は独り言を呟いていた。


「う~ん、ベンツか~、全然羨ましくないな~」


完全に別世界の人種だなと思った。


社に戻ろうと振り返ったところ、北村主任が涙を浮かべて佇んでいた。


「一美ちゃん!ご免なさい!」


「え? 何が?」


「私、一美ちゃんを守れなかった。あんな男に一美ちゃんが触れられるなんて」


いや~、別に守って貰うつもりは無いのだけれど、これってどう言えば正解なのかな?

一回りも年下の部下だからね。北村女史は!

それよりも、野郎から腰に手を回された時は、ゾワゾワして気持ちが悪かった。

その感触が残っていて早く消してしまいたい。

俺は、腰周りを“ぱっぱっ”と払って、もう大丈夫とサムズアップした。


「気にしないで! 北村さんが居てくれるだけで、俺は心強いよ」


そう言って、俺は北村女史の頭をポンと叩いて入り口の扉へ向かった。



「絶対に男になってみせる!」


背中で不気味な決意表明を聞いたが、今は触れないでおこうと思う。



△△△


~磯谷視点~


あ! 一美ちゃんと主任が戻ってきた。

二人は、普通に談笑しながらガラス扉を入って来る。

あの様子では特に何も無かったと推測できるが、つい口に出てしまう。


「一美ちゃん! 何もされなかった?」


すると、一美ちゃんは「ないない」と軽く手を振りながら自席に座った。

北村主任は、何か言いたそうに一美ちゃんをじっと見ている。

俺は、主任にこそっと「何かありましたよね?」聞いてみたが、答えは無かった。

何となく、主任の目が充血しているように見えたが、言える様な雰囲気でもない。


~~~~~


「それでな、ここはこうして、あそこはもっと具体的な表現で…、」


一美ちゃんが俺の席まで来て、指導してくれている。

が、なんか良い匂いがして全然頭に入ってこない。


「おい、磯谷くん。ちゃんと聞いているのか?」


「は、はい! もちろん聞いてますよ」


いや、聞けてないけどね。

“怒った顔も可愛いよな~”、なんて言えないし。


「いつまで来られるか分からないんだから、ちゃんと聞いておけよ」


と言った一美ちゃんの言葉で“はっ”と我に返ったが、そんな俺に“ふわっ”とした笑顔を向けてくれたので、冗談だと思い込んでしまった。


一美ちゃんの居る営業第一課は、なごやかで優しくてなんだか楽しい場所だから・・・。

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