第二部

第9話 加工女再始動!

唐突だけれど、家に一日中居るって意外と退屈だね。

嫁さんは嬉しそうだし、居心地は良いのだけれど、社会のどこにも所属していない気がして少し鬱。

たった二日出勤しなかっただけでこれとは、我ながら社畜過ぎる。

唯一の趣味が実体化してしまったので、もう着飾るしか道はない。

自撮りをSNSにでも投下していこうかな? 


おっ、スマホに通知来た。


~スマホのLaイン画面~


北村

先日のプレゼン、契約取れました!

一美ちゃんのおかげです。

ありがとうございます。

              佐藤

              それは良かった!

              君の実力です。

              磯谷にもよろしくお伝え下さい。

北村

一美ちゃん?

              佐藤

              はい?

北村

それだけ?

佐藤

              引続き頑張れ!

北村

もう来ないの?

              佐藤

              どうだろう…。

北村

決裁たまってるよ。

              佐藤

              次長に言って…。

北村

みんな寂しがっているよ。

              佐藤

              仕事だから…感情はあまり関係ない。

北村

じゃ、佐藤課長でも良いや。

              佐藤

              “でも”って(笑)

              すぐに代わりの者が補充されるさ。

北村

そんなのダメ!

とにかく来てよ。

              佐藤

              どうだろう…。

北村

待ってる。


北村

る→ます


既読スルー


(30分後)


北村

磯谷くんが課長の家に行くそうですよ!

             

既読スルー



~~~~~~~~~~~~~


来いって言われてもな~。

まだ有休休暇は余ってるしな~。

磯谷に家に押し掛けられるのも困るしな~。

仕事たまってるって・・・。

ぐぬぬぬぬ。

むずむずむず。


は~、この姿ともお別れか?


「 くそ 」


俺は、意を決してスマホの加工アプリを起動させた。

予想通り、スマホ内では俺の元の姿が写っている。

アプリの編集コマンドの“元に戻す”を押・・・せないわ。

二度とこんな奇跡起こらないだろう?

ちくしょう!

かと言って、収入源も無し。

竜二はまだ当分の間、大学生。

貯金も僅かしか無し。

ローンあり。

・・・。


俺は、もう一度“元に戻す”コマンドに手をかけた。

お、押・・・せないわ。

と見せかけて“押す”!

押した!

押したった!


さて、どうだ!


・・・あれ、元に戻らない!


スマホをガンガン叩いてみる。

・・・ダメだー!

いや、まじ焦る。

実のところ、いつでも元に戻れると思っていたのだ。

よし、再度加工して中年のおじさんに・・・いや。

全くの別人になってどうする? 

落ち着け俺、いや私。

まさか、一生このまま?


・・・しょうが無い、このまま出勤するか? 

うふふっ。

なぜか心が浮足立つ。

だって、ダメなら駄目でしょうが無いよね。

DNA鑑定とかしたら本人だと証明できるのだろうか?

スマホを見せれば一発で証明できるけど、できれば加工女趣味をばらしたくない。

この期に及んで?と思うけれども、奇病や突然変異で押し通したい。


~スマホのLaイン画面~


北村

磯谷くんが課長の家に行くそうですよ!

              佐藤

              明日、出勤するわ。

北村

良かった。 ( ;∀;)

磯谷くんにも伝えておきます。


上司に顔文字使うかな~?

まぁ、良いけど。



△△


~オフィスビル~


いつものように回転ドアを通り、中央ゲートに向かう。

警備員さんは、先日と違ってニコニコと愛想が良い。

ゲートに社員証をかざし難なく通過する。

視線を上げると、俺を見つけた磯谷が手を振って駆け寄って来た。


「おはよう! 一美ちゃん!」


なにニコニコしているんだコイツは?

まぁ、悪い気はしないけど・・・。


「“おはようございます”だろ? しょうが無い奴だな」ぷんすか


「たははっ、お詫びに、鞄、お持ちします!」


「え? いいよ、今日から階段で上がるしさ」


「 え! 」


そうなのだ。

先日、エレベーターで嫌なおばさんに目を付けられたので、階段を使うことにしたのだ。

おじさんにはきついが、この若い体なら6階ぐらいまでは大丈夫だろう。

通い慣れたビルだから階段の位置は把握している。

エレベーターホールを横切り階段へ向かう。

すると、エレベーターを待つ人達の視線が俺を追っているのが分かる。

視線が痛い。

気のせいか数人が付いて来ている?

まさか、階段が流行ったりして?


俺は、磯谷に鞄を預けトントンと階段を上がって行く。


「ぜぇ、ぜぇ、か、一美ちゃん、ちょっと待って」


「待たないよ! ほれ、頑張れ、頑張れ!」


「もう無理~、インドア派にはキツい~」


そうだった。

磯谷は、オタクでマニアでひょろひょろで根性無しだったな。


「情けない奴だな~、見かけ倒しはモテても直ぐにフラれるぞ」


「知ってる・・・。ぜぇ、ぜぇ、・・・。

俺さぁ~、ぜぇ、ぜぇ、社会人になるまで全然モテなくて、ぜぇ、ぜぇ、

社会人になったら、ぜぇ、ぜぇ、急にモテ出して、ぜぇ、ぜぇ、

なんか、怖くなっちゃったんだよね、ぜぇ、ぜぇ、女性が・・・」


もう完全にタメ口だな。

まぁ、この姿だから仕方が無いか。

で? 女性にモテたら怖くなるのか?


「なんで?」


「俺自身は何も変わってないのに、ぜぇ、ぜぇ、周りが勝手にチヤホヤしだしてさ、ぜぇ、ぜぇ、人間性を疑っちゃう、ぜぇ、ぜぇ、」


「まぁ、仕方が無いんじゃない。その女子達はきっと現実に気がついたんだろう」


「げ、現実って? ぜぇ、ぜぇ、」


「就職して、働くってことは、一気に選択肢が無くなるってことさ」


「つまり? ぜぇ、ぜぇ、」


「相対的に価値が下がったってことさ。それに磯谷くんはイケメンだし、就職しているし、女ッ気無いからね。評価されたんじゃない?」


「なるほど、 ぜぇ、ぜぇ、じゃ~、一美ちゃんはどうなの?」

 

「お、俺、私は、いつでも平常心よ。男に興味ないし」


「え~、おかしいでしょ? 流れ的には適当な男で妥協でしょ?」


息整っているじゃん。


「着いた!」


~~~~~~~~~~~~~


「おはよう~」


ちょっと照れくさいが、何食わぬ顔でフロアに入る。

課員は全員立ち上がって、こちらに注目する。


「一美ちゃん!・・・おはよう!」

「おはようございます一美ちゃん!」

「一美ちゃんだ! やったー!」

「か、か、一美ちゃん!? 1くぁz2wsx?」


「はいはい。いいから座って座って」


三日ぶりの職場は少し暖かだった。

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