第10話 交錯する女子達の思い
~営業第一課~
俺の席は、予想通り書類が山積みになっていた。
ため息の後に口角が少し上がる。
ふと、脇を見るとお菓子の山も出来ており、こちらは少し心を和ませる。
が、とてもじゃないが一人で食べきれる量じゃないなこれは。
おそらく女子社員からだろうが、一応狭間係長に聞いていみる。
「あゝ、それは女子たちが入れ代わり立ち代わり置いて行ったものですね」
「やっぱりそうか。・・・、狭間係長、少し要る?」
「いえ、私は甘いものはちょっと…。」
う~ん、そうだったかな?
遠慮している様にしか見えないが、無理強いも出来ない。
「田中係長はどう? ちょっと要らない?」
何気なく聞いてみただけだったのだが、田中係長は”がばっ”と顔を向けてこちらを凝視した。
「どう?」
とあざとく首を傾げてみる。
すると、田中係長は顔を真っ赤にさせながら「あ、い、いえ、」と口をモゴモゴさせているから何を言っているか分からない。
「はい、チョコ好きだっただろう」
と、笑顔を添えて2、3包みを机の上に置いてあげた。
「あ、ありがとう。・・・、一美ちゃんは、やっぱり俺の嫁(モゴモゴ)」
ん?
最後の方は何を言っているのか聞き取れなかったが、まぁ良いだろう。
さてさて、忙しい。
たった二日出勤しなかっただけでこの忙しさだ。
ただ、急ぎではないもの、俺でなくても良いものが半分以上ある。
北村主任の仕業かな?
ふふっ、かわいい奴目。
北村主任の方を見ると目が合ったので、小さく手を振っておいた。
さあ、俺もチョコを口に放り込んで、もうひと頑張りだ。
△△
~昼休み~
会議室にて恒例の女子昼食会だ。
入室すると、席の配置が大きく変わっている。
いつものグループではなく…、なんでだろう?
「一美ちゃん!こっちこっち」と総務課の松田奈々ちゃんが呼ぶので、自然とそちらの席に着いた。
俺の後には、塔子ちゃん、北村主任、鈴木さんが続く。
作為的なグルーピングを感じるが、まぁ飯を喰うぐらいならどうでも良いだろう。
そして、お弁当と当たり障りのない会話、楽しい一時だ。
「一美ちゃん、酷いよ~、私があげたチョコ、田中係長にあげたでしょ!」
とぷんすかする塔子ちゃん。
塔子ちゃんがくれたのかあのチョコって。ちょっと悪かったかな?
「たはは、ごめんね~食べ切れそうも無くてさ」
と言い終わるや否や松田さんが、食い気味にかぶせて来る。
「それよりも! 今朝、磯谷くんと出勤して来たよね! どういう事?」
一斉に女子たちの視線がキラリと光る。
「うっ…、」
これだ!これが原因だ。
これを聞きたかったのか!? 磯谷め~
しかし、そんなに見られても、俺は答えを持ち合わせていない。
こういうのは本人に聞いてほしいな。
返答に窮していたところ、北村さんが割って入って来れる。
「あゝ、それね。本当は私が行くつもりだったの。だけど、磯谷くんがどうしても代ってくれって言うから・・・、ね。仕方なく」
と、塔子ちゃんに目配すると小さく頷いた。
「え! それって、マジもんじゃない?」
「遂に磯谷くんも陥落か~」
「一美ちゃんなら仕方ないよね」
おおー、磯谷、大人気だな。
いや違う、問題はそこじゃない。
「あのー、」
俺は、そっと手を上げて発言の許しを得る。
「磯谷くんは、ちょっと不器用で気持ちの整理ができていないだけで、そう言うのとは違うと思うよ」
「「「「 あらあら~、まあまあ~ 」」」」
その生暖かい目は止めてほしい。
「違います! お姉さんは許しませんから!」
おっと、塔子ちゃんから強い否定の言葉が出て、ちょっと緊張感が走る。
さすが武闘派の塔子ちゃん。
すると、北村主任も「そうよ、むしろ心配は田中係長!」と明後日の方向へ舵を切る。
なぜここで田中?
