第5話 加工女プレゼンする!
~訪問先会議室~
俺は、扉を開け先頭を切って入室した。
室内には相手企業の社員がすでに着席しており、驚いた様子で俺を凝視する。
「失礼します!」
俺の挨拶で、営業第一課一同は頭を下げる。
そして、機材のセッティングを指示し、ピンマイクを北村女史に付ける。
僅かな間ではあったが、相手さんはひそひそと小声でしゃべっている。
・・・感じ悪いな。
俺は、“今日の主役は君だ”との思いを込めて、北村女史の肩をポンポンと叩いた。
よしやるぞ!
「本日は、ご多忙のところ、弊社の為に時間をいただきありがとうございます。
それでは、プランBについて北村主任から説明させていただきます」
俺は、目で北村女史にバトンを渡し、ゆっくりと席に着いた。
~~~~~~~
プレゼンが順調に進む中、唐突にドアが開き相手社員が入って来た。
「悪い悪い、遅れた~」
なんだこいつ。
ブランドもののポロシャツから日焼けした肌が嫌味ったらしい。
一応腰を低くくし、謝る姿勢を見せているが変な奴が来た。
「あれ~可愛い子がいるね~、今日は趣旨が変わったの? 」
あからさまに俺をガン見して言うとは失礼過ぎる。
「菅原部長、静かにお願いします。プレゼンの最中ですので…」
菅原部長とやらは「はいはい」と言いながら、真ん中の席に座った。
こいつが部長とは…、企画の採用・不採用を決める責任者じゃん。
~~~~~~~~~~~
「以上ですが、何か質問は御座いますか?」
やりきった感満載の北村女史の閉めの言葉だ。
途中、菅原部長の遅刻入室のせいで調子を落としたが、まずまずの出来だった。
普通ならこれで終了するところだが・・・。
「はい! 質問です!」
す、が、わ、ら~! この野郎、遅刻しておいて質問するのかよ。
日本式ビジネスの世界では厚顔無恥も甚だしいわ。
ズームスで残存課員にスタンバイを連絡する。
ん?北村女子?なにを呆けてる?進行しろよ!
「どうぞ」
仕方なく、俺はピンマイク無しで、地声で続ける様に促した。
「君、可愛いね~、後で連絡・・・」
「ウォッホン、部長それはちょっと」隣の人が菅原の袖を引っ張って諫めた。
「そうか? それじゃ~簡単に。P24のシステム構築について、~略~ 」
磯谷、出番だ。お前の領域だぞ。
「え、え~と、それについては、え~と・・・」
馬鹿野郎、何テンパってんだ!
ズームスをチラ見するも、「よく聞こえなかった」とのこと。
くそ・・・。
ここは、一呼吸入れるだけで落ち着くものだが、うちの若僧連中には難しいか。
仕方がない。
「ご質問ありがとうございます。」
ここで一呼吸おいて”にっこり”と笑う。
そして、当然知っている風で話し出す。
「先ほどのご質問ですが、弊社の予測ですと、解析に、、、」
「3ヶ月を目処にしており、その間に協業他社との、~略~ 」
おお~、磯谷が立ち直った!
磯谷は、“もう大丈夫だ”と目に力が戻って来ている。
やれやれだ。
「他に質問はありませんか?」と北村女史。
「もう一つ良いかな?」
また菅原だ。
「どうぞ」と冷たく言う北村女子。
こらこら、顔に出ているぞ。
「う~ん、実のところ、御社の提案は他者より僅かに抜きん出ているよ。
けどね、それでも多少”まし”と言う程度で、我社にとってはどこを採用しても大して変わらない。・・・つまり決め手が無いんだよね~。
そこで、ずばり聞きたい。何か付加価値はないの?
ふふ~ん。例えば、長期メンテナンスとか、値引きとか、或いはアフターサービスとかかな?」
はぁ~、これが狙いか!
こいつ、入室時の台詞はこの前振りだったんだな。
わ・ざ・と、女好きの好色男を前面に出してやがる。
おかしいと思ったぜ、1プレゼンに部長が出張って来る事は”普通”無い。
これは、部下たちには荷が重い。
俺が立ち上がって答えようとすると、北村女史が「一美ちゃん」と心配そうに袖を引いた。
俺は、口パクで「大丈夫」とおどけて見せる。
「弊社としましては、精一杯のプレゼンをさせていただきました。これ以上の条件につきましては、現在、難しいとしかお答えできません。後は御社のご判断にお任せします」
「ふ~ん。そうなの~、残念だね~」
と言いながら、菅原部長は資料をペラペラと捲る。
「一美ちゃんか~、佐藤・・・一美・・・ん? 違うか。う~ん。まぁ、良いや。
はい、以上です。」
菅原は、含みを待たせながらも、あっさりと引き下がった。
ブラフか?
その後は、何の質問もなくプレゼンは終了した。
~~~~~~~~~~~~~~
帰り支度を終えた我々は、エレバーター前でその到着を待っている。
「お~い! 一美ちゃ~ん!」
げ!菅原だ。
何しに来たんだ。
俺は、振り返って営業用スマイルで、奴を迎える。
「ねぇ、ねぇ、連絡先を教えてよ。Laインか、SMSでも良いからさ。プライベートのやつ!」
すると、塔子ちゃんが前に出て俺を庇う様に間に入る。
「弊社では、プライベートのお付き合いはご遠慮させて頂いております」
おお~!さすが武闘派!
この為に来てくれていたのか!
頼もしい~!
「お! 君も可愛いね~、でもおしい! 俺の興味は一美ちゃんだけ!」
普通にキモいゎ。
しかし、塔子ちゃんは一歩も引かない。
「え! ダメ? どうしても? しょうがないな~、じゃ、これ」
と言いながら、菅原は名刺を差し出した。
しぶしぶながら受け取ったところ、塔子ちゃんが「これは私が預かって置きます」と、取り上げられてしまった。
強いよ塔子ちゃん。
惚れるわ~。
エレベーターが来たので、乗り込んだところ、閉まる瞬間まで手を振る菅原。
「じゃ~、またね~」
と言うこいつも全然懲りてないわ。
△△
~帰りの車内~
車内では、菅原と塔子ちゃんの武勇伝で盛り上がっている。
「菅原部長って会長の孫みたいですよ」
スマホをいじりながら磯谷が指摘した。
「やばいんじゃない?」
そう言う北村女史は今回の契約は諦めたようだ。
「そうか? 俺は逆に行けると思うぞ。」
「「「 え? 」」」
「理由は色々あるが、まず部長が直々に出てくることなんか無い。
まぁ、奴が好色のふりをしているのは意味不明だがな。
本当の狙いは…、値引き(ディスカウント)…だろう」
「ふりですかね?」と当然の質問が来たが、今の時勢、セクハラまがいの対応など一流企業にはあり得ない。
奴の上げた選択肢は3つ。
その内、”値引き”以外は契約や法律に違反する。
事実上、値引きを要求したのだ、、、と俺は理解した。
それに、会長の孫なら取締役に就いていてもおかしくない。
それを敢えて部長として現場にいるのだ。
意外とやり手なのでは?と俺は推測している。
日本人は値引きを言い出し難いからね。良い上司なのかもしれない。
「いずれ分かるさ」と軽く流しておく。
「一美ちゃん、まさかあんなのが好みなの? 若作りのおじさんだよ」
磯谷・・・、それは無いから。とんだ方向違いだ。
「一美ちゃん!」塔子ちゃんまで真剣な顔で俺に向かい「お姉さんは、許さないからね! 」と宣(のたま)う。
最早どこから突っ込んだら良いのやら・・・。
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