第12話 大人の事情?

~部長室~


“コンコン”とドアをノックし、「失礼します」と言いながら入室する。

ああ~やっぱりだ。

浅黒いニヤけ顔の菅原部長が来客席の真ん中に居座っている。

その対面に谷口部長、脇に山本次長の布陣だ。


「あ! 一美ちゃん! 久しぶり!」


いや、三日しか経ってないだろう。

露骨に嫌な顔も出来ないし、愛想笑いで返しておく。


「おやおや、二人はどこで知り合ったのですかね?」

と谷口部長。

“部長のくせに知らんのか”って言う突っ込みは無く、多分、我が社の規模からして、部長クラスになると末端職員の顔なんて知らない。

その上、部長は定年直前なので特に興味も持ってない。


「先日のプレゼンですね。見事なものでしたよ」


「ほ~う」

と感心しながら谷口部長は山本次長の方を見た。

なぜかキラリと目が光っていた。

山本次長は、さも知っていました感を出して頷いている。

が、ここは訂正しておかないといけない。


「いえいえ、私はほんの少しです。ほとんど北村主任が話をされていました」


「謙虚だね~」

と菅原部長。

こう言うことで間接的に俺を持ち上げようとしているのだろうか?

仕方がないので、目を閉じて軽く頭を下げる動作をした。

これは、肯定でも否定でもない無難な所作だ。


「さて、私の事はそれくらいで、菅原部長は何になさいますか?

 谷口部長はいつものブラックで、山本次長はオーレに砂糖多めでよろしいですね?」


そうそう、俺の役目はお茶入れだ。

さっさと済ませて終わりにしたい。

それとなく、コーヒーでもオーレでも用意できることを示唆しておいた。

さぁ、菅原、さっさと注文を言え! 

今の俺は、ウエイトレスだ。


「う~ん、そうだね~、一美ちゃんが入れてくれたら何でも良いけどね~」


まじキモいわ。


「では、麦茶にしておきますね?」


「うんうん、それでお願い!」


「・・・。」


~~~~~~~~~~~~~~


俺は、部長室を出て、傍に控えていた総務課の松田さんと塔子ちゃんにオーダーを伝えた。

お茶出しは、本来総務課の仕事だが、今回は営業第一課の手柄案件なので、こちらで仕切っている。

何かあった時の為に、北村主任と磯谷くんが待機しているし、他の課員もいつでも動ける状態にしている。


さて、水屋では松田奈々ちゃんが積極的に動いてくれていてコーヒーを暖めている。

それなら、俺はお茶請けの用意だ・・・確か、七花亭のビスケットがあったはず。

奈々ちゃんが、ちょっと驚いた表情を見せたが、今はスルーだ。


よし、お茶とお茶請けの用意が出来たのでスクランブル開始だ。

先頭の奈々ちゃんが部長へ、次に俺が菅原へ、そして最後に塔子ちゃんが次長へ配膳するフォーメーションだ。

これは、女性職員一人に対応させると、下心がその子に集中してしまい、後々トラブルになる恐れがあるからだ。

まぁ、菅原部長の場合、あまり効果は無いと思うが。


「あれ~、あの子も可愛いね~、でもやっぱり一番は一美ちゃんだよ~」


ほらな。


「御社とは長い付き合いになりそうですね~」

とさらに駄目押しだ。

”あははっ”と、部長、次長、菅原が大笑いしたが、もちろん大人の笑いだ。


俺達三姉妹は早々に退室したが、室内での話の核心はこれからだ。

おそらく、菅原の狙いは別にある。

ドアの外から聞き耳を立てるが、


「・・・・。」


まぁ、聞こえないわな。

仕方ない、諦めて結果を待つか。


「一美ちゃん、大丈夫? 何もされなかった?」


「ありがとう、北村主任。大丈夫だよ」


「うちの幹部は女性をなんだと思っているのよ!」


なぜか、北村主任が怒っている。

こういう声が上がると、そろそろ時代が変わっても良いのかもしれないな。

けれど、個人的にはおっさんにお茶を入れて貰っても嬉しくないのが本音だ。

当社(うち)の3人娘にお茶を出してもらって、嫌な感じを抱く奴はもはや人間では無いと思う。(自画自賛)


△△


おっと、ドアが開いて山本次長が出てきた。

うん? 真っ直ぐに俺の方に向かって来る。


次長は、両手を合わせて拝むように俺に言う。


「すまない、一美ちゃん! 悪いけどちょっと付き合ってやって! この通り!」


「はぁ~!」


菅原にどこかの茶店でも付き合ってやってくれとのことだ。

どうやら、契約条件か何かのバーターで菅原に言いくるめられたのだな。

なんで俺が・・・、それにさっきまでお茶飲んでいたから、ここは”お茶”

では無いよね?


「じゃ~、行こうか! 一美ちゃん!」


と満面の笑みの菅原が部長室から出て来た。

そして、腕を曲げて如何にもここに手を通せと言わんばかりだ。

もちろん、ムシ、ムシ。


「良いですけど、あくまで社用ですからね社用」


したり顔の菅原

くそ、自分の社畜根性に泣けてくる。

まさか、女を売りにする日が来るとは・・・、トホホ過ぎる。


「それなら、私もご一緒します! 社用ですから。ね!」


「じゃー、僕も!」


「わ、私も!」


塔子ちゃん、磯谷、北村主任・・・、無理しなくて良いのに。

奈々ちゃんは、固まったままだ。無理もない。


「困ったな。さすがにベンツでもこの人数は無理だよ~」


ベンツでどこへ連れて行くつもりだったんだ?

この野郎~本当に油断できない奴だ。


「さぁさぁ、行きましょ! 近所の砂(スナ)バックス! うふっ」


ダメもとで言ってみたが、異論は出なかった。

本当にコーヒーとかで良いの?

ちらっと、山本次長の方を見てみる。

”うん”と次長は小さく頷いている。

え! しかも、会社の経費でOK?

やったー!


曇り顔の菅原を横目に、我々はエレベーターへ向かった。

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