俺の頭には文脈が入って来ない。
すると、いつの間にか田中係長ディスリが始まっていた。
目付きがいやらしいとか、口が臭いとか、ストーカーまがいの事をされたとかデブスとか。
・・・さすがにストーカーはまずいので後で事情を聞いておくか。
上司としては、犯罪者を出す訳にはいかない。
「まあ、まあ、それくらいにしてあげて! 仕事はキチンとこなしているし。ね。」
と、俺は北村主任に愛想笑いを添えて頼んだ。
「くぁ、かわいい」
う~ん。自分でやっといてどうかと思うが、可愛いは正義なのか?
伏し目がちになった北村主任こそ”くぁ、かわいい”と思うのだが、多分賛同は得られないだろうな。
「そう言えば、最近佐藤課長を見ないわね?」
目の前にいるよ。
と俺は社員証を皆に提示して見せた。
そこには、”営業第一課長 佐藤 一美”と印字されている。
もちろん、ゲートを通って出社しているので、データ上も出勤状態になっている。
「「「「 さ と う か ず み ~ !」」」」
「一美ちゃんって、佐藤だったのね)
「いやだ、同性同名?」
「漢字は違うと思ってたわ」
「そもそも営業第一課に居ないよね」
いやいや、本人です。
まぁ、誰もにわかには信じないか。
「一美ちゃん! どうしてこうなったか説明してあげて!」
うん、強気な塔子ちゃん。
出来れば説明したくない俺の気持ちは分からないだろうな。
「まぁ、簡単に言うと会社から疲れて帰ってスマホをまさぐっていたら、画面がおかしくなって、気付いたらこうなってた」
「 え~! 」
「そんな事あるの?」
「 マジで?」
「 ・・・・。」
反響が大きいな。
だが、事実だ。嘘は言ってない。
「一美ちゃん、後でもっと詳しく教えて!」
北村主任が、ぐっと力を入れて俺の肩を握る。
そして、目力を強くし「私、男になりたい・・・」と宣言した。
室内が一気に静まり返る。
「あ、いや、その、偶然と言うか、奇跡?と言うか、・・・それに元に戻れないかもしれないし。止めておいた方が…。」
「それでも良いの! ね、一美ちゃん。教えて!」
「いや、そもそもTSアプリじゃないし~」
「アプリなの? どれ? どこの?」
あ、圧が凄い。
思わず失言してしまったが、まだ俺の加工女趣味はバレていない。
俺は、冷や汗をかきつつ北村主任から顔を背けた。
「わ、私も~、私も男になりたい!」
突然、別グループの女子まで立ち上がって宣言した。
営業第二課の吉田美紀さんだ。
この子は、確か桂木主任と仲が良く、北村主任とは折り合いが悪かったはずだ。
それを見て、驚きつつ怒りを滲ませている桂木主任。
なぜか、北村主任を睨み付けている。
室内の空気感がタダならぬ状態で昼休みは終了した。
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その日の午後、フロアの女子は皆、仕事に身が入らずどこか上の空であった。
それぞれが、何か思うところがあるのだろう。
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1 藤宮塔子の場合
男になりたくない訳じゃないけれど、うん、私はこのままで良い。
だって、一美ちゃんが男でも女の子でもどっちでも好きなんだから。
磯谷さんは、人畜無害、敵ではないゎ。
むしろ、北村主任の動向に注意が必要ね。
私、絶対に負けないから。
2 鈴木今日子の場合
私は、男にはならないわ。
だって、それって今までの自分を否定することになるでしょう。
別に主任のように出世したい訳でもないし、いずれは結婚するつもりだし。
でも、いや、・・・もしかして。
3 松田奈々の場合
男になんてなれる訳ないじゃん。
一美ちゃんは、可愛いし、面白い子だけど嘘は良くないと思うわ。
塔子まで騙されて。
きっと、佐藤課長から社員証を預かって来ているのよ!
・・・何の為に? ・・・まさかね。
もし、塔子が男になってくれたら・・・ポッ。
4 桂木主任の場合
許さないわよ。
私は、負けないわ。
恋愛だって、仕事だって。
男になって、勝ち逃げなんてさせないわ。
別に、今の夫を愛している訳ではないし、、、、、。
5 吉田美紀の場合
私は、自分が嫌い。
いつも誰かの顔色をうかがってばかり。
もし、男の人になれたら、今より自信をもって生きていけるかもしれない。
そうすれば、主任や他の子も見返せるかもしれない。
もしかしたら、一美ちゃんの様な可愛い彼女も出来るかもしれない。
